佐助がこの部屋を訪れるのはいつ振りだろうと、料理の手を少しだけ止めて記憶を探る。高校を卒業して以来は互いに何かと忙しく、いつものんびり一緒に過ごしていたあの頃が今は少し懐かしい。

最初は「せっかくだからクリスマスに会いたいな」なんて私にしてはメルヘンなことを考えていたが、ごめん仕事入っちゃった、と半ば諦めたような声を電話口で聞いた時には、アンタ可愛く言えば何でも私が許すと思ったら大間違いよと口走りそうになったものである。何て女心のわからない奴なんだろう。「私と仕事、どっちが大事なの」などとベタベタの常套句をつい口にした私に佐助は、ベクトルが違うからどっちとは言えないかな、とのたまった。ごもっともである。
けれどクリスマス云々とは言えど、会えないよりはずっと良い気がした。電話越しの声なんかより、その声が直接私の鼓膜を揺らしてくれるのなら別に、クリスマスじゃなくたって十分だった。……そりゃあ、ちょっとくらいそういうのも憧れるけれど。


――― ピンポーン、

「!」


バクン、と心臓が大きく鳴った。時計にちらりと視線を走らせて思わずふっと表情が綻ぶ。相変わらずの時間厳守っぷりだ。
逸る気持ちを押さえて玄関に向かう私は、きっと子どもみたいに輝いた顔をしているのかもしれない。不意に恥ずかしくなって、あくまで冷静を装いながら、はあい、と返事をした。


「いらっしゃい佐助、久しぶり」
「久しぶりー会いたかったぁー」
「っうわ、」


玄関のドアを開けるなり、家に入るよりも何よりも彼はがばりと私を抱きすくめる。こんなところで…!と叱り飛ばしそうになったものの、弘ー弘ーと犬みたいに頬擦りしてくる彼を見ていたら何も言えなくなってしまって、苦笑を零しつつ冷えた背中をそっと撫でた。寒がりなところも相変わらずだ。


「はあー…弘あったけー…」
「外寒いでしょう。雪は? 降ってる?」
「やーまだ降ってないけど今夜辺り降りそう……かな?」


ようやく離れた佐助を部屋に引っ張り込んで、寒い寒いと呻く彼のマフラーを外してやる。リビングは暖かいよ、と告げると嬉しそうに彼は笑った。
ふと佐助が私の服の裾を掴まえる。訝しんで視線を上げると、寒さ故か少しだけ鼻を赤くした佐助が、何かを期待するようにキラキラした目で私を見つめていた。……何となく、あまり良い予感はしない。


「弘」
「なに」
「ん」
「……手洗いうがいが先です」
「えー」


目を瞑って突き出された顔が何を欲しがっているか、わからないほど佐助との付き合いは短くない。唇の代わりにデコピンを彼の額に送って、リビングに向かっていた足を洗面所の方に向ける。


「この時期だし、アンタが風邪菌でも持ってたらこっちも堪んないの」
「いってえ…前は全然そんなこと気にしてなかったじゃん」
「はい、タオルこれね」
「チッ…にべもねえな……」


遠い目でぼやいた佐助が渋々洗面所へ入って行くのを見届け、不満げに舌打ちを零した彼にそっと笑った。こちらはこちらでリビングへと向かう。きっとお腹も空いているだろうし、先にお皿を並べておこうっと。









「おっ、うまそー」
「先に食べてていいよ。……あっ取り皿、」
「俺が取ろうか?」
「ごめん、お願い」


勝手知ったる何とやら、といったところか。洗面所から出てきた佐助は上機嫌で食器棚へ歩み寄ると、淀みない手つきでひょいひょいと平皿を二枚取り出した。

今夜テーブルに並べたのは至って普通の夕食である。肉と野菜の炒め物と実家からお裾分けしてもらったお漬物(以前、茄子が一番好きだと言ったらかすがに「渋い」と言われた)、それから二人分のご飯とお味噌汁。変に気取ったりクリスマスを先取りしたメニューにしたりするよりは、よっぽど自然で庶民的な食卓だろうという妙な自信はある。
ところがどうやら、当の本人が逆に気を使ってしまったらしい。佐助の取り皿におかずをよそっていると、彼の表情がふっと曇った。


「……あー、やっぱさ、」
「うん?」
「その……楽しみに、してたよね?」


クリスマス、と。並べたお皿を眺めながら彼が小さく呟いた。きょとんと瞬きを繰り返す私に、佐助が居心地の悪そうに頬を掻く。思わず自分が作った料理を一瞥して、それから再び視線を戻した。


「……そりゃあ、気にしてないって言ったら、嘘になるけど」
「はは……だよね」


少し表情を歪めるとばつが悪そうに、ごめん、と口にした佐助。まあ、彼の所為というよりは、空気を読んでくれなかった真田の所為なんじゃないかとも思うけれど。
もごもごと言葉を濁している佐助は、これでも一応休み欲しいって旦那にお願いしたんだけど……と何やら弁解を続けている。しどろもどろなその姿がおかしくて、つい破顔した。怪訝そうな彼の視線をごまかすように、引き寄せた湯呑みへとお茶を注ぐ。


「いいの、これはこれで良いかなって」
「?」
「会えないよりはずっと」
「……うん、」


ね?とばかりに頭を傾げると、釈然としないながらも彼は微かに頷いた。こうして顔が見れるだけでも幸せなのは、私も彼も同じこと。中身を注いだ湯呑みを渡し、ようやく椅子へ着く。


「……じゃ、いただきます」
「うん、どうぞ」


さっきよりはずっとましな表情で箸を手に取った佐助にホッとして、自分の分のおかずを取り皿へよそおうと手を伸ばした。

瞬間、ばちりと音をたてて部屋の明かりが全て消え失せる。
全ての輪郭が、突如として闇に溶けた。




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