彼女は、大量の血液で服も髪も汚しながらも、俺と目が合えばうっすらと微笑んだ。

「失敗だった」

困ったように言って、握られていた刃物を地面に落とす。二人の間に乾いた音が響いた。

「あ、失敗って……"これ"に失敗したんじゃなくてさ……」

彼女が視線で示した先には、彼女によって絶命させられたのであろう人間が床に伏していた。コンクリートに顔をべたりとくっつけたままぴくりとも動かない。彼女はかなりの時間、その場に立ち尽くしていたようだ。

「なに、してんだよ……おい…」

お前は―――、お前は違うだろ。こちら側の人間じゃないだろう。これが日常でもなければ普通でもない筈だ。「殺人」の結果が同じでも、至るまでの経緯が、重さが、全然違う筈だろう?

「うん、"違う"の。違うから……嫌だったの」

彼女は血溜まりの中で泣きそうな顔を浮かべている。べたりと顔に張り付いたり、所々血の乾いた髪をそのままに、言葉を並べた。

「私は人識とは違うのよ。人識はいつまでも私のことを理解出来ないだろうし、私は人識のことを理解出来ないでしょうね。それでも人間、理解しようと努力するのはいい事だと思わない?」

「でも、失敗だった」俯き加減だった顔をぱっと上げて、何かふっきれたように笑ってみせた。「やっぱり私には駄目なのかな」

「何言ってんだよ……んな必要なんてねえだろ?今まで通り、フツーにやってければそれでいいだろうが」

「人識……、」

俺の名前を呼んで、彼女の表情から笑みが消える。

「お互いにお互いが理解出来ないのって、そんなに軽いことじゃないでしょ。それは人識もよくわかってる筈じゃん。だからあんな事したんでしょ?人識も理解したかったんじゃないの?解ってほしかったんじゃ、ないの?」

「…………」

「一人は、嫌なのに……。こうしたら私も、人識に近付けるかなあって思ったのに……」

小さく呟きながら、彼女は赤に染まった地面にぺたりと腰を下ろした。

「一人は嫌だ、一人は嫌だ、一人は嫌だ、一人は、嫌、いやいやいやいやいやい、や―――」

真っ赤な手で顔を覆って、彼女は感情を吐き出し続けた。きっと、普通の人間から見れば、悲痛な叫びに聞こえるのだろう。彼女の気持ちに共感し、迷わず彼女の元へ行き、抱きしめてやるのが優しさなのだろうか。

寂しい事に、俺にはそれが出来なかった。俺の感情が彼女の抱く感情と共鳴することは無かったし、自分のことのように悲しんでやることも出来ないのだ。

人間は、そう簡単には変われないのだろうか?彼女を愛していても、愛したいという意思があっても、関係を保てるだけの精神構造を、俺は持ち合わせていない。今までだって、そうだった。俺の意思など全く無視して、人間関係は崩れ落ちる。

それでも俺は確かな意志をもって、彼女の傍へ歩み寄った。突発的に駆け寄る感情などわからないが、その真似事程度なら、俺にだって出来る。真似事でも、わからなくても、間違いでも、必死になってでも、この関係だけは保ちたいという気持ちが、俺にはあった。

「大丈夫だ、お前を一人になんてさせねえから」

「…………」

「お前の気持ち、わかったから……お願いだからもうこれだけはすんな。もっと他の方法があるはずだって」

「人識が、わからないのが、怖いよ……そのうちまた、いなくなっちゃい、そうで……」

「わかったわかった、もう居なくなんねえから。悪かっよ……ほら、もう行こうぜ」

人間の真似事をして、戯言を吐いて、自身を嘘で固めて―――彼女の真っ赤な手を引いた。彼女はよろめきながらも立ち上がり、俺の背中に着いてくる。

なんて、おかしな関係だろうか。相手を真似ても理解出来ない、偽る事でしか保てない、偽ってでも保ち続けたい関係。

「ちゃんと、好きだから」

「………私も」

それは偽りだらけの中にある、唯一の本物だった。





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