「おい、臨也!」

静雄は数人連れ立って歩く男の背中をみつけて、呼び止めた。
「クセェと思ったらやっぱりいやがったな」
「ちょっとシズちゃん、その、俺が臭うみたいな言い方やめてって何回言ったら解るのさ」
「知るか。くせぇもんはくせぇ」
いやな顔で振り向いた臨也が文句を垂れるのに、静雄は鼻で笑い飛ばした。

喧嘩人形とよばれる静雄の存在をしっているのか、臨也と歩いていた友人達は、恐れをなした顔で遠巻きにしている。
みれば中庭の人間のほとんどがそうだ。
野次馬になるか、我かんせずを決めて足早に通り過ぎていく。
ここ最近でその光景にもなれた。
とうの臨也がまるで気にしないからだ。
静雄がジーパンにシャツ、朝みたそのままの格好に、教科書をつっこんだボックスキャリーだけの格好をみて、眉を顰めている。

「っていうか次、シズちゃんも講義なんじゃなかったっけ?」
「ああ」
「天文台まで大分あるけど間に合うの」
「教授が30分おくれんだよ」

静雄が専攻している授業の教授は、ようよう遅刻する人間だった。
だからこそ遅れるときは、その旨を生徒に一斉送信する。
とる人数が少ないために叶う戦法だ。
「どうせあの人のことだから、研究に没頭しすぎたんだろ」
「ああ…昨日はペルセウス流星群の日だったね。確かに、天文台よりクリスタルパレスのほうが観測には向いてるかな」
天文台も、クリスタルパレスも、大学特有の隠語である。
天文台は宇宙物理学科のある、古い塔のような建物のことで、クリスタルパレスは近年新しく建てられた総合研究施設である。
誰が呼び始めたのか、触れれば砕けそうなガラス張りの建物は、まさにクリスタルパレスの呼称に相応しかった。
臨也がいうのは建物のたつ方向の問題で、クリスタルパレスは確かに昨晩の流星群の観測に都合がよかった。
ふとそんなことを思い出していう臨也は、確かに頭がいいのだろう。
静雄は小さな顔を見下ろして思う。
大々的にとりあげられるでもない流星群を、同じ学部以外のやつに話したところでまるで知らないに違いない。
むだに雑学にも長けているヤツだ。
(家でもパソコンばっか弄繰り回してるもんな…)
そう、思う程度には、二人の同居生活はつづいていた。

「ところで」
「あ?」
「何のよう?まさか世間話するために呼び止めたわけじゃないんだろう」
「ああ」

静雄は瞬きをすると、頷いた。
「今日の夕飯なんだけどよ。野菜炒めか肉炒めどっちがいい」
「……それ選ぶ意味があるの?」
「ニンジンがいちょう切りになるか千切りになるかが変わる」
「……じゃあ千切りの方で」
呆れたため息をついた臨也が、首を振った。

「用はそれだけ?なら俺もういくよ。こっちは定時で授業がはじまるんだから…」
「まあ待てよ。本題はまだなんだ」

言いながら、静雄はふいに臨也の襟首を掴んだ。
鞭のように突然伸びた手に、臨也は反応しきれず、目を瞠って惹きよせられるままになる。
鼻をつき合わせるようにして目を合わせた静雄は、唐突に、それまでの眠たいようなやる気のないような顔を脱ぎ捨てると、
「臨也くんよぉ…」
修羅のような目で臨也を睨み下した。
「――てめぇ、今度は何たくらんでやがる?」

横目でつかまれた襟首を見た臨也は、笑いもせず不愉快そうに眉をしかめる。
「何のことか全然わかんないんだけど。服のびるから離してよ」
「とぼけんな。臭うんだよ、…きなクセェ。てめぇが何かたくらんでやがる証拠だ」
「においが証拠って…そんな非科学的なもので、人を疑うなんてさぁ……」

ピッ、と静雄の頬に、一筋の赤い線が走る。

「――ほんと、シズちゃんってやっかいだよねぇ」

ナイフが、掠めたのだ。
その銀刃の柄を握るのは、細く白い、臨也の指である。
臨也の無表情が剥がれ落ち、嘲るような、小ばかにしたような笑みが口元に浮かぶ。
「なぁんでばれちゃうのかなぁ?今回は見破られない自信があったのに」
「てめぇがここひと月で俺を陥れようとした回数数えてから物を言え」
「ぜぇんぶ回避してくれちゃったくせに何いってんのさ」
臨也がナイフを振るう。
あやうく眼球を傷つけられそうになり、静雄は臨也を離して身をかわした。
静雄が殺人光線でもでそうな視線で臨也を睨みつける。
「てめぇ…」
「ここは家主にめんじて見逃してよ、シズちゃん」
「そりゃあ出来ねぇ相談だなぁ…っ!」
そばにあった駐輪場の標識をひっこぬき、静雄はまるでバッドのようにそれを振るった。
「簡単だろ?見てみぬフリをするだけじゃないか」
「それが、できねぇって、いってん、だろ!」
臨也が攻撃をかわすたび、金属が地面を叩き、壮絶な音がした。
「一宿一飯の恩義だ。俺はてめぇを真人間にするって決めたんだよ」
「だからそれがはた迷惑なんだってば!恩をかんじてるなら、それらしく大人しく俺の駒になれよ」
「ことわる!どう恩を返すかは俺がきめた!」
地面を叩き割らんばかりの勢いで、静雄は臨也にそれをたたきつける。
身をかわした臨也が、憎憎しげに笑う。
「ほんと迷惑。ひろったりしなけりゃよかったよほんと」
「なんとでもいえよ。『恩人』を、ノミ蟲のままクズの道をつきすすませるわけにいかねぇ、だろ?」
静雄は『恩人』にみせるにはかなり過激な、獣のようにぎらつく目で臨也をみた。
――きっと臨也は知らない。
たとえ打算だらけであっても、それ以上のひどいことをされて利用されそうになったとしても、あの時さしのべられた手がどれだけ有難かったか、など。
(知る必要もねぇ)
静雄は、暴力を振るう。
何もない中、善意でさしのべられた手ならば、きっと静雄はなんとしても断っていたに違いなかった。
自分の手が、善意など握れるほどよいものではないことをこれ以上ないほど思い知らされていたからだ。
打算にまみれた手であったからこそ、とることが出来た。
とったからこそ、いま静雄は確かに好きな勉強をしている。
あの手は臨也にとってどういう意味であったとしても静雄にとっては『恩』以外の何者でもないのだ。
「俺は恩をわすれねぇ」
顔を上げた静雄は、この上なく凶悪に笑った。
「地の底まで付き合ってやる。
てめぇのその腐りきった根性を叩きなおすまで」
ちらりと笑う口元は、威嚇しているようにすらみえる。
「過不足なく、きっちり恩を返してやるよ」
「はは、化け物の君に人間らしく矯正されるなんてそれなんて冗談なの」
臨也は口元をゆがめた。

「ほんっと、余計なお世話!」

臨也の目が、殺意と憎しみと、そうして、もしかしたら、わずかに楽しそうに、歪み、輝いた。




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eclipse様に提出いたしました。ありがとうございました。



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