人識は私へ腕を延ばし、私からみて左側の鎖骨に指先を添えてから、手の平全体を私の肌へくっつけた。彼は時折私の左側に触れる。まるで繊細なモノを包みこむ様な触れ方の中に、殺人鬼の彼はいない。こうする時の人識は、大概切なそうな表情を浮かべている。以前私はそれが気になって、何をしてるのかと聞いたことがあるが、その時彼は「鼓動を感じてるんだ」とだけ答えた。その時の私はそれより深くは聞かなかったので、交わした会話は深い意味を孕まない有り触れた言葉のやり取りとして消化された。

こうされる度に私は彼の温もりを意識してしまい、上手な呼吸方法がわからなくなる。呼吸というのは意識すればする程下手くそになってしまうもので、私は足りなくなった酸素を求めて薄く口を開いた。大きく息を吸おうとすれば、タイミングを謀ったように人識が私の唇に噛み付くものだから、結局空気は上手く肺へ送れなかった。私が人識の行為に応えればそのまま重心は私へ傾き、細い視界が大きく揺れる。

天井を背にした人識が薄く笑った。いつもの嫌らしい笑みとは違って物悲しさを含む表情に私の胸は同調しぴりっと痛む。それを隠す為にへへへと笑顔を上乗せしたが、その後に人識が困ったみたいにかははと言ったので、どうやら私の作り笑いはバレバレだったみたいだ。

「時々ちゃんとこうしないと、お前が本当に生きてんのかわかんなくて、怖え」

私の首元へ顔を埋めて、人識はぽつりぽつりと口を開く。

「でも、まだ生きてんな」

そう言って吐いた息が、髪を掠めてとても擽ったい。堪えきれずに喉を揺らせば「おかしい事言うなとか思ってんの?」と言われたので、私は意味も無く「さあね」と答えた。

「ていうか何、私死ぬの?」

怖いだなんて――、当の私は危機も恐怖も全然感じていないのに。不気味な事を言うなと思い首を左へ傾ければ、こつんと軽く頭が響いた。外の光に反射した銀色が視界の半分を綺麗に彩る。

「ああ、死ぬかも」

「……物騒な事言わないでよ」

「物騒っつーか、知らねえうちに俺がお前を殺しちまわねえか、心配」

言いながら人識は私の首に指でつうと線を引いた。「こんだけで終わり。いつもと同じ」空気を吸うように殺人する鬼の言葉は、現実味を帯びてべったり張り付く。彼にとっての人を殺す行為は、ご飯を食べたりお喋りをしたりキスをしたりと同列に並べられている。

「大丈夫だよ、人識は私を殺さないって」

それでも私の中には、どこか確信めいた思いがあった。

「何でそんな事言えんだよ」

「……いや、ただの勘なんだけどね」

「うっわ、信用できねぇ…」

「信用するも何も、自分の事でしょうが。自分で何とかしなさいよ」

そう言って頭をぽんぽん叩いてやれば、「んー」と唸りながらぎゅうと抱きしめられた。私達の距離は、私にも彼の鼓動が聴こえそうなくらいの0になる。

「どうしようもなく好き、なんかな……。俺はとんでもねえ爆弾を抱えてるみたいだぜ」

「………」

直接言葉で想いを伝えられる日が来るなんて思ってもいなかったのに、彼はあっさりとそんな事を言ってみせた。なんとなく続いていた関係が当たり前になって、言葉が欲しいなど思った事さえなかった私は急に恥ずかしくなって、私へ縋り付く人識が凄くかわいい生き物に見えてきた。

「……ん?どーしたんだよ黙り込んで。俺の身体、重たい?」

そう言って人識が私の上から退こうとしたので、私は慌てて人識の背に腕を回し、彼の身体を引き寄せた。なんだかたまらない気持ちになって、あるだけの力を腕に込めれば、耳元で唸り声がする。

「私も、人識の事殺しちゃいそうで怖いよ」

「ああ?お前に人を殺せる訳ねぇだろーが」

「殺せるよ、人識が知らないだけで」

人識は知らないだろうけれど、殺人鬼でない私みたいな普通の人間でも、殺そうと思えば殺せるのだ。人は愛があれば人を殺せる。

「私だっていつ人識を殺しちゃうかわかんないよ。私は人識みたいに上手じゃないから、人識はめっちゃ苦しいと思うよ」

「やだなそれ。俺、痛いのは無理」

「その点私は安心出来るよね。人識の殺人はとてもスマートな訳だから」

「かはは、違いねえ」

やっぱり私は人識の、いつもの笑い方が一番好きだなと思った。私が無茶を口にするだけで彼がこうして笑ってくれるのなら、お安いものだ。

それでも人識の矛盾だらけの価値観は変わらないだろうし、彼が、彼のもつ真っ暗な穴に嵌まりそうになった時の鼓動確認行為は無くならないだろうし、その度に彼は物悲しい顔をして、その度に私の心はぴりぴり痛むのだろう。いくら齟齬が生じようと、不快な感覚に侵されようと、私と彼はこのままだろうなと、なんとなくだけれどそんな答えを彼の温度のなかに感じた。














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