「ぁっ、ちょ、ま…っ!そこ触…っ!脇はやめ…っ!!」
衝立の向こうから聞こえるのは悲壮な悲鳴と、それをかき消さんばかりのてきぱきした指示だ。
主に、メジャーとってとか、ウエスト何センチとか、はい万歳して!とか。
「どうだい、いっそのことその悪趣味なスーツの替わりに、彼女達に新しい衣装を仕立ててもらったら?」
衝立の外に準備してもらった椅子に腰掛け、日々也はデリックに声をかける。
本当は放り込んで自分は別の用事を片付けるつもりだったのだが、取り乱すデリックが面白くてみているうちに、侍従に椅子まで準備させてしまった。
「俺に合わせた上着とズボンと白タイツ」
「黙れ悪趣味野郎」
「おやおやそんなことを言ってもいいのかな。この衣装を仕立ててくれたのも彼女達だよ」
答えるように悲鳴が聞こえた。
どうやら苦手なわき腹をやられたらしい。
く、と笑いが漏れる。「てめぇ」衝立の向こうから地を這うような声が聞こえた。
「後で覚えてろ…っ」
「俺が覚えているうちに仕返しが出来るといいね」
衝立の向こうから出てきたたくさんの衣類が、お針子たちの手によって裾を直されたり、丈を直されたり。どうやらかなり大き目のサイズのものを用意していたらしい。
見る間にそれらはデリック専用のサイズになっていく。
さすがは自分の付属機能だ。仕事が速い。
ふと日々也は脱がされたらしいデリックのスーツと、その横に置かれたレコードプレイヤーに目を留めた。今はトレードマークのヘッドホンも外しているのだろう。(小型音楽プレイヤーをひっかけるベルトもないからだ)衝立の側のコート掛けに丁寧にかけられている。
「お前の衣装一式はこちらで保管しよう」
「おう」
頷いてから、すこし考えたのだろう。
「レコードプレイヤーは自分で管理する」
ぴく、と日々也の顔があがる。
その目がわずかに思案げに細められた。
「……これは忠告だけどね」
日々也は忠告した。
「大切ならこちらにあずけるのが懸命だよ」
「ああ?」
「騎士団に入団する際、入団希望者には必要最低限のものしか持込が許されていない。十中八九、没収されるだろうね」
「………」
今度の沈黙は長かった。
その間にもどんどんデリックのための衣服はサイズを治され、綺麗に畳まれていく。
3着目のシャツが縫いあがった時だ。
「―――わかった」
舌打ち交じりの声が聞こえた。
「しかたねぇ…。あずける」
「大切に保管しよう」
日々也は満足そうに口元をゆがめた。
それにしても、随分離れがたそうじゃないか。
「大切なものなんだな」
デリックはすこし沈黙した。
警戒しているのだろうか。
いまさら?
「言っただろう。お前の馬と一緒だって」
「ああ……」
日々也は目を細めた。
彼にとってあのレコードプレイヤーはカテリーナ同然。
離れるのが苦痛であっても仕方ないかもしれない。
日々也は口元に手をやって、息をついた。
「それなら、暇があれば俺の部屋に訪ねてくるといい」
「ああ?」
「長く離れるのは苦痛だろう。俺の部屋で保管するから、俺の部屋で聞けばいい。なら騎士団でも没収の対象にはならないはずだ」
我ながら悪くない提案だと思う。
思うのだが、デリックはまた随分長く沈黙した。
出来立てのシャツがデリックのために運ばれていく。
ズボンと、皮の靴も。
やがて、
「……いや、いい」
伺うような小さな声が返ってきて、日々也は目を細めた。
「別に、重要なもんがはいってるわけでもねえし」
「音楽がはいってるんじゃないのかい」
すこし間をおいて、まあな、とデリックの声が聞こえた。
ふうん、音楽以外も入ってるのかな、と日々也は思う。
「しょっちゅう聞くのは、覚えてんだ。そっちは、なんていうか倉庫みたいなもんだ」
「そう。なら大切に保管させてもらおう」
日々也は頷いて、同情的な声音でいった。
「恋しくなったら遠慮せずいうといい。俺だってカテリーナから2日も離れていたら死んでしまうだろうからね」
かたん、と音がした。
春の絵画が縫い取られた衝立に、長い指がかかった。
伏し目がちで現れたデリックは、真っ白のシャツと、動きやすそうなズボンをはき、なめした皮の靴をはいていた。
何も飾るものもないのに、彼自身の頭と目が添えられるだけで、ぴかぴかと星のように輝いて見える。
彼はかがむとヘッドホンを手に取り耳にかけ、小型音楽プレイヤーをズボンにひっかけた。
ちらと見えた腹の色は、輝くような白だ。
ああ、これは苦労するだろうな、と日々也は思った。
見ているだけで眩しい。
見ないでいても気づいてしまう。
きっと、集団に溶け込むのは容易ではないはずだ。
目立つものは、往々にして絡まれやすい。
デリックはいつもよりわずかに頼りなげな目を日々也にむけた。
「悪いな、たのむ」
眩しそうに目を細めた日々也が、頷こうとしたときだった。ついと手が伸びてきて、デリックのヘッドホンを指差し、そして首輪に触れようとした。
お針子の一人がそれを取るように指示をしたのかもしれなかった。
しかし、デリックは素早く体を引くと、その手をよけて首を振った。
庇うように両手を首の前で押しとどめている。
「これはダメだ」
珍しく慌てた様子のデリックに、日々也は興味を引かれた様子でみつめていたが、非難するような助けを求めるようなピンクの目にかちあって、漸く声を上げた。
「それは彼の付属品のひとつだよ。ヘッドホン同様ながく外す事はできないんだ。勘弁してあげてくれるかな」
お針子の手は日々也の命で漸く引いたが、不満がありありとわかる様子だった。
きっと完成品であるデリックに一点のシミをのこしたような感覚なのだろう。
確かに、首輪もヘッドホンもデリックの格好からは浮いている。
「…ったく、台無しだなんだって、俺なんか着飾って何が楽しいんだあいつら…」
戦々恐々とした呟きに、日々也は苦笑した。
こんな眩しいものに本人だけが気がついていない。
無自覚と言うのは恐ろしい。日々也はデリックの頭からつま先を眺めた。
これが入団したことで起こるだろう色々な騒動に頭をめぐらせているようにも見えた。



