「うぁ…あっ…あ!」

同時に腹の中で熱がはじけ、目の前が真っ白に染まった。頬を押し付けた枕が涙と汗を吸う。
全力疾走したよりもずっと乱れた息は、時折ひきつったような啜り泣きが混じった。
お前俺の体だろ、とつっこみたくなるほど、体は静雄の支配下にない。背中に倒れこんできた男に奪われてもう二時間か三時間はすぎていた。

初めは四つんばいになっていたのに、今は枕に頭を押し付けて、丸いカメみたいになっている。臨也はその上に覆いかぶさっていた。正気ではとても直視できない格好だ。
ようやく責め苦から解放された静雄は、震える息を吐きながら、臨也をにらんだ。臨也が静雄の中から出ていかないまま、汗の浮いた頬で笑った。

「…っ、もう…しつ、けぇ…っんだよ、てめぇ…」
「気持ちよかったくせに、よく言う」

いたずらに腹の中のものを動かされて、静雄は眉根を寄せてうめいた。まだ体のあちこちがけいれんを起こしたみたいに時折震える。
くったりと力の抜けた体では、何の抵抗もできない。
手加減しない。それは慣らさずに突っ込むとか、好き放題突くとか、そういったことではまるでなかった。臨也は時間をかけて丁寧に執拗に静雄の体を開いたし、開くことで静雄の反応を楽しむことに全力を傾けた。考えてみたら、他人様の反応を見ることを趣味とする男なのだ。楽しむ方向性がそちらの方面だったとしても不思議はない。
臨也が伸び上っては静雄の首や耳殻を甘噛みし、そのたびに静雄は射精したばかりの体をふるわせた。

「んん…ふ、…っ」

背後で臨也が笑う気配がする。
(くそ…てめぇだけ余裕ありますみたいな顔しやがって…)
静雄にはどうも、全力でかかられた気がしない。首の生え際に唇を落とされて熱く息を吐いた静雄は、ぶるぶると首を振って訴えた。

「…っ、てめ、も、ぬけ…よっ」
「あったかいし、…いいでしょ、もうすこし」
「おちつかねぇん、だよ…っ」

呼吸器が壊れてしまったみたいに、息がか細い。自分のごつい体を支えきれるとはとても思えないほど震えていて、頼りない。それもこれも、体のど真ん中を相変わらず別の人間に陣取られているせいだと思う。
まだ涙の残る視界で背後を睨み付ければ、臨也は小さく息をついて「しょうがないな」とつぶやいた。
臨也が腰を上げ、静雄の腰から足の付け根に手を添える。

「…ぁ……っ」

ずるり、とそれが出ていく感触に、体が勝手に慄いた。ギュッと息がつまる。
小さな悲鳴のような声が出た。恥ずかしさに、頬に血が上る。
抜けるのに内壁が擦れたのか、余計に乱れた息を、喉をそらして落ちつけようとした。内股が、時折ひきつけをおこしたみたいに震える。

その瞬間、内側に注がれたものが隙間からあふれ出て、どろりと内股を伝った。「ひッ…!」息をつめて枕を握りしめた。

(あああありえねぇぇ…!)

粘性のある液体が、ゆっくりと内股を伝い落ちる感覚。
臨也が自分の中に放った精液だ。息をするたびに、内側からあふれ出る。いっそ気を失くなるくらい未知の感覚だった。

「ひ、い、臨也!みんじゃねぇ…っ!」

あわてて声をかけるが、反応がない。
不思議に思って、枕を抱きながら視線を後ろにやった。臨也は別に失神していたわけでも、とんでもないグロ画像に慄いていたわけでもない。視線に気づいて、ちら、と視線を上げた。

その瞬間、静雄の背筋を何かが駆け上る。

「……っ」

心臓をわしづかみにされたような、臨也の視線はそういったたぐいのものを多分に含んでいた。視線が静雄の目から肩を撫で、背骨をたどって、尻の合間を撫でる。内股を伝う白濁を追った。
目は飽きるほど見慣れた赤色で、それなのに初めて見るような色をしている。ぞくぞくと熱がせりあがり、息を深く吐いた。とたん、腹の奥がうごめいて、内股をつたう精液の量が増えた。「うあ、あ…」もういやだと静雄は枕に頬を押し付けて顔を隠す。視線に感じましたなんて、どの面を下げて宣言しろという。

臨也の手が内股に伸びて、伝い落ちたそれをゆっくりと撫でた。「ぁ…っ」声をあげた静雄に、臨也がそっと息をついた。いやに熱のこもった、小さな息。
びく、と静雄の肩が跳ねた。その瞬間、臨也は静雄の腰をつかんだまま、再び中に突き入れた。

