R15です。
直接的な表現はあまりありませんが、性的な香りはします。
苦手な方は観覧をご遠慮ください。




あまく鳴く





目の前がくらり揺れて、俺は内心舌を打った。
けれどそれをおくびにも出さないで、にっこり微笑む。
ご主人様のベッドの上は柔らかい匂いがして日向ぼっこに最適だけれど、正直今はそんな匂いなんて消し飛ぶものが前にいる。
ご主人様のマクラをせもたれにして、全身をくたりと真っ赤にそめたシズちゃんが、そこにはいた。
震える唇から、熱く湿った息がせわしなくもれている。
目はとろとろに潤み、普段は白くなめらかな頬は熱をおびていた。
湯気のようにたちのぼるのは、色気よりも濃い性の臭いだ。
それでもシズちゃんは、気丈にもこちらを睨みつけてくる。

(…なまいき)

俺は目を細めた。
「おいたなんかするから、こんなことになるんだよ?」
「る、せぇ…っ、黙れのみむし…!」
シズちゃんは蚊の鳴くような声でいう。
あは、全然怖くないし。

シーツを握り締める両手も、すりあわされた膝も、力の入ったつま先も、――そして頭の上でぺたんと寝ている猫の耳も、小刻みに震えている。
きっちり着込んだバーテン服が乱れているのは、恒例の毛づくろいが途中であることを示していた。
シズちゃんはオスにしては珍しい三毛猫で、俺は不吉の象徴黒猫だ。
もちろん猫なので毛づくろいをしないと病気になったりするし、それは猫にしては規格外の力と感覚を持つシズちゃんも例に漏れない。
ただ、その規格外の力と感覚というのが、シズちゃんにとってはとことん不便なものなのだ。
舌で体中を舐めまわすことによって、シズちゃんはどうも気持ちよくなってしまうらしい。
全く困った猫ちゃんだ。

自分で舐めて一人で興奮するという、ある意味お手軽な体を、シズちゃんはとことん嫌って、滅多に自分では毛づくろいをしなくなってしまった。
それでしかたなく俺がしてやるのだけれど、「嫌だうざい死ね変態」
というわりにシズちゃんは俺をバカ力でくびり殺しはしない。
いっつも唇を噛んで声一つ漏らさないようにしながら俺に大人しく体を舐めまわされている。
気持ちよくてくたくたになったシズちゃんは普段の豪胆さなど欠片もないほどか弱く見えた。
実際、シズちゃんはろくな抵抗ができない。
それをいいことに徐々に色んなところを開発していって、今では外も、それから内側も、舌の届く範囲で俺がなめていない場所は、シズちゃんの体にはない。
全身俺の臭いにまみれてぐったりするシズちゃんをみるのは、かなり胸のすく光景だ。
そんなでも現在俺は五体満足で生きているので、シズちゃんの『いやよいやよ』は『好きのうち』なのだと解釈することにしている。
(本当は、人にやってもらわなきゃ綺麗にできないので、シズちゃんが仕方なく俺にまかせているなんて知っているけれど、俺は知らないフリが得意なのだ)

ただ、そんな俺にもひとつ不満がある。

それは前述したように、シズちゃんは毛繕いでもオプションでも最中は決して、一言も、声を上げない。
うめき声とか、苦しげに息を詰める声なんかは幾度もきいたけれど、きもちよくてあげる恥ずかしい類の鳴き声を、俺は一度もこいつから簒奪できずにいる。

正直それは、屈辱だ。
だって俺が下手みたいじゃない?
そして現在、この状況が――非常に好機であることもまた理解していた。
俺は一歩、右手をシズちゃんのほうに進めた。
その瞬間、手のしたでざらりとした砂のような感触がある。
独特の臭気をはなつそれは、――またたびである。
(さて、どうしてくれよう)
俺はゆっくりと、剣呑に目を細めた。
どうやって料理してくれようと、自分の尻尾が左右に揺れるのを感じた。
「シズちゃんさぁ。なんでまたたびなんて持ってたわけ?おまけに、ご丁寧に精製された粉末のものなんて」
「……」

だんまり。
……あっそう。

俺は手を伸ばすと、シズちゃんのつま先をそっとなでた。
「……っ」
シズちゃんは息を詰めたけれど、次にした行動といえば、より一層俺を睨みつけるということだけ。
(そっちがそういう態度なら、こっちも相応の対応をするまでだよ)
俺はにっこりと、シズちゃんに微笑みかけた。
力の入りすぎで白くなった足を持ち上げて、これみよがしに足の甲に舌を這わせる。
肌理の細かい甲の肌や指のまた、くるぶしの丸い骨を舌先でなぞる。

