おはなしまとめ | ナノ

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 翌日、石田くんは遅刻して来た。それも10分20分の話では無い、始業時刻を3時間も過ぎていたのだ。彼にしては大変珍しい事だった為、部署内は少しざわついていた。そんな事を気にも留めず当然の顔で席についたかと思えば、私に小さな箱を差し出して「受け取れ」と強引に受け取らせた。よく分からないまま箱を開ければ、シルバーピンクのお洒落なボールペンが入っていた。箱から取り出して手に取る。丁度良い重さと太さに、きちんと名入れまでされていた。いかにもお高そうで嬉しいよりもここ最近の戸惑いに拍車がかかる。

「もしかして遅刻の理由、これ?」
「秀吉様の許可は頂いている、何の問題も無い」
「いや、あの・・・ありがとう。でも凄く高そう」
「値段など見ていない、貴様に似合うだろうと買っただけだ」

 相変わらずの無表情でそう言ってのけた。周囲の注目を浴びているのが気にもならないのは石田くんらしいが、残念な事に私はそんなメンタルを持ち合わせていない。空気感が気まずくて時間よ早く経てと手で顔を覆った。噂話が大好きな社内の女子達により、プレゼントあげてた!やっぱり付き合ってたんだ!と広められてしまうんだろうな。そう考えると石田くんは着実に外堀を埋めている。実は全て計算されているのか?いや、彼に限ってそんな事は無いか。



 午後のゆったりとした空気感、エアコンが一番に効いている時間帯なせいもあってポカポカと暖かく睡魔がやってくる。目は自力で開けていられない程にしばしばしていて、気を抜けばガクンと頭が落ちそうになった。なんとか完成した資料をプリントして石田くんに渡せば早速ご指摘が入る。

「此の箇所、数値が違うぞ」
「あーごめんなさい」
「夕方の商談で使う、それまでに直しておけ」
「うん、すぐ直す」

 資料を受け取ろうとして指先が少し触れた。普段なら全く気にならない事なのに「あっ」と声が出てしまったのは、大谷さんに男として見たら良いなんて言われたせいだろうか。いやそれよりも前、ホテルで裸を見た時から男だと意識していたはずなのに。今更どうして。
 意識してしまった事への羞恥心でぱっと顔に熱がこもった。耳たぶまで熱いのだから免疫の無さに呆れる。顔を上げれば石田くんと視線がぶつかって、私の異変だけを感じた彼は小首を傾げた。

「なまえ?」
「いや、あの、ごめんなさい。何でも無い」
「顔が赤い、熱でもあるのか」
「違う。大丈夫・・・、大丈夫じゃない。ちょっと良い?」

 状況の読めない石田くんを廊下へ連れ出して向かい合う。私の奇行に片眉を上げる彼を見上げれば私の心が疼いて、やっぱり大谷さんのせいだと確信する。ここ最近可笑しいのは石田くんだけでは無い。私も十分に可笑しくて。だから大谷さんに乗せられてこんな事を聞いてしまうのだ。

「三成は私のこと好きなの?」
「それは重要な事か?」
「何言われても大谷さんの助言なのかなとか勘繰っちゃうし、大体これまでそんな素振り無かったのに急に言い寄られてもピンと来ないって言うか、つまり・・・このモヤモヤした気持ちを解消する為には重要です」
「そうか・・・。以前にも言ったが私は恋愛など知らん。ただなまえにはこれまで出会った女には感じた事の無い昂りを感じる。隣で寝られれば胸は騒ぎ、貴様が笑えば琴線に触れる。これは何だ?何故貴様には分からない」
「何故分からないって私の台詞だよ。それ、恋だよ」
「・・・そうか、これが。私はなまえに恋をしていたのか」

 中学生男子でもすぐに気づくような胸のざわめきが何だかも知らないなんて、本当に石田くんらしい。そしてこれは立派な告白だ。本人は無自覚だからノーカウントが許されるだろうか?元々熱を帯びていた顔が更に熱くなるのを感じた。

「それで貴様は何と答える」
「え?」
「私の胸の内を知っただろう、想いに応えるのか否かだ」
「そんな急に言われても、そもそもそう言う目で見てないし」
「なまえ、私を拒む事は赦さないと言ったはずだ」

 聞いておいて拒否権が無いとはなんだ。詰まる所、此処で仕事をしている限り石田くんの嫁になるしか道は無い。彼がそう言うのだから逃げる事など出来無いのだ。ただ私はまだ分からない。石田くんの事を知り気になってる部分は勿論ある。けれどそれが異性に向ける恋心なのか、彼を一人にしては駄目だという母性本能なのか。

「始めにした約束、覚えてる?」
「約束・・・だと?」
「妻にしたいなら、私を振り向かせてねって」
「その事か、無論だ」
「じゃあその時は、末長くよろしくお願いします」

 上手くいくのであれば社内恋愛も有りかもしれない。結婚となると何方かは部署異動だろうけれど、私は元々マーケティング志望だったし異動も構わない。振り向かせてくれてゴールインさえ出来れば、私は心置き無く石田くんに全てを委ねられる。

「引っ越しだが来月の頭はどうだ」
「え、ん?何の話?」
「なまえの家は遠すぎる。婚姻も時間の問題だ、私の部屋に住め」
「いやいや、そんな不純な」
「不純?もう一度泊まっただろう。一度も百度も変わらん」

 どうしよう。この人に惚れる気が微塵もしないのだけれど。私の出会う男達はどうしてこうもズレてる人が多いのだろうか。もしかして私が引き寄せてる?そんな馬鹿な。

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