「いぃぃぃざぁぁぁやぁぁあっ」

久々に正面から受け止めた咆哮は、びりびりと髪の先まで震わせるような容赦のないものだ。
臨也は口元を吊り上げ、会心の笑みをうかべる。
ジャングルジムのてっぺんから見下ろす校庭には、すでに死屍累々、半殺しになった男の山が転がっていた。
その中心に立つ静雄は、金色の毛を威嚇する獣のように逆立たせて臨也を睨みつけている。

「やあ、シズちゃん。2週間ぶりだね。相変わらず元気そうで残念な事この上ないよ」
「てめぇも元気そうじゃねぇか、臨也君よお?暫く顔みなかったからてっきりどこかでくたばったのかと思ってたが…。まだこの世に未練がましくしがみついていやがったか」

静雄は指を鳴らしながらのしのしと近づいてくる。凶悪に笑った顔が、肉食の動物みたいだ。
臨也は肩をすくめて腰掛けたジャングルジムの上で足を組んだ。
「おかげさまでこの通り、ぴんぴんしてるよ。久しぶりに学校きたら色々面白い事になっててさぁ、やっぱりいいよねぇ。人間がたくさん集まる場所っていうのはさ。実にいい」
「相変わらず意味のわかんねぇことをぺらぺらと…」
「わからなくないはずだよ。ほら、主にコレととかね」
言いながら、臨也は自分のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
四つ折りのそれを、ぺらりと静雄に向けて開いてみせる。
静雄の顔色が変わった。
「てめぇ…どこでそれ…!」
「結構でまわってるよ?俺の場合は親切な誰かが机の中に放り込んでくれてたけど」
そういって臨也がふってみせるそれは、上のほうにでかでかと『学校新聞』とあり、下にはそれを凌駕するフォントの大きさでタイトルがつけられている。

『おさわがせ2人組み、無事救出』
その下にはご丁寧に、大きな写真がつけられていた。
――抱き合ったまま疲れて眠っている、臨也と静雄の写真だ。

救助の人間の手が写っていることから、救助される直後のものだと思われた。
どうも噂によれば、学校新聞部の部長が救助隊の後ろからこっそりついていったらしい。本当に、この来神高校には並々ならぬ生徒ばかりが集っていると思う。
「発刊される日に部室まで乗り込んでってほとんど粉になるまで破り捨てたらしいね、ご苦労様。でもねシズちゃん、今時こういうのってパソコンでつくってて、凄く小さいメモリに保存されてるから、たたくならまずそっちだったんじゃないかなぁ」
「…っるせぇ!その新聞の存在を後から知った奴がぐちゃぐちゃ抜かすな!」
静雄としては、天敵と抱き合った写真がばら撒かれるなど、がまんならなかったのだろうか。
臨也の持つ新聞を睨みつけるその顔は、怒りで真っ赤だ。

「てめぇはそんなもんがひと目に触れて平気なのかよ…!」
「冗談。鳥肌立つほど嫌だよ。みてよこれ」
腕まくりをしてみせる臨也に、静雄は顔をしかめた。いちいち芝居がかっていて、信用ならない。
「まさかその新聞もてめぇの差し金じゃねぇだろうな」
「おれの?何の得があるのさ。自分にもダメージ全開じゃないか。こんな最悪な日の、一番最悪の場面を思い出すなんて」
臨也は身震いしてみせる。
「シズちゃんの考え無しの行動のせいで崖から落ちるし、捻挫するし、オマケに携帯が3台ともどっかいくし、怪我の熱こじらせて肺炎寸前。極めつけがずーっとシズちゃんと一緒だったってことだよ」
「んなもんこっちの台詞だ!」
「その通り。だからこの新聞自体に俺は噛んでない」
臨也は興味のなさそうなそぶりで新聞に目を通した。
そうして小さく笑うと、いかにも嫌味な目つきで新聞を示す。

「『窮地にたたされてようやく彼らにも友情が芽生えたのだろうか。だとすればあの長い戦争に終止符がうたれることも期待できよう』…だって。文才ないね」

臨也は静雄を見下ろした。
釣りあがった唇が、細められた目が、問う。

「ねぇ?どう思う、シズちゃん」
「新聞は妄想垂れ流す場所じゃねぇ」

静雄は唸り声を上げた。
金色の目と赤い眼が、食い合うように中空で交差する。
臨也が、満足げに笑った。
「シズちゃんにしては上出来な答えだね。月並みだけど、寝言は寝てからいって欲しいもんだよ」
静雄が凶悪に笑った。
それは彼なりの同意の意味であり、つまるところ返答は、