「……っ!……っ」

シズちゃんは慌てて手を口に当てることで、漏れそうになった声を我慢した。
「きもちいい?」
「……っ、きもち、わりい」
「……へぇ」
小指の先を甘がみすれば、シズちゃんの体が跳ねた。
うらみがましく睨みつけてくる目は、涙目なのでちっとも怖くない。
けれど、油断したとたん香るまたたびの独特のにおいに、背筋がぞくぞくと震えた。
は、と熱い息が漏れる。
気づいたシズちゃんが、無理して口をゆがめた。

「てめぇも、随分余裕がなさそうじゃねぇか」
「おかげさまで。でも君ほどじゃないよ」
シズちゃんは悔しげにしたうちをする。
「おおかた、新羅にでも貰ったんでしょ?でもさ、自分にまたたびふりかけるなんて何がしたかったの?遠まわしなお誘いだったわけ」
「んなわけ、あるか…!」
シズちゃんは案の定、赤い顔をさらに真っ赤にした。
「てめぇが、何度やめろっていっても、毛繕いの最中に余計な事してきやがるから…!」

新羅に相談したらしい。

そしたら、あのお隣の変態科学者の変態飼い猫は、こともあろうに「これをつかって毛繕いしてきた臨也を逆にあられもない姿にして、揶揄いとか強請のネタにすればいいんじゃないかな!もしかしたら臨也にも良心がのこってて君にこんな恥ずかしい事を強いていたのか!って気づくキッカケにもなるかもしれないし!」とそそのかしたのだそうだ。
断言してもいい。
あの変態は、間違いなくシズちゃんの特殊な体にマタタビがどのように作用したのか知りたいだけだ。
わざわざ毛繕いの最中に使えといっているところが、もう怪しい。
シズちゃんに影響を及ぼさない状況がもっとあったはずだからだ。
長年友人をしているからわかる。
後日相談の名目で、シズちゃんから根掘り葉掘りことの詳細を聞きだすつもりだ。
しかし俺は首を傾げた。
「ならなんで、自分にふりかけたのさ」
「お前に袋ごと投げようとしたら、風向きが……!」
「……」
そういえば今日は窓が開いていたな。
なるほど。
それで今日は毛繕いするっていってもやけに大人しかったわけだ。
策を弄したら策に溺れて、―――結果、シズちゃんはそこらじゅうの猫が酔いどれて二日酔いになりそうなほど、マタタビの臭いをぷんぷんさせる羽目になっている。

「シズちゃん、ほんと馬鹿だよね」
「うるせぇ黙れ死ね!」
「そんな状態で言われても全然怖くないよ」

シズちゃんは自分の体を抱きしめて体の震えを止めようとしていた。
嘲笑ってやろうとしたら、やけに熱の篭った息が歪めた唇からころがりおちた。
腰に熱がたまってきていて、頭がぼうっとする。
腹立たしいことに俺にもまたたびがまわってきているらしい。
手を突いてシズちゃんににじり寄ると、シズちゃんの頬にすりよった。
ひくん、ひくん、とシズちゃんの肩が震える。
それでも唇はかみ締めたまま。
意地でも声をださない姿に、引き絞るような苛立ちを覚えた。
「毛繕いだけじゃなくて、性欲処理までしてあげてるんだから、感謝されこそすれ、反抗される覚えはこっちにはないんだけどなぁ」
シズちゃんは、底冷えするような目で睨みつけてきた。

「頼んで、ねぇ…っ」
「ふぅん」

シズちゃんの尻尾が、シーツの上を滑るように、ゆっくり左右にふれる。
俺は、その尻尾を乱暴に握り締めると、こわばったシズちゃんの肩を押し倒した。
面白いほどあっさりと、シズちゃんは枕の上に仰向けに倒れこむ。
慌ててじたばたしだしたけれど、その前にすっかり熱くなっている股間を尻尾でつよくなで上げてやった。
すると、唇をひき結んだシズちゃんが、ぶるぶると震えながら顔を背ける。
背筋が震え上がり、腰に熱が溜まる。
あは、と上げた笑い声は、随分熱にぬれていた。

「頼んでないなんて、えらそうなこというけどさぁ。なんなのこれ?」

すでにスラックスがキツイのだろう。
ゆるゆると硬いそこを尻尾でなでれば、そのたびに痙攣したみたいにシズちゃんの体が跳ねた。
「や、め…っ」
「うそ」
俺は、真っ赤になったシズちゃんの耳を齧りながら囁いた。

