「あの子には家族がいません。血を分けた兄弟も、あの子を産んだ両親も、親戚だって友人だって――。あの子の過去に何があったかは私も詳しく知りませんが、あの子の存在を知っている人間など、私は私以外に知りませんし、ふらふらと生きてきた私達が関わっている人間など、どの世界の何処を探しても居やしないでしょう」

買い物帰りだろうか、惣菜の入ったパックやらカットされた野菜などが入った袋を手に持った女が道路の向こうから俺に近付いてくるなりそう言った。彼女から発せられる言葉に俺は驚いた。今さっき道端で遭遇し目が合っただけで、彼女に何がわかったというのか。

「ですから今回は、これで終わりです。貴方も、こんなどうでもいい事は早く終わらせてしまいたいでしょ?」

俺が無言のままでいると彼女は「ほら、」と両手を広げて言った。「どこからでもやりたい放題、あなたの好きなように料理出来ますよ」袋をコンクリートにぼとりと落とすものだから、中身がばらけて地面に散乱してしまう。

「あーあーあーあー、勿体ねえ。お前、食べ物を粗末にしちゃいけねえって教わらなかったっちゃか」

俺は話の核心に触れることが出来ず、床に散らばった食材に視線を遣って言った。正直、戸惑っているのだ。過去に、彼女の言葉とは比べものにならないレベルで人間離れした発言をする奴や、魔法使いみたいな奴と対峙したことは何度もあったが、彼らは隅から隅まで俺と同じフィールドに立つ人間であった。裏の世界の住人。それは例えば呪い名であったり殺し名であったり人類最強であったり。しかし彼女はどうだろう。俺の記憶によれば、彼女は裏の住人でなどない、俺と同じフィールドにさえ立っていない、何処にでもいる表の世界の住人の筈だ。

「そんな事どうでもいいでしょう、零崎さん。道端でゴミになろうと死体と一緒にゴミになろうと対して変わりません」

話をずらしたつもりだったが、彼女にあっさりと引き戻されてしまう。

「お前……あんまり軽い口は叩かない方がいいっちゃよ」

「私が何を言ったところで、結果が変わる訳ではないでしょう。寧ろ私は親切心で、貴方にいい事を教えてあげたんですよ。あの子と関わる人間は私だけだ、と。信じるか信じないかは自由ですが、それでもありがとうの一言位、頂きたいものです」

そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。

「もしかして、あの子と唯一深い関わりを持っていた私を、見逃してくれるとでもいうんですか?」

「それは無い」

俺が少しの間も置かずに、はっきり答えると、彼女は笑みを崩さないまま「でしょうね」と言った。

「私を逃す事は家族の信条を裏切るも同然。零崎さんにそんな事を期待していた訳じゃあありません」

そう言った彼女の表情は、この状況にそぐわない優しいものだった。状況が状況でなければそれを美しいと感じたのだろうが、今この状況でのそれは、気味が悪い以外の何物でもない。

「お前みてぇな一般人が、何で俺らを知ってるっちゃ。名前を口にすることさえ忌まわれる俺たち一賊を、何故お前が知っている」

俺が問えばキョトンと首を傾げた。

「知っている?そんな大層な事ではありません。私はあの子から少し聞いたことがあっただけです。復讐心で動く殺人鬼集団――」

言いながら彼女はさらに俺との距離を縮めてきた。二人の間の距離は1メートルにも満たない。

「その殺人鬼集団に私が殺されるであろう事も、あの子に聞いた事があっただけです」

「どういう事だっちゃ」

「どうでもいい事ですよ」

本当にどうでもよさそうに、自分の命になど関心がないような素っ気ない顔をして、彼女は俺の腕を掴んだ。

「ほら、早く」

「言われなくてもわかってら」

彼女の目が、殺せ、殺せと訴えかけてくる。彼女の命を握っているのは俺の筈なのに、この不快感は何か。

「あなたに殺されるのなら、私は笑顔でそれを受け入れます。今さっきあの子にしたように、同じ方法で私をあの子のところへ連れていって下さいな」

そう言った彼女に、曇りは一切無かった。……気味が悪い。普通の人間が、"普通"を熟せる人間が、ここまで状況にそぐわない表情を作れるものなのか。

「家族のせいで死ぬなんて、人間の死因としては幸せな部類じゃあないですか」

そりゃあ笑顔にもなりますよ、と彼女は続けた。ああそうか、彼女はそうなのか。それなら俺にも、少しわかる気がするよ。

「お前と俺が家族であれば、話が合っただろうな」

「冗談止めてください。あなた方のような頭のおかしい殺人鬼と一緒にされたくなどありません」

最後に彼女はそう言って静かに目を閉じた。





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