ガランとした学習塾跡で、あの人の真似をして、机の上で天井を仰いだ。




視界に映るそれらはあの日と何も変わらないのに、今、ここにいるのは自分一人で、春休みに突然この街に現れたあの人は、何の前触れもなくこの街からも私の前からもふらりと姿を消した。

いつか、何も言わずにこの街から居なくなったりはしないよ、なんて言っていた筈だったが。
実際は別れの言葉もそれを予感させる言葉も何も無しに居なくなったものだから、私の心は何かが欠けてしまったような消失感でいっぱいになった。

しかしまぁ、そういうところが、あの人らしいと言えばあの人らしい。
結局は、さよならを嫌うあの人の、精一杯の「さようなら」を私が受け取れていなかっただけなのだ。


最後にあの人と会ったのもこの教室だった。頭に心地好い重みが乗っかって、そのままおでこにごつんと柔らかい衝撃が走って……視界が派手なアロハ柄でいっぱいになったときに漸く自分が抱き寄せられたんだと気付いた。

シンとした空気に捕われて、暫く何も言えやしなかった。体と体の触れた部分から、私の鼓動が伝わってしまうんじゃないかという焦りでいっぱいだった。私のすぐ近くから聞こえる心臓は一定リズムで鳴っているんだから、少し寂しい気もした。精一杯、平静を装って口から洩れたのは「忍野さん、ネックレスがちょっと痛い」という台詞だったけど、全然だめだ、声が震えている。
「ごめんごめん」と言われて、自分の体が解放されたときに、やっぱり今の言葉は失敗だったと後悔した。

その後の私といえば、平静を、通常を、普通を装うことにいっぱいいっぱいで、会話の内容なんていうのは殆ど記憶に残っていない。いつものように適当に話を切り上げて、私はまたね、と言った筈。





思い返せば思い返す度、あの人のさよならが心に浸みる。翌々考えればすぐにわかることだったが、あの時間と空気自体が、あの人なりのさようならだったのだ。


「……回りくどいんだよ、馬鹿」




どうせなら、「さようなら」で私を縛り付けてくれればよかったのに。



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