「君との友情なんて反吐が出る」

臨也は互いの心の声を代弁し、謳う。
この戦争に、終止符などない。
臨也の脳髄に駆け巡った感覚を、なんというのか。
けれど臨也は、そのとき確かに微笑んだ。

つまりは、そういうことなのだ。



***



「やあ、ご苦労様」

声をかけられて、臨也は上履き入れの扉を閉めた。履いたばかりの靴のかかとをさりげなくはきつぶし、
「やあ、新羅。二週間ぶり」
と笑う顔は、今しがたまで静雄と命を懸けた鬼ごっこをしていた男のモノとは思えないほど、涼しげだ。
「登校初日から静雄からかうなんて、大概にしておきなよ」
「結局一度も見舞いにこなかった奴に忠告されてもね。友達甲斐がないよ、お前は」
「一応心配してあげてるのに」
新羅は自分も上履きを脱いで靴箱に放り込みながら何気なく聞いた。

「だって、そんな走り回っていいの?」
「何が?」
「足、骨折してるんでしょ」
「動き、変?」

臨也の微笑が、苦笑に変わる。
新羅はその問いに「今はすこし」といった。つまり、静雄を撒いてからということだろう。

「無理して動くからだよ」
「綺麗に折れてたから、そんなには時間もかからないはずなんだけど」
新羅は臨也の足元にしゃがみ込んで、臨也の右足に触れた。薄く硬い感触があり、一応固定はしてあるようではある。
「まだギプスでちゃんと固定しておくべき期間だと思うけど。静雄じゃないんだからさ」

臨也はそれをきくと、苦い顔をした。
新羅だけが時折みることがあるその表情は、クリスマスにプレゼントがない、といわれた子供のようだ。
「しばらくは大人しくしておきなよ」
新羅は笑った。
しかし臨也がうんという気配がないので、呆れたように首を振った。

「わざわざあんな新聞までもちだして。自殺したいなら見えないとこでしてね」
「…別に死にたいわけじゃないさ」
臨也はぽつりとつぶやいた。

「ただ、確認したかったんだ」

――あの日、熱にうかされた臨也が「一緒に死のうよ」と差し出した手を、静雄は「死ね」と言って振り払った。

その瞬間、よぎったのは失望だったのか、安堵だったのか。臨也にはその辺りがよく思い出せないでいる。
熱でノックダウンされたのだ。
次に目が覚めたのは数時間後に救助された時で、臨也はそのときのことをぼんやりとしか覚えていない。
この2週間そのことばかり考えていた。
答えは出なかったが、ただ臨也は思うのだ。
もしあの時静雄が臨也の手をとっていれば、そうしてそのまま救助されていれば、もしかしたら臨也と静雄の関係はすこしばかり今とは違った姿をしているのではないかと。
戦争は終結し、もしかしたら登下校をともにする仲になったかもしれない。物を言わないでも四六時中一緒にいるような仲になったかもしれない。他所に目を向けることがないように、体の欲のすべてを互いで済ませてしまうような仲になったのかもしれない。

けれど。

――けれどその関係は、一瞬たりとも目が離せない緊張感も、焦がれるような執着も、きっとなくなってしまう。ぬるま湯に浸かって、ぐずぐずに2人して溶けるような、そんな関係になるのだと、思った。
それが自分の望む事なのか、否なのか。

――その答えを今しがた、拾い上げたのだ。
炎のような眼差しの中で。

臨也は、何もない手のひらを握り締めた。
「今回さあ、シズちゃん、異様に俺に優しかったんだよね。けが人だったからなんだけど」
新羅が、こちらを伺う眼差しをよこす。
そう遠くない未来に、そんな静雄はいなくなるだろう。この答えを得た以上、いなくなるべきなのだ。
憎しみや苛立ちに焦がされて、高温のなか癒着する。その道を選んだいまは、静雄ばかり温くいてもらっては困る。怪我ごときで、自分を折原臨也だと忘れてしまうようなことでは、ダメなのだ。

(そのためには、こっちだってこのままじゃいらなれない)

怪訝な顔をする新羅に、微笑みかける。
新羅が気味が悪そうに眉をしかめた。
まるで助け出される事のない、かわいそうな者を見る眼に、臨也は満足そうに目を細めた。

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