「んっ、ぁ、ああッ!……っ」

どく、と腹の奥で熱が弾けて、つま先がしびれたようにつっぱる。
太ももで挟んだ腰は、腰骨が突き出ていてほどよく筋肉がついている。静雄の中に埋まっていた性器がずるりと抜き出されていくさまは、はっきりいってグロテスク以外の何物でもない。
半分くらいまで抜かれれば、中に出されたものがあふれ出て、尻の割れ目をつたってシーツに水たまりを作った。もう、何時間も前から上に下に、何度揺さぶられたかわからないほどなのだ。腹の中が臨也の出したもので満たされていても、静雄は全然驚かない。
檻のように両脇につかれた手に、きゅっとちからがこもる。間近にある臨也の眉間が、しかめられる。
覆いかぶさる臨也の体は、細く白いが、しっかりとした男のものだ。なだらかな皮に覆われた、広い肩幅、しっかりした胸板、引き締まった腹。手や足ばかり長い自分より、よほどちゃんと肉がついている。三十路をこえたころから、静雄の体も相応に衰えを知り始めていた。
だからこそ、発達しきった頂点にいる二十代の肉体が、まるで別のものに見える。
あの小さな子供の体が、こうまで大きくなるものなのか。
甘いミルクの臭いをさせていた子供の体臭が、脳髄をやくような男の臭いになるものなのか。不思議な心持がした。
ふと、臨也が視線を上げる。体を眺めまわしていた静雄の目と、かちりと音を立てて合わさる。

(ああ……、やべぇ)

そう思った瞬間だ。脇腹に覚えのある激痛が走り、同時に腹の中に再び性器が押し込まれた。
喉をそらして、体を守るように、足が跳ねて胸に引き寄せられる。
臨也が静雄の足の膝頭を深く押して、より胸に押し付ける。
そのままひたすらいい場所ばかり突かれ、静雄は達することができずに泣き続けた。許してくれといって、許す相手ではない。少しでも自分から意識が反れれば、不機嫌になる男だ。そんなところばかり、もうずっと子供のままなのだ。
静雄が臨也を殺そうとすると、目を輝かせて心底嬉しそうに笑う。構ってもらったのを喜ぶ子供みたいに。

――病院で体を繋げた後、怪我の治った静雄が臨也をもう一度殺そうとした時も、同じように喜んだ。
静雄は幽のためにも、絶対に臨也を許すことをしてはいけないと考えていたし、(いくら弟の生かされ続け方が不自然だったとしても、それはあんな形で、他者に奪われていいものじゃなかった)また臨也を恨みに思う気持ちが静雄にないわけではない。
ただ静雄には小さい臨也を修復しようもないところまで傷つけた罪悪感があったし、何より一度守ってやりたいと抱いた小さな体を忘れてはいなかった。あの小さな子供のままの臨也を。手を伸ばしてきて、首に噛り付く小さな子供。全幅の信頼を静雄にあずけ、裏切られた可哀そうな子供。幽への罪悪感と同じくらい、臨也への罪悪感も、また静雄の根っこにすくっている。

板挟みになった静雄は、とうとう臨也に背を向けた。何度も殺しにって、何度もできずに終わる。血まみれになっては体を繋げ、愛しているのか憎んでいるのか、殺したいのか愛でたいのか、境目がどんどんあいまいになっていく。
そんなことを繰り返しては、お互いのためによくないと、静雄は本気で考えて、とうとう距離を置くことにした。
唐突に、静雄は臨也の前から消え失せた。
静雄は知らない街に行って、知らない人達と日雇いの仕事をして金をかせぎ、生活をした。体は丈夫なので、少々無理でも生活していけた。