「――――ッ!」

声にならない声を上げて、静雄は枕を抱えるようにして体を震わせる。もし正気でこんな状態じゃなかったら、後ろの男の頭をはたいて殴り飛ばしてる。臨也はぶるぶると震える静雄の耳に「ごめん…」と小さくつぶやいた。
その声が少しかすれている。静雄は衝撃にスパークする視界を凝らして肩越しに振りかえる。臨也は眉根を寄せて静雄の肌に唇を這わせていた。目が合うと、苦しそうに息をつく。

臨也の掌が静雄の額に滑り込み、汗でぬれた髪をかきあげた。
ごめん、ともう一度ささやきながら耳殻を唇が食む。ぴく、と静雄の内股が震えた。ぼんやりと視線をやる。静雄はせわしなく息を吐きながら手を伸ばした。わしわしと臨也の髪をかきまわす。
腹の中で臨也のものが固くなっていて、さっきより余計に自分に欲情しているのが嬉しいといえば、すこし変態くさいだろうか。

「いざや」

名前を呼んでやれば、臨也がかすれた息をはく。
それから少し忌々しそうに「くそ…っ」と悪態をついた。静雄は震えるように、笑う。
そこからはもう、記憶するのもはばかられたのか、よく覚えていない。






目を覚ますと、腕の中に静雄の姿はない。
男同士でセックスをして、腕枕なんて滑稽なだけだと思う。けれど、今日くらいはせめてじっとしていろよ、と思うのは自分がすこし浮かれているせいだという自覚はある。
誕生日プレゼントと称してさしだされた体は、十分臨也を満足させた。
満足させられたのは体だけではないことも承知だ。体の欲求をなだめるなら、なにも静雄なんていう固い男を抱く必要はない。自分の顔がいい自覚はあったし、現に声をかければそこそこのレベルのわきまえた女を捕まえることもできるだろう。もちろんそれは、静雄にも言えることなのだけれど。(彼の場合、バーテン服を脱いで池袋以外で、という注釈もつくが)

昨日の取引相手の女性もそうだ。
彼女のほうは明らかに臨也と親しくお付き合いを結びたかったようだし、臨也が乗りさえすればあとくされもないスマートな関係が築けたのだろうと思う。
相手が自分に求めているのがのめりこまない程度の火遊びだということもよくわかっていた。
ただ、臨也が誘いに乗らなかっただけだ。彼女はそれを不満に思うでもなく「残念」と肩をすくめてあっさりと引いて行った。所詮その程度である。
とはいえ、その過程でもらい物をした臨也は、それを家に持って帰った。特別細工がされているわけでもなく、使おうと思えば十分に趣味のいい家具の一つとして役割を果たしてくれたのだろうが、どうも赤の他人からのもらいものを自分のプライベートスペースに置く気にはならず、部屋の隅においていた。後日波江にでもやればいいかと思っていたのだ。(十中八九、そののち不燃ごみ行きだろうが)

それが、昨日の静雄の「みどりの日」発言だ。

衝動的とはいえ「しまった」という顔をした彼が、セックスに話をもちこむのはそう難しい想像ではなかった。
あれの思考回路は、そこそこ単純である。ただ臨也にはまるきりよめない回路が存在するだけで。

臨也はわざと、自分のベッドのわきに時計を置いた。案の定静雄は眉根を寄せてそれを凝視し、次に臨也を見たときには口には出さないながら「てめえ何、女のものなんか部屋に置いてやがんだ」と目が不満を大爆発させていた。本人が気づいているかどうかは知らないが、臨也はそれをみて大変胸のすく思いがしたのだ。

――そして現在、朝、臨也の目の前には静雄の背中がある。

静雄は臨也に背を向けて、じっとしている。
眠っているわけではないことは、静雄の手を見ればわかった。静雄は例の時計をわしづかみにして、じっとしている。
静雄の掌の中では、それはたいそう小さくか弱く見えた。
静雄の背中はなめらかな丘陵にしっかりした骨が見える。男以外に見まがうはずもない背中だ。
その背中が「これをどうしてくれようか」とうなっている。
目覚まし時計を寝ぼけて壊した前科がある静雄だ。誤って壊したといっても何の不審もない。だが、たとえ余所の女でも、他人から臨也への贈り物である。勝手に粉にするのも具合が悪かろうと、迷う気配があった。

(まだまだだなぁ)

迷うなんてばかみたい、と思いながら臨也はその背中をそっと眺めた。
背中と首の付け根のあたりに、薄いバラの花びらのような情痕がちっている。
静雄でそうなのだから、普通の人間なら、どす紫の鬱血痕だっただろうことはたやすく推察された。今は布団で隠れているが、腰と内股はもっとひどいはずだ。静雄の体の中から流れでた自分の精液が、静雄の内股をたどる。骨ばった体の線の中で、尻から内股にかけての一番やわらかい肉を、臨也の体液がつたうのだ。その白さに、滑らかな曲線に、臨也は頭の後ろを殴られたような気がした。
で、結局いろいろと堪らなくなってもう一ラウンド突入した挙句、中から性器を抜いては内股を何度も噛んだ。なまめかしく揺れる足に誘われてつま先から太ももから、いろんなところをかじった気がする。
臨也は手を伸ばして、そっと静雄の腰を撫でた。