「本当はじかに触って、ぐちゃぐちゃに濡れるまで苛めてほしいんでしょ?」

シズちゃんが、うるうるした目で睨みあげてくる。
俺は耳元に、熱い息を吹きかけて笑った。

「シズちゃんがどうしてもって、おねだりするならしてあげる」
「……っ」

失望と屈辱が滲んだシズちゃんの眼に、笑いがこみ上げた。
襲われたなんて言い訳もできないくらい、いやらしくて卑猥な言葉をシズちゃんの口から聞きたかった。
綺麗でいたいバカ猫では、想像もつかないようないかがわし言葉で俺をねだらせたい。
そうすれば、このバカだって、もう自分の体が俺なしではどうしようもないことを思い知るだろう。
そのときの表情は、きっと笑えるほど見ものにちがいなかった。
とはいえ、そう簡単にことが運べば俺が長年うんともすんとも鳴かない猫相手にせっせと毛繕いや性欲処理をしてやっているはずもなく。
シズちゃんは俺の尻尾から逃れるように体をねじり、うつぶせになるようにして逃げ出した。

…ふうん、そう。
そういう態度なの。

俺はシズちゃんの体の両脇に手を突くと、体を伏せてぺろりと耳をなめた。
シズちゃんが肩をそびやかす。
無視をして、丁寧に耳をなめ、首筋を舐め上げる。
いつもの毛繕いの手順だ。
舐めるたびにマタタビの強いにおいがして、くらくらとする。
シズちゃんはどこまでもマタタビの臭いしかしなくて、気分が悪かった。
このまま全部なめてしまえば、丁度中断していた毛繕いもできるし、マタタビもとれて、一石二鳥じゃないか。
後で考えると何をそんなマタタビにこだわるのかと気づけたのだが、正直このときの俺は大分酔っていた。

「ん……」

一心不乱にシズちゃんの肌を舐めていく。
乱れているとはいえ服は大分邪魔だったが、腰からまくりあげればなんとか背中も舐められない事もない。
けれど、おれの舌がシズちゃんの肩甲骨の辺りを舐めた時だった。
シズちゃんのしっぽが、思い切り俺の胸を押した。
シズちゃんが顔だけ肩越しに振り向いている。
真っ赤な顔で、さんざんマクラをかんで我慢したのだろう、息も荒く髪もぐしゃぐしゃだ。
俺は「ふふん」と鼻で笑った。
「ようやく言う気になった?」
「…ばか、いえっ」
シズちゃんはあろうことか、俺の真似をしてひとの股間を尻尾でなであげる。
俺が予期しない刺激に息を詰めると、シズちゃんは嬉しげに目を細めた。
「てめぇだって、こんなじゃねぇか」
無理やり笑った顔は、最高に不細工だったといっておく。

「やらせて欲しかったら…てめぇこそ、オネダリしてみろよっ」
「は…っ」

ぶるりと、背筋が震えるまま笑い声を上げた。
「いつでもやれちゃうような安い体のくせに、よくいうよ。何で俺が、シズちゃんにお願いしなきゃなんないのさ」
「ざっけんな、いつも汚い手つかって必死こいて襲い掛かってきやがって、一回くらいまともにやらせろっていえねーのかてめぇは!」

いえたら苦労しない、とは言わなかった。
襲い掛かかられることを毎回口実にしてた男が、何をいまさら。
折れるのなら、そちらからだろう。
だって、毎回仕掛けるのは俺からで、つまり散々折れてやっているのは俺なのだ。
流される事がシズちゃんの折れ方だというなら、そんなのは随分傲慢だ。
俺たちはじりじりとにらみあった。

ふと、シズちゃんはもともとそれが目的だったのではないかと俺は思った。
つまり、俺と同じ、――俺にシズちゃんが欲しいといわせたいのだ。
たぶんお互いに相手が同じくらい自分を欲しがっている事などとうに気づいている。
ただ、どちらが先に決定的な言葉を口にするかが問題だった。
さんざんがんじがらめになった妙な意地が、触りたい俺を、触られたいシズちゃんを縛っている。
とはいえ、お互いそろそろ本当の本気で限界で、何か小さなことで切れそうなほど緊張の糸ははりつめていた。

そのとき、シズちゃんのこめかみから流れた汗が、頬をつたった。
さんざんマクラにこすり付けられたであろう真っ赤な頬には、マタタビがたくさん付着していて、汗を目で追った俺はそれに気づいて、――むっとした。
シズちゃんの顎をとり、顔を近づけると、脳天を直撃するような臭いがした。
ちょっと甘ったるいシズちゃんの匂いでも、ましてや俺のものでもない臭い。
(ちょっと)
後で考えれば誰に文句を言っているのかと、自分で呆れたけれどそのとき俺は本気で思った。