それから半年したころだろうか。
静雄は仕事の帰りに黒服の男2人に同行を頼まれた。当然見知らない人間だったし、乗るように言われた車はあまりに高そうで、その行き先は考えるまでもなく知れたからだ。
黒服は迷うことなく、自然に胸元から拳銃を抜いて、発砲した。
静雄は肩を撃ち抜かれて、眠剤を打たれて連れ去られた。
目覚めてみれば、予想の寸分狂いなく、見た覚えのある寝台の上だ。隣には臨也がいた。病室で見た時よりもわずかにやつれて見えたのに、受けた印象はどこか幼い子供のままのものだ。
顔を上げた臨也を見て、静雄は瞠目した。冷たく冷えていく子供の目。

静雄は理解した。あの夜、子供の臨也が静雄と母親を亡くした日。
何より愛するもの二人から取り残される恐怖を、臨也は知ったのだ。芽生えた感情を、静雄はきっと計り知れない。悲嘆も嫉妬も焦燥も、どれも多分言葉としては当てはまりはしないのだ。

肩を撃ち抜かれて、眠剤をうたれて、強引すぎる手口に言いたいことは山の数ほどあったけれど、伸ばされた手を静雄は拒めなかった。

怪我を負っている間は、静雄は臨也を拒まない。
臨也はそう、理解したらしい。
それからは最中なんども静雄の傷を爪でえぐるようになった。
血まみれになって体を繋げ、昼も夜もないような生活をする。けれど静雄の超人的な体は、数日たてば何度爪でえぐっても傷をふさいだ。
静雄は屋敷から逃げ出して、また見知らぬ場所で生活を始める。
答えが出なかったからだ。
たとえば臨也が弟の代わりに、静雄の目を潰してしまったのならよかった。声を潰して、舌を抜いたのならよかった。もしそうだったら、静雄は臨也のことを許していただろうし、臨也が望むよういくらでも傍にいて、いくらでも愛してやれた。弟という絶対的な存在はいたとしても、臨也が彼を生かし続けてくれたなら、静雄は臨也に優しいだけでいられただろう。すべて仮定の話でしかないけれど。
静雄は逃げ出しては連れ戻され、離れては溶け合うような生活をした。臨也もまた、静雄を憎んでは手放せない、そんな様子だった。
こんな生活がいつまで続くのか、静雄には皆目見当がつかない。


***


「……愚にもつかないことだけどさ」

精も根も尽き果てて、泥のように意識が溶けていく、寸前の事だった。
情事の名残をのこして、傍に寝そべる臨也の肌は、しっとりと濡れていた。
細く骨ばった臨也の指が、静雄の脇腹を滑る。
静雄の傷は治りかけていた。
静雄はうとうととしながら、その言葉を聞いた。
臨也は、静雄の傷口に目を落としていった。

「きみと年が同じだったらと、時々思うよ」
(ああ……それは)

それは、静雄も近頃よく考えることだった。
臨也と年が同じだったら。もっとまっすぐに臨也を憎むことができたんじゃないかと。
いや、そもそも母親と関係があると思った臨也が、静雄と取っ組み合いのけんかでもなんでもできたのではないかと思う。もっとあけっぴろげで、澱のようにたまる重さも知らず、激しくぶつかり合うような、火花のような関係が。
二人がすり減らしていくものが、ただ足元に降り積もっていく。そんな関係では、決してなかったはずなのだ。
それも仮定でしかないけれど。
「いざ、や……」
とけそうな意識の中、静雄は臨也の名前を呼ぶ。振り向いた臨也は、大人の顔をしていた。
「寝ぼけてるの」
からかうように臨也は静雄の髪を撫でた。
ああ、もう目があいていられない。
「シズちゃん。……眠ったの?」
そういったのは、子供だったろうか、それとも臨也だっただろうか。
「……君を雇う金は、いつでも用意できるのになぁ」

子供が他愛ないことを不思議がる、そんな溶けてしまいそうな声だった。


***


――臨也と静雄の間には、取り残された子供がいる。二人の手を、しっかりとつかんで離さない子供が。
その子供のせいで、折原臨也は大嫌いだろう「折原家」の当主の椅子に、座り続けることになる。
この夜から、とても長い間。

後継の者は彼を、最も折原家に執着した人間と、固く信じている




【終】



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