ラブ・ドール!





サイケデリック臨也、通称サイケはサイケデリック静雄、通称デリックの兄である。

臨也よりもデリックよりも、そのことを深く自認している彼は、大層弟思いだった。
世間一般ではブラコンという。
(臨也にそれを指摘された時、サイケの中でブラコンは尊称にカテゴライズされた)そんな彼の仕事机は電子の世界らしくエレクトロニックに宙に浮かぶ半透明のピンク色で、その周りには彼の仕事を手伝う動くぬいぐるみや宙に浮かぶ銀時計がある。
臨也は、その中の一つであるカレンダーをみたとき、首を傾げたのだ。
ごく普通のひと月単位でめくられるカレンダーの、27日に丸がついている。
ちなみに今は9月。
いったい何の日付だろう。
問うてみれば、満面の笑みが返ってきた。
「前祝だよ!」
「…なんの?」
「デリちゃんの誕生日!」
ちょっと考えて、思い出した。
ああ、そういえば10月はデリックの誕生日だ。うっかりしていた。っていうか、前祝で一月まえとは、この男どれだけ弟の誕生日を楽しみにしてるんだ。
「今日これから津軽とね、デリちゃんの誕生日どうやってお祝いするか相談するんだよ。サプライズプレゼントするんだから!」
「へぇ」
臨也はその瞬間、ふと浮かんだ考えに目を瞬かせた。しかし、
「へぇじゃないよ。今日ははやく家に帰るんだから、さっさと指動かしてよ臨也君」
「……」
この、大事なものとそうでないものの、扱いの落差こそがサイケである。
若干引きつった笑顔を浮かべた臨也は、マウスを連打して、画面内のサイケの額を小突きまくった。
「やだ!やめてよ!臨也君の性悪!陰険!そんなだからぼっち体質なんだよ!」
「おまえほんといつかアンインストールしてやるからな」
いいながら、大人気ないかと思い直し(それはいささか遅い心の入れ替えだったが)、臨也は頬杖をついて画面をのぞいた。
そこには涙目になってこっちを睨みつけるサイケがいる。

「まあまあ、デリックの誕生日っていうことでさ、思いついたことがあるんだけど、ちょっと俺に耳を貸してみなよ」
「やだ腐る」
「…話すすめたくないわけ?」

そうなると、仕事終わりがどんどん遅くなるのは必至である。
サイケはしぶしぶ臨也に目をやると『何?』といわんばかりに目でとうた。
唇は尖っているし、腕も組んだ不遜な態度だが、『俺は大人だ』という魔法の呪文を数回唱えることで、臨也はなんとかまともな対話をすることに成功した。
もっとも、臨也の話を聞くうちに、その顔がどんどん明るくなっていったのはいうまでもない。



***


サイケデリック臨也は、自分、サイケデリック静雄の先型モデル、いわゆる兄弟という認識でいる。
しかしデリックにとって、サイケは『兄』という対象ではあるものの『尊敬する』という対象からはやや外れる。
今も、こうやって目の前で、子供のようにきらきらに目を輝かせているサイケをみると、後者の対象になるのはおおよそデータの更新が後数万回は必要なのじゃないかと思うわけだ。
「……で?何が聞きたいって」
「うん。だから、デリックの男の趣味を聞かせて欲しいんだ。主に性格とか痺れるようなクセとか自分をどんな風に思って扱ってほしいかっていう面で!」
「………」
激しく、困る質問である。
……男の趣味?女ではなく?
デリックは深々とため息をつくと、仕事机からサイケに体ごと向き直り、もう一度ゆっくりと聞いた。

「つまりそれは、トモダチとしてでも親兄弟知り合いとしてでもなく、恋愛対象としてってことだよな?」
「うん」
「………」

デリックは天を仰いだ。
生憎と好き好んで男を恋愛対象にする趣味はないが、別段抵抗があるわけではない。
そうでなければ、サイケを対として生まれていないし、そのサイケが自分が生まれたときにはもう津軽を『すーぱーらぶらぶな赤い糸でむすばれたうんめーの恋人』(サイケが命名した)としていたとして、少なからずショックを受けたりはしない。
なので、デリックの思考としては好きになれれば女も男もたいした違いはない。というのが一番ジャストフィットする。
それも踏まえた上で、デリックは暫く空を仰いで考えた。
考えて考えて、ようやく顔をもとに戻した時にも、サイケの顔はまだ期待に輝いていた。
その顔を見て、デリックは無表情にこういった。