「さっきから――人のに、なに勝手に臭いつけてんの」

シズちゃんがびっくりしたように目を瞠る。
「おい…?」
「だまって」

気に、入らない。

呟きが早いか否か。
俺はシズちゃんの唇の端から、目の際まで、べろりと一気に舐めあげた。
シズちゃんの肩が跳ねる。

「ふ…っ、にゃぁ…ぁっ」

蕩けきった、甘ったるい声。
まるで先を強請るような。
――時間が止まった。

「え」
「………っ」

シズちゃんはものすごい速さで口を手で覆うと、慌てて俺の下から這い出ようとした。
獲物を追う本能で、思わずその背中を前足…右手で押さえつける。
ぺしゃんとつぶれるシズちゃんは、耳の裏まで真っ赤にしてなお逃げようとしている。
「そんなへろへろの腰で、どこいくの」
半ば本気で聞いた。
尻尾の付け根をわしづかめば、「ひにゃっ」とか細い悲鳴が聞こえて、俺の脳みそが大ダメージを受けた。
え、なにこれ幻聴じゃないの。
シズちゃんは逃げることを捨てて防戦にでたようで、口に手を当てたまま亀のようにまるまった。
防戦のくせにがら空きの背中も尻も、震える肩も尻尾も耳もとんでもなく可愛く見えて眩暈がする。
俺がシズちゃんのわき腹を攻撃すると、シズちゃんはころんと横に転がった。
大きな体のシズちゃんが、体だけじゃなくて尻尾と足、つま先までも丸めて、小さく小さくなっていた。
今なら俺でも労せず抱きしめられそうだ。
シズちゃんが何故簡単に横に転がったかといえば、両手が口を塞ぐために使われていたからだ。
よっぽど恥ずかしかったのか、消えてなくなりたい、断固として声を出さない、という無言のメッセージが透けて見える。
辛うじて見える目元や耳が、心配になるほど真っ赤だった。
とはいえ俺はそれを黙って放置してあげるほど善人ではない。
ぴるぴる震えるシズちゃんの猫耳を甘がみして、目元に残ったマタタビを舐めとった。
シズちゃんの手の隙間から、忙しなく繰り返される呼吸の音がする。
俺は、自分の呼吸もつられて苦しくなったのを感じた。
ぎゅうと目を瞑るシズちゃんの耳に、そっと口を近づける。

「手、はなしてシズちゃん」

シズちゃんの首は凄い勢いで横に振られた。
「お願い」
俺は囁くように嘆願する。

「俺、シズちゃんの恥ずかしい声が、聞きたい」

シズちゃんは初めきょとんと目をひらいて、それからびっくりしたように俺を見た。
探るようにみつめてくる目を、俺はじいっと見返した。
「おねがい」
「……」
シズちゃんは、目を逸らす。
耳が、頬が、どんどん真っ赤になっていく。
やっぱり、これじゃだめかなぁ、と思ったときだ。
シズちゃんがおそるおそる、手を口から離す。
そのまま手は顔の横に置かれ、比例するように顔はマクラのほうに埋められた。
首まで真っ赤になったシズちゃんが、蚊の鳴くような声でいった。

「は…はやく、しろよ…っ」
のみむし。

と、聞くのが早いのか、それともシズちゃんの肩をひっつかんで仰向けに転がしたのが早いのか。
とりあえずそういったシズちゃんの顔は、見るに耐えないほど真っ赤で、かわいそうなくらい涙目だった。
忙しなくかよう息を食べるように、口を重ねる。

「ふむ…っ!」

と全身の毛を一瞬にして逆立てたシズちゃんは、やがて口内が濡れた音をたてるにつれて、全身をくたくたにした。
唇を離したころ、シズちゃんは目をとろとろにして俺を見上げていた。
口の端から、飲み下しきれない唾液がこぼれているのが、直視できないほどいやらしかった。
いつもはこんなことにならないから、きっとまたたびがよく効いているのに違いない。
ついさっきまでは、強力な意地でどうにか保っていた理性が、その必要をなくし、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
シズちゃんの尻尾が、震えながら俺の腰にのびてきて、細い俺の尻尾にまきついた。
ちょいちょいと、誘うようにひっぱられる。
泣きそうな顔で、シズちゃんが鳴いた。

「…ぃざや…ぁっ」

頭のどこかで、ばつん!と爆発するような音がした。











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