「……!」
「おはよ、シズちゃん」

その瞬間、大げさに肩が震え、ばきぃっという破壊音が朝の寝室にこだました。

「う、ああ…てめぇ…驚かせるんじゃねぇよ!」

静雄は眉尻をつりあげて、振り返った。「壊しちまったじゃねぇか…」
そういって手の中で破片になった時計を、臨也に見せてくる。つりあがった眉尻が今度は徐々に下がって、唇がへの字に曲がった。
臨也はゆっくりと唇を横に引いた。静雄が、不機嫌そうな不安そうな顔に、どこか期待をするような色を浮かべて、目じりに朱色をはいた。
臨也が手を伸ばして、その頬を親指の腹でこする。くつ、と喉を鳴らして、臨也はささやいた。

「どっちでもいいよ、そんなの」
「……どっちでもいいって、」
「いいでしょ?」

静雄は非難するように臨也を見た。他人からのもらい物だろう、と声なき声が言う。そんなもの、と言ってほしかったくせに、自分だけ常識人ぶろうとする。
さて、この後言葉を続けるか否かは、静雄の反応次第だ。

じっと様子を窺えば、静雄は答えを待たれていることに気が付いたのか、唇をぱくぱくして、少し言葉に迷ったようだった。

うー、とか、あーとか、変な唸り声をあげて、それからすこし息をついた。諦めたように、すとんと肩が落ちる。

後ろでに手を伸ばして、ベッドのわきに手の中のものを落とした。がしゃん!と目覚まし時計がさらに割れた音がした。

はい、よくできました。

臨也は喉で笑って、静雄を抱きしめる。静雄は身じろいで、首筋に顔を埋める臨也の、つむじに鼻先をおしつけた。

「よく知りもしない女からもらったものなんて、気持ち悪くて使えないよ」
「……おいてたじゃねぇか、ここに」
「シズちゃんが嫌がるかなーって思って」

てめぇ、とうなる静雄の唇に、臨也は唇を重ねた。他人の気持ちなんて知ったことかと、ひどい言葉を言ってあげる。こういう関係になってから自分はひどく静雄を甘やかしていると、臨也はこのごろ毎日のように反省するのだ。
唇の隙間を舌先でなめて、なだめるように「そんなことより」といった。

「朝ごはん、パンがいい?ご飯がいい?」
「……ハニートーストくいてえ」
「了解。すきだねぇ」

声がかすれているのは、さんざん泣かせたせいだろうか。食卓には水を置いておいてやろうと、臨也は体を起こしてズボンをはいた。終わった後に体を清めたとき、下着までは身に着けたのだ。
静雄はあらいざらしのまま放置なので、一枚も身に着けていない。それなのにベッドの上でのそのそ起き上がっては、ぼりぼりと頭などかいている。

「もう少し寝ていないよ。まだ出勤までに時間あるでしょ?」
「…いい、おきる」

言いながら、臨也が出ていかなければ着替えをするつもりはないのだろう。再びごろごろと布団になつき始めた静雄に、臨也は肩をすくめる。シャツを手に取ると部屋の外に出ようとした。
静雄がいるのとは逆のほうから降り立って、スリッパをはいて戸口に向かう。そのときにふと、さきほどおとした目覚まし時計の破片が、静雄のスリッパにまで飛んでいるのを見て、寝ぼけた彼がそのままおりやしないかと不安になった。
刺さるかどうかは五分五分だが、静雄の足の裏の強度まではさすがに知らない。
臨也は小さく息をついて、そばにいってしゃがんだ。大きな破片だけでもとって捨ててしまうつもりだった。そうしておけば、掃除も後でずいぶん楽だ。
目覚まし時計の残骸をひろいあつめる臨也を、静雄が布団にくるまりながら目だけ覗かせてじっと見ている。えらく近い。
子供みたいなやつだな。
臨也は苦笑をかみ殺して、拾えるものをすべてひろう。細かな破片がまだ残っているけれど、目につくのはこれで全部だろう。
立ち上がろうとした時だ。
背中を、つんつんとたたくものがある。振り返れば、それは静雄のつま先だった。
布団からふくらはぎまでをちょこんと出して、臨也をつついている。

「なに?」
「……なあ」

目をしばたいて、続きを待つ。
静雄は臨也の純粋な疑問の目にかち合って、今度は自分からそらし始めた。うーとかあーとか、さっきもきいたうなり声をあげて、それから布団に目まで隠して、うなるようにして彼は言った。
昨日聞かれなかった言葉に、臨也は小さく笑った。

布団からはみ出した足が、つま先まできれいに丸まって、こそこそと布団の中に逃げ込んだ。


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誘惑の足:葱の花言葉



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