「――臨也みたいな、誰からも嫌われる、性格最悪なやつ」



***


「意味わかんないよね!何、男の趣味が性格最悪って。よりにもよって臨也君みたいなって!それってほんとのほんとに最悪ってことじゃん!」
「サイケ、オシオキ部屋にほおり込まれたいの」
通称オシオキ部屋、またの名を解凍されぬジップファイルである。
一瞬口をつぐんだサイケは、それでもまだ不満がおさまらないのか、「どーいうことなのお!」とぷんぷんしている。
その頭を、おちつけというように煙管が叩いた。
青い染め抜きの着物が美しい、津軽である。彼は、サイケの側に足を組んだ姿でゆったりと浮かんでいた。
「つがるうう、俺、弟の育て方間違えたのかなぁ…っ」
「安心しろ、サイケ。デリックはお前に育てられたんじゃない」
もしそうならば、デリックの根っこが、あんなに真面目なはずがない。
請合った津軽に、サイケは「俺の弟だもんー」とぐりぐり頭をおしつけてなついた。
表面は素直で根っこが屈折しているサイケと、表面は屈折しているけれど根っこは素直なデリック、こういうのを見て取るにつけ、津軽はこの2人が対象として作られたことを実感する。
サイケの頭を頬杖の肘おきにしながら、津軽は臨也を見上げた。
「それで、どうするんだ?まさかお前似の下種をデリックにあてがうわけにもいかないだろう」
「つがるさぁ、もうちょっとオブラートって言葉を覚えようよ」
「必要ない」
そろいも揃って…と嘆く臨也は、ため息を漏らす。
気だるそうな声のまま、彼は言った。
「デリックのアレは、まあいつものことっていうか…なんていうか、わかりやすい子だよねぇ」
顔を上げたサイケが「どういうこと?」と首を傾げる。
臨也は目を細めた。
誰からも嫌われる、つまり他の誰も好きにならないような、――奪われる心配のない相手。
自分をとことん嫌いで、誰からもすかれる自信のないデリックが考えそうな事である。
わかり易すぎる。
まず間違いなく、考えたことしか言葉にならないタイプだ。
臨也はささやいた。
「要するに、誰も恋愛対象にしなようなのが一番安心できるって意味だろ?そんなのに好きだなんていわれちゃ、相手がかわいそうだよねぇ。相変わらずとんと無自覚にとことん自分本位な臆病ものだよ」
そういうことか、と眉根を寄せたサイケとは対象に、津軽はため息のように、どっと煙をはいた。
臨也が苦笑した。

「君は苦手だろう、デリックのそういうところ」
「理解が出来ないだけだ」

なぜ自分で自分の価値を下げるマネをするのか、そういう他者との関り方は、確実に自分も相手も貶める。
頭のいいやり方だとは到底思えない。
根っこも表面も愚直なまでに真っ直ぐな津軽は、それゆえに自分が好む好まぬに関らず、ひたすら強者でひたすらに勝者だ。
「それで、どうするんだ?デリックの言うとおりのものを差し出してもいい結果がまるで見えないぞ。それじゃ、贈り物の意味がない」
「ごもっともだねぇ。まったく困った子だよ。せっかく俺が、誕生日にとっておきのものをプレゼントしてあげようって言うのに」

――つまり、彼の運命の相手を。

臨也が提案したのは、デリックの誕生日にサイケに替わるデリックのためのロイドを作ってやろうというわけである。
ロイドとは、PC内に生息するシステムを担う人格のあるもののことだ。
サイケに津軽が居るように、デリックにも誰か心をあずけられるものを。
臨也君にしてはすっごくすっごくいい思い付きだと思う、とサイケから珍しく大賛同を得た意見は、実は誕生日にかこつけただけであって、単純に前から計画していた事だった。
それがいきなりデリックの一言で頓挫である。
思ったよりも、サイケという相手を失った事に対するデリックの人格影響は大きいらしい。

「いっそのこと熱烈に彼を愛して不安をさしはさむ暇もないような人格にするのもありなんだけど…本人のご意見をまるで無視するのも芸がないしね」
「芸なんかいらないだろう」
「でもねぇ、彼の場合柔らかい根っこを5重にも7重にも屈折したものの見方で守ってるからね。そんなのあてがっちゃ、そのうち『こいつの愛は所詮プログラミングされた云々かんぬん…』っていってまあ一重にも二重にも苦労するはめになるとおもうけどね」
「……」
津軽の顔に『面倒くさい』という文字がでかでかとみえる。面倒くさい、たしかにそうだ。
津軽はため息をついた。
「サプライズプレゼントと言うのは、なかなか骨が折れるものだな」
臨也は苦笑した。
「まあ、あの子が面倒なのはしょうがないんじゃない。少女マンガには理屈じゃ解決できない面倒な問題が最低6つは絡むものだよ」
「デリックは男だぞ」
「見た目だけはね。内側はむしろ中学生の女の子並だと、俺は思ってるよ」
「じゃあ、そうしたらいいんじゃない?」
ふいに声が割って入ってきて、津軽と臨也は顔を見合わせた。
そして声の主、――サイケを振り返る。
サイケは津軽にだきついたまま、純粋な子供のような顔でみあげている。
「そうしたらって…?」
臨也のといに、サイケは答えた。

「だから、少女マンガみたいで面倒くさい問題がたくさんあって、性格最悪の誰も恋愛対象にしないのと、最後はハッピーエンドになる感じのにしたらいいんだよ」

もっと単語学習させようかな、と臨也が思ったのは言うまでもない。





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