***


―――太陽がきいろい。

眩暈をこらえて、デリックは空を仰いだ。
ひどい虚脱感が全身を支配している。
酷使されつくした体が、悲鳴をあげる間もなく、細胞と言う細胞が行き倒れたかのようだ。
「デリック!」
低いのに鋭い声が飛んだ。
もうなんど聞いたか知れない。
第2師団長の叱咤だ。
「誰が休んでいいといった!使った道具はもとにもどせ」
使った道具。
…足元に転がっている土嚢のことか。
抱えて走ったコレを、再びあの倉庫まで、戻せと。
「走れ!」
そう、走って。
「……ッ」
再びかかえて走り出す。
太ももが焼けるように熱い。
筋肉が切れ、切れてはまた強さを増して繋がる。
というか、繋がる暇もなく切れているのではないかと、デリックは思う。
(容赦ねぇ…!)
今日もまた、筋肉痛でねむれずマクラをぬらすのかと思えば、憂鬱は増すばかりだ。
――あの日、日々也に用意された客間で一晩あかした後、デリックを待っていたのは恐るべき見習い騎士の激務だった。
何が恐ろしいって、訓練という皮をかぶった虐めである。
狼が日々也にわざわざ「逃げ出しても文句言うなよ」と釘をさしただけのことはある、――ほんと逃げたい。
デリックは、実は第三師団長も、第二師団長も、納得したフリをして、訓練でデリックを殺そうと画策しているのでは、と疑ったほどだ。
それほどに2人はひたすらデリックをいじめていじめていじめぬいた。
もちろん訓練なのだから、殴る蹴るの暴行ではない。
暴言は多いが、体育会系の現場である。
婦女子のたわむれのように、なよなかな言葉が飛び交っていたら、それはそれで恐怖だ。
そうではなく、2人はとことんデリックの体を苛め続けた。
見習い騎士の限られた訓練の時間内で、鬼のように走ったり登ったり這いずったり飛んだり、…とりあえず、考えうる肉体行動のすべてをひたすら行わせるのだ。
今のように土嚢を抱えて訓練所を行ったりきたりなどは初歩の初歩。
時間の限り懸垂をやらされたときはスプーンもまともに持てなかった。

――だが、違うのだ。

二人はデリックだけを苛めていたわけではない。
証拠にデリックの周りには、同じように同じだけ苛められた、先輩の見習い騎士が死屍累々転がっていたのである。

「―――おーい」

訓練が終わり、仰向けに転がっていたデリックに、影がさす。
うっすら目を開けば、金色というよりかは山吹色に誓い髪が見えた。
「いきてるかー?」
「……っす」
「吐き気は」
「…いっす」
「おー、上出来上出来」
視界にいるのは、肩上で切りそろえた鮮やかな金色の髪の青年だ。
彼はデリックの世話係として任命された先輩見習いの一人である。
いい人のオーラがにじみ出る笑顔をうかべ、デリックに手を差し伸べた。

「起き上がれるか?」






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