「あれを納得させるのは、そのもの次第でしょうな」
急にほこさきがこちらをむいて、デリックは目を瞬いた。
日々也はデリックを横目に見る。
「そうだね」
「生半可なものでは納得しますまい」
狼は瞳孔が縦に切れた目を、デリックにやった。
獲物を狙うような目だ。
「あなたはこれを好きに鍛えても良いとおっしゃった。厳しさに耐えかねてこれがくじけたとしても口をはさまないというお約束をいただきたい」
「いい。許そう」
「では、これは我ら騎士団にあずけていただきます」
日々也は首を傾げた。
「ということは、それを宿舎に放り込むという認識で構わないかな」
「見習いとおなじようにするつもりです」
日々也はすこし考えるそぶりを見せた。
「…。いいだろう。どうせ部屋のしたくも出来ていない。あなた達がそれを認めるまでは、その扱いで構わない。ただ、何度か勉強のために呼びつけることがあることは承知しておくように」
「結構です」
にこり、と日々也が笑った。
交渉成立だ、とでもいいたいのだろう。
自分のことなのにあれよあれよと処遇がきまっていく。
デリックはぼーっと突っ立ったままその結末を眺めたが、ふいに。
「デリック」
呼ばれて、下を向く。
日々也がとてもいい笑顔でこちらをみていた。
会ってまだ間もないのに何故だろう、わかる。
とてつもなく、いやな予感がする。
「こちらにおいで」
日々也が自分の足元をしめした。
「ここに膝をついて、おれに首をみせなさい」
ひく、とデリックの口の端がひきつった。
急所を晒せというのか。
それも、これから関るのだろう人の目がある場所で、自ら急所をさしだせと。
つまりこれは、2人に対するパフォーマンスといっていいだろう。
(……いい趣味してやがる)
デリックは深々とため息をついた。
だからだろう、一瞬日々也の目の中にさぐるような、何かを計るような光が宿ったのに気がつかない。
(あほくせえ)
目が堂々とそれを語る。
もともと捨てるようなプライドも恥も自分自身すら持ち合わせていない。
だから何も、感じない。
デリックは日々也の前にたつと、膝を折り、顎をすこし上にむけた。
日々也が果物ナイフを一閃するだけで、デリックの首はすっぱりと切れるだろう。
日々也が目を細める。
満足げにも、苦々しそうにも見えた。
犬を褒めるように、日々也の手が頬をなで、こめかみをなでた。
特に命令されてないので、存分に鬱陶しそうな顔をする。
日々也の両手が、するすると頬を滑り、首のある場所で止まった。
あ、と思う。
すでになじむほど体温に温まっているのに、触られた途端硬いそれは意識に上る。

