剞S付くとて水面下
上手くいかない事ばっかりだね、全く。息を潜め天井裏から二人の行為をただ静かに見つめていた。その行為が仕事か私情かと問われれば少し悩むが、そんなのどうでも良い。
人はこうも変われるのだろうか、と問いたくなる程ここ数日の旦那は荒れていて、とても見てはいられなかった。冷酷な笑みを浮かべ嘲笑う様な態度には、みな一度は恐怖を覚えただろう。
「佐助、」
そう名を呼ばれる度に感じる殺気は、戦場で敵に向けるものと変わりは無かったんじゃ無いかと思う程だったし。で、問題はなまえちゃんなんだよなぁ。あの子が俺様を好き、ねぇ?真田の旦那も可哀想に。やっと春が来たと思えば、こんな重っ苦しい事になるし。なんか、旦那は恋しちゃいけないみたいじゃん。なまえちゃんも、なんで俺様なのさ、絶対に想い合えないと分かってるだろうに。はぁ、皆で悪いくじ引き過ぎでしょ・・・、初恋がこんなんで旦那これから大丈夫かね。
久々の城下町に足を運び、目当ての甘味処へ向かう。どうやら客の少ない時間帯のようで、なまえちゃんは店の前の長椅子に腰掛けて空を見上げていた。お天道さんを見ているのか、目を細め眩しそうな顔をしている。
「なまえちゃんっ!」
「さ、佐助様・・・。お久しぶりでございます」
「そうだね。えーと、団子一皿貰える?」
「は、はい。すぐにお持ちします」
昨日の今日だもんね、なまえちゃんの表情は暗く固い。心も身体も傷ついたんだし当然か、それとも責めているのだろうか?旦那を傷つけたと自分の事を。だとしたら、とんだ良い奴だ。いや違うか、良い奴を通り越してただの馬鹿だ。
「佐助様、お待たせしました」
「ん、ありがとねー」
「あの・・・」
「ん?」
「幸村様は、その・・・大丈夫でしょうか?」
なんで、そんな事聞くかな。俺様と一切目を合わせようとせず俯きながら問うその姿は謝っている様にも見えた。
「なまえちゃんはさ、怒ってないの?」
「えっ?」
「昨日の、旦那の事。」
「何があったのか・・・ご存知なんですか?」
「ずっと見てた」
「そう、ですか。幸村様の事は怒るも何も、悪くありませんので」
ああ駄目だ、この子。旦那を傷つけてしまったって自分を怒っている。でもさ、なんか違うよねそれ。なまえちゃんは勘違いしてるよ。
「旦那、可哀そ。なんで旦那があんな事したか分かる?なまえちゃんの胸の中に僅かでも、どんな形でも良いから残っていたいからだよ?なのにそれを受け止めちゃったら・・・って、ごめんね。なまえちゃんが一番傷付いてるよね?」
「ご心配なさらずとも、幸村様のお気持ちは痛い程感じておりますし、しっかりと私に届いております。弁解にいらっしゃるとは・・・、佐助様は本当に幸村様が大切なんですね」
「まぁそりゃ、給料貰ってるし?」
俺様の言葉になまえちゃんは少しだけ笑った。その笑みを今から涙で埋めてしまうかもしれない。今の状態で何が得策かなんて分からなくて、傷つけるかもしれないけれど。
「昨日の、佐助様の事が好きと思い込ませようとした。ってあれ。嘘でしょ?なまえちゃん俺様の事好きだよね」
行き成りの問いかけに驚いたのか、なまえちゃんは赤面しながら俺様の顔を見るが直ぐに視線を落とした。そして泣きそうな声で呟く。
「どうして・・・」
「気がつかないと思った?俺様忍だよ?でもさぁ、はっきり言って迷惑なんだよねぇ、そう言う感情持たれるの」
なんか、えげつない言い方だけど今はこれしかないよねぇ。これ以上傷つけたくなんかないんだけど、だからこそ余計に先に手を打つしかなくて。なまえちゃん泣いちゃうかな・・・。
「言われずとも分かっております。この気持ちをお伝えすれば迷惑な事も、実らない事も」
「泣かないんだ?」
「泣いたら好きになっていただけますか?」
そう聞き返すなまえちゃんの顔は真剣で、想像していた表情とあまりに違うものだから思わず噴出し笑いしてしまった。それを見てなまえちゃんも少しだけ笑う、その切ない笑みに、いつかの日のように胸が締め付けられる感覚に襲われる。
「女の子は泣くもんだと思ってた」
「佐助様が思っている以上に女子は強いですよ」
「・・・なまえちゃん」
「はい?」
「そう言うところ、好き」
そう言えばなまえちゃんは一層頬を真赤に染めて、一歩後ろに下ってから店の中へと駆けて行った。もしも俺様に恋する事が許されるなら、彼女にこの想いを伝えたい。そんな事を考えちゃうなんて、ごめんね旦那。
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