身体を密着すれば、生きてる音が聴こえてきた。他にも何か聴こえるかもと思ったけれど、やっぱりそんな事なくて。ただただ私のそれとはリズムが全然違うのがわかっただけだ。
「いーたんの考えてることは正しいけど、正しくない」
私は断言した。根拠があったわけではないけれど、言葉を強くして、腕の中の彼にそう言った。
「なんだよ、君……読心術とかいつ会得したの」
「そんな小難しそうな術使わなくてもわかる」
語尾が奮えてしまったかもしれない。どういうつもりなのかわからないのは私も同じなんだってば。感情に頭がついていかないのはよろしくない。よろしくないと解っていても、言うことを聞かない。
「なんで泣きそうなんだよ。それは違うだろ」
「違うけど、違うくない」
必死に言葉を繋げたのに、後には沈黙しか続かなかった。私の鼻をすする音だけが聞こえて恥ずかしい。
私の腕にすっぽり入ってしまう華奢な身体で、彼はどれだけのものを背負っているのだろう。彼を、偽る事でしか生きれなくしてしまったものは何なのだろう。
きっと、何もかもが別次元。広がる世界が別世界。全く違う世界を見ている、私と彼が出会えた偶然の確率は、天文学的な数字だろう。
「君の態度はさ、ついさっき好きな相手に振られた人間がとる態度じゃないよね。これじゃあまるで、ぼくが君に振られて……その上慰められてるみたいじゃないか」
「振ってないし、慰めてもない。慰めてなんかやるもんか、自惚れんな」
「………はあ」
困惑の混じった相槌。私も自分の行動や言動が目茶苦茶なのは理解しているので、彼がそう漏らす気持ちがわからないでもない。
「言っとくけど、戯言なんか通用しないから」
「……それはどうだろうね」
「いーたんの頭の中なんか見え見えなんだから」
「ぼくの頭の中なんて、ただ空っぽなだけだよ」
「空っぽなくせに、それっぽい理由で私を捨てたりしないで」
「まぁ、ぼくにも感情が無い訳ではないから」
「いーたんが何を言おうが、私は絶対いーたんから離れない。離れてやるもんか」
「………」
そう強く言って、逃げるように肩に顔を埋めた。涙を堪える顔を、あまりじろじろと見られたくなかったし、彼がどんな表情を浮かべているかくらいは見なくてもわかる。私が彼をよく知っているからという自信からくるものではなく、ただ単に、彼は滅多な事が無い限り表情を崩さないからだ。表情なんてものは、彼が彼として生きる上では無駄なもの。
仮に、彼は、私が目の前で死んだところで、泣きやしないし笑いもしないだろう。泣けやしないし笑えもしない。
「いーたんの思い通りになんかさせないもん」
「過去に一度だってぼくの思い通りに物事が進んだことがあったかよ」
「だからだよ。だからいーたんの判断には委ねない」
「ぼくは……知らないぜ?何が起きてもぼくはしらをきるし、自分が正しいだなんて思わないけど、そんな事して君がどうなっても、ぼくは知らない。知ったこっちゃない」
「それでもいいよ……いつもみたいに他人のふりすればいいし、私のことなんか忘れてもいい。私なんか背負わなくていい、だから」
「君、多分死ぬよ?」
「嫌われた以外の理由で振られるくらいなら一緒にいて死んだほうが百倍マシだ。喜んで死んでやる」
「………」
「いーたんの、ぼけ」
「ぼくは……」そう言って後頭部をがちりと抱き寄せられた。何度目になるかわからない溜息が耳元で聞こえる。
「ぼくは君に死んでほしくないから」
「……うん、ありがとう。でもごめんね」
近い未来に私が、傷付くことから逃げた彼を追い込むのだろう。それでも私達は馴れ合いを求めた。