首輪。

ぱちん、と首元でおとがした。
すると、溶接されていたはずの首輪の金具が日々也の手の中でごく普通に役目を果たす。
あ、と背後で2人が息を詰める気配があった。
日々也はデリックの首輪の穴を、2つ緩めた。
「これ……」
「ごほうびだよ。これで完璧にウイルスの気配を消すくらいはできるんじゃないかな」
囁かれて、白い手は意外なほどあっさりとはなれていく。
「さて、肝心の宿舎だけど…」
日々也の視線が団長2人をはう。
デリックは首元に手をやって首輪の金具に触れたが、其処はもとどおりに溶接されていて、ぴくりともしない。
ちっと、舌を打つのと、黒髪の男から声があがるのとが同時だった。
「とりあえず俺の団で面倒みようかと思います」
「第二師団か」
「みるかぎり俺のところが一番水にあうんじゃないでしょうかね」
日々也はすこし考えて、デリックを見た。
「…そうだね。そのほうがよさそうだ。おまえもそれでいいかな」
狼男にとう。
「かまいません」
「じゃあ決まりだ」
デリックは目を瞬いた。
黒髪の男が笑っていった。
「宿舎は団ごとにわかれてんだ。見習いは基本的にどの団にも属さず訓練することになってるんだが、普通はそのままその宿舎の団に収まる事が多い。…ま、それはお前さんには関係のない話だが」
ひとりごちて、黒髪は肩をすくめた。
「それぞれ同じ団に属するわけだから、なんつーか、同じ釜のメシくった兄弟っつーか、そんくらい団結力は高い。で、お前はおれんとこ。まあ楽ではないが、悪いヤツはいねぇから安心しろよ」
はあ、と気の抜けた返事をすれば、第二師団長は片眉を跳ね上げた。
「……。こりゃあ、礼儀作法からおしえねぇとまずいですかね」
「ああ、というか人間関係の構築の仕方から是非教えてやってくれ」
にっこりと日々也は微笑む。
「この子は赤子なみに手がかかる」
「おい」
「了解です、覚悟しましょう」
「……」
複雑な顔でだまりこんだデリックに、日々也は何事もなかったように話しかけた。
「さて、デリック。それじゃあお前の服を仕立てにゆこうか」
「は?」
「さすがにその悪趣味きわまる格好のままだと目立つもの」
「…おまえ喧嘩売りたいなら、いい加減はっきりいったらどうだ?」
「ああそうだ、ついでにおまえの身の回りのものも全てそろえさせよう」
「きけよ」
「着の身着のまま騎士団に放り込むわけにはいかないからね」
デリックは諦めてため息をついた。
「…このままじゃだめなのか」
作られてこのかた、この格好なのだ。
こだわりがあるわけではないが違和感は大いにある。
問うたデリックに日々也は首を傾げる。
「そのままでも構わないが、一日終わる頃には茶色のスーツになってると思うよ」
それはごめんだ。
降参するように手を上げた。
「それじゃ彼の入団は明日からということで準備を進めてほしい」
「はい」
団長2人は頭を下げると、部屋を出て行った。
「ま、よろしくな」
ぽん、と頭に手を置かれる。
デリックは目を瞬いて消える背中を見送った。
日々也も立ち上がる。
「おいで、デリック」
付き従って、宿舎を出た。
「……服、無駄にひらひらなのはごめんだぞ」
「お望みとあらば貸し出すけれど?」
「いらねぇっつってんだろうが。ぶっ飛ばすぞ」
鼻であしらって日々也は相手にしない。
「まあ、デザイン云々は俺が決めることじゃないからね。どうしても注文があるというならお針子たちにいいなさい」
「お針子?」
それは確かに、この男を言い負かすより楽そうだ。
そんなデリックの心情をくんだのか、日々也はふと笑った。
「口が出せるのなら、ね」
なんだその不吉な言い回しは。
胡乱な眼差しのデリックをつれたまま、日々也は本館にもどった。
途中、訓練所で剣を振り回す兎に挨拶をし、廊下で行き逢った女中に愛想よく声をかけていた。
(なんて細かいヤツなんだ)
そのせいだろうか、日々也は人気のある主のようだった。
声をかけるほうも掛けられた方も互いに親しみを持っているのがよくわかった。
(愛されてる王子様ってことか…)
自分とはえらい違いだ。
そうこうしているうちに、目的の場所に着いたらしい。
「ここだよ」
日々也は本館に入ってすぐの扉の前にたった。
「覚悟はいい?」
覚悟。
なんのだ。
きいたくせに答えを聞きもしないで、日々也はその扉を開いた。
大人しくついてきていたデリックは、部屋の中を見てぎょっとする。
「お、おい…っ」
「さあ、つれてきたぞ、お針子たち」
部屋の中には7人の女性がたっていた。
なぜか皆目を爛々と輝かせ、手に手にメジャーや針と糸、大小さまざまな服を持っている。
その熱いまなざしが向くのは日々也がつれてきた、――デリックである。

え、ええー。
なんだこの大歓迎振り。
とドンびくデリックの背中を、日々也が押した。
「え」
「思う存分、好きにしなさい」
大変いい笑顔で、日々也がお許しを出す。
よろめいて部屋に踏み込んだデリックが見たのは、

――大挙して押し寄せる仕事熱心な娘達が手に手にメジャーや鋏を持ち、自分に突進してくる姿であった。










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