手に持ったそれをぐいと顔の前へ提示する。それが彼の体を心配した私の、精一杯の感情表示だった。
「手作り弁当か……ふん。何だお前、俺に気に入られでもしてぇのか」
「……最低の返し言葉ですねそれ。人があんたの体心配してるってのに」
「頼んだ覚えはねえよ」と、教授は冷たく突き放した。この程度の言葉でいちいち傷付いていては彼の相手などしていられない。
「教授がモテない理由、わかりました。人よりモテそうな成りしてるのに、それらしい噂とか全然聞きませんもんね」
「噂にならねぇだけで、俺にも色々あるぜ?まあ、お前に聞かせてやるつもりなど毛程もないが」
皮肉めいた事を言って、私の手から布に包まれたお弁当箱を奪い取った。茶化したくせに、そういうところはしっかりとしているんだよな。
「余談はさておき、教授もたまには自炊した方がいいと思いますよ……お体は、大事にしてください」
線の細い体を眺めながら、私は彼に言った。また痩せたんじゃないだろうか……生活感を感じさせない雰囲気に、何故か不安な気持ちにさせられる。
「『お体は大事にしてください』──ふん。それもお前に言われる筋合いはねえよ。でもまあ、この昼飯くらいは食べてやる」
「…………」
「いや、食べてくれなくていいです」西東教授の膝に置かれたお弁当箱に手を延ばして奪い返そうとすると、私よりも素早い動きでそれを阻止された。教授の右手によって、ひょいと避けられたお弁当箱を追い掛けても、奪い取る事が出来ない。
「ほんと、食べてくれなくて結構ですよ。一生徒の踏み込んではいけない領域ですよね、ほんと大きなお世話ですいませんでした」
「食べると言ったじゃねえか。何拗ねてんだよ、ガキか」
「ガキじゃありません。教授と大して歳も変わらないでしょ。教授の方が子供でしょ」
「あん?俺のどの辺りがガキ臭えんだ?教えろよ」
「その無駄にツンツンツンツンしてるところとか」
「耳が痛くねえか?」
「…………、私はいいの!」
こんな透かした男の心配をしている自分が滑稽に思えてきてしまった。ああもうやめだ。口で彼に勝つなんて出来っこないに決まっている。天才の彼と凡人の私とでは脳みその造りが根本的に違うのだ。
「……食べるならそれ、洗って返して下さいね」
右手に掴まれたままのお弁当箱を指さして言うと、教授の空いた手が私の腕を掴んだ。
「まぁ待てよ、落ち着け」
私は落ち着いていますよ、私もそろそろお腹空いたのでご飯食べてきます。そう返事する間もなく、教授は続けた。
「寂しい事言わねぇで座れよ」
「……お腹空いた」
「我慢しろ」
強引に腕を引かれたので、されるがままに隣に腰かける。
「変な噂たっても知りませんから」
「俺だって知らん」