金糸雀の鳥籠





高く明るい歌声が、体にしみわたる。
まばゆい帯が視界を埋めていく。
どうせ目覚めても、視界に大差ないんだ。
面倒だ――このまま。
「おはよう。ねむり姫」
突然、眠りの世界から引きずりおろされた。
しばしばする目をまばたく、その視界で、――絵に描いたようなオウジサマが微笑んだ。
繊細な金色の王冠。
風に揺れるマント。
飴細工で出来たような甘い顔立ち。
―――誰だ。
ベッドで眠るデリックにのしかかる格好はいささか爽やかとは言いがたかったが。
金の冠と同じくらい歯の白さが眩しい。
なにもかもが宝石でできているんじゃないか。
疑うように、まじまじと目の前の王子をみつめた。
彼は、小鳥が囀るように笑った。
「さては混乱している?」
「…起き抜けに男がうえにのっかってたら、誰でもそうだと思うが」
「それは失礼」
王子は丁寧にわびた。
が、おりる気配はない。
「見た目に反して純情なようだ。乙女のようだね」
「おと…」

おとめ。

デリックは宇宙語をきいたような顔になり、押し黙った。
その目が「こいつ大丈夫か」と語っている。
回路が2・3箇所やられているに違いない。
「おまえ」
「何かな」
「新入りだろ」
「つまり、このPCにダウンロードされて日が浅いという意味?そうだね。目が覚めてひと月にもならない」
「だろうな。みたことねぇし」
なにより、このPCにすこしでもなじんだものなら、このファイルに入ってくるはずがないのだ。
ため息をつく。珍しい訪問者は、さらにめずらしく迷子らしい。
デリックは嫌そうに顔をしかめた。
「よりにもよってその顔かよ…」
日々也は首を傾げる。
「おい」
「うん」
「臨也に連絡とってやるからそこをどけ」
王子は目を瞬いた。
「おどろいた。マスターを友人のように呼ぶんだね」
「あいつとトモダチ?」
願い下げである。
王子が首を傾げる。
「マスターが嫌い?」
「芋虫の方がまだ上等だな」
こたえながらデリックは内心ちょっと驚いていた。
大抵のシステムは誰がこのパソコンという世界の主かを理解していない。
直属のシステム統括を担当するものを主とみなしているからだ。
だが、このオウジサマは臨也が何かを理解している。
つまり、そこそこ重要なシステムを司っているのだ。
この、いかれた、王子が。
(臨也のパソコン大丈夫なのか…)
そんな心配をされているともつゆしらず、王子は微笑んでいってはなつ。
「ならなおさらだ。連絡なんて取らなくていいじゃないか。嫌な声をきくはめになるよ」
「あのな…」
デリックは半眼になった。
「おまえ、入ったときに気づかなかったのか?このファイルは普通とちがうんだ。一度入ったら、臨也の許可なしに勝手にでられねぇ。そういう仕組みなんだよ」
ここはデリックのための白い鳥かごなのだから。
「とりかご?」
王子は仕組みを知らなかったのか案の定驚いた顔で辺りを見回した。
そうすると果てがないように見えた白い空間に、うっすらと銀と金にすける、細かな茨が幾本もみえる。
それは精緻な文様を描いては隙間なく空にのぼり、この空間を覆っていく。
感嘆の声が王子の口から漏れた。
「うつくしいね。星空にも茜にもおよばないけど」
「……」
どっぷりとため息がこぼれでた。
「おまえ、俺が言うのもなんだがちょっと危機感もてよ。のん気なやつだな」
「そう?」
王子は目をしばたいた。
「俺から言わせてみれば、おまえも十分にのん気だと思うけれど」
「はぁ?」
デリックはきょとんとした。
「おれのどこがだよ」
「じゃなきゃ、この体勢のまま会話できるわけないだろ」
「……」
それもそうだとデリックは思う。
この顔のせいで違和感を感じなかったらしいと悟って、そんな事実にしたうちしたくなる。
というか、そう思うならとっととどいて欲しい。
「あんまり人とはなさねぇから調子がつかめないだけだ。ほら、どけよ」
「なら、もっと話をしようじゃないか」
「…そう思うなら、頼むから会話をしろ」
放り投げるようにいったデリックに、王子はくっくっと笑った。
「おまえ、面白いね」
「おまえほど面白い格好してねぇ」
「面倒見がいい器用貧乏なおひとよしの苦労人だとみた」
面倒見がいい。
おひとよし。
デリックの口から嘲笑がもれた。
ひとっつもあたってねぇ。
「どけ」
デリックは王子の腹をそっと押した。
デリックの手は、普通のシステムに悪影響を与える事がある。
力の加減を誤って相手を破壊する事があるのだ。
現実世界では『怪力』にあたるこの力をデリックは歓迎しない。
だから、めったなことでは他人に触れることすらしないのだけれど、いい加減この距離は近い。
それに、このどれくらいぶりになるかわからない他人のぬくもりは、どうにも居心地がわるかった。
「おい」
しかし、王子の体はぴくりともしない。
デリックはむっと眉根を寄せた。
「きいてんのか」
「そうしたいなら、力づくでやってごらん」
囁くような声。
あいかわらず口当たりは穏やかだが、どこかしらにぴりっとした苦味が混ざったようだ。
デリックはますます眉根を寄せた。
「……ぶっこわされてぇのか」
「出来そうにないから言ってるんだよ」
口元に手をやり、王子は笑う。
女みたいな仕草なのに、どこか気品があって違和感を感じさせないのが怖い。
デリックはむっと唇をひき結んだ。
こんな女みたいに細い男を、押しのけるなんてわけない。
けれどすこし力を込めると本当に壊してしまいそうだ。
到底できるとはおもわれなかった。
そんなデリックの頬に、指先がのびる。
止める間もない唐突さで、頬の産毛を逆なでた。
他人の熱をおびた絹の布地が、皮膚をなめる。
「……っ」
身を竦ませたデリックに、王子はきょとんと目を瞬いた。
我に返る。
火がついたように頬が熱くなった。
どれくらいぶりになるだろう、他人の感触に、体が勝手に怯えた。
ましてや、この顔だ。
思った以上に自分は揺れているらしい、と気がついた。
最悪だ。
どう取り繕っていいかわからず、唇を噛み締める。
王子はいつのまにか真顔でデリックを見返していた。
「……。どうにもあぶない」
「……な、なにが…」
王子は答えなかった。
何かを考えた様子で少しのあいだ黙し、
「おまえは、」
夜のように静かな目だった。

「どのウイルスともちがう。とても変わってるね」









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