無事に高校を卒業した私達は、皆それぞれ別の道を選んだ。私や政宗、それからかすがは進学を選び、真田と佐助は自身らの親が勤める会社で共に社会の一角を担うことになっていた。
しかしながら同じ場所で働く真田や佐助、親戚同士である私や政宗はともかく、食事や何かで顔を合わせようにもどうしても予定の都合が合わず、全員が揃うということは滅多になかった。

そしてそれは私と佐助の場合もまた然り。時折メールや電話くらいならば交わせるものの、元々私自身がメール無精であることも相俟ってそれも長くは続かず、途中で途切れてしまうこともしばしばあった。それでもめげずに毎日メールを送り付けてくる佐助は、まあ、マメというか何というか。



そんな中徐々に佐助の仕事が安定し、私の大学生活も随分と落ち着いてきたある春のことだった。


――――ブー、ブー


大学から帰り、ベッドの上に放り投げたまま放置していた携帯が突然振動し始めた。そういえばずっとマナーモードのままだったかもしれない。ライトは青だから、きっと電話。
別段急ぐこともなくそれを手に取り開くと、表示されていた名前はやはり佐助。……まあ、何となくそんな気はしていたけれど。


「はい、」
『あ、弘? 俺様ー』
「“オレサマ”なんて名前の方は知りません」
『え、ちょ、冷たい』


冗談だよ、と言うと、でもそんなところも好き、と返って来た。……こういう、突如として変なことを言い出すところも健在である。


「で、何か用」
『あーうん。今大丈夫?』
「え? ああ、平気だけど…」


突然ごめんね、と申し訳なさそうな言葉が受話器の向こうから聞こえて、そんな声音に思わず、へえ…なんて感銘を覚えた。だって相手はあの佐助だ。あの我が儘パラダイスで自由奔放な佐助が、ちゃんとこちらの都合を考えて電話をしてきたのである。
社会の荒波に揉まれたせいで身についたんだろうか。何れにせよ高校時代、ゴーイングマイウェイの極みであった彼のことを考えれば、これは非常に素晴らしい進歩だ。


『えーっと、あのさ、明後日って空いてる?』
「明後日…?」


私のそんな胸の内を知らない佐助の、窺うような声。視線を布団カバーの皺から壁にかかるカレンダーへ移して、その“明後日”を捜した。今日が金曜日だから、明後日は日曜か。珍しく何も予定は入っていなかった。これがもし明日の土曜だったら、午前中からゼミがあるけれど。


「……ん、空いてるよ」
『ほんと? じゃあさ、弘ん家行って良い?』
「また随分といきなりな…」
『あはは、ごめん』


なんか今日さーいきなり真田の旦那から明後日は休んで良いぞって言われたんだよねー、とあのへらへらした調子の声で楽しげに語る佐助。どうやら直属の上司が真田だそうで、意外に人使いの荒いあいつのことだから佐助のことを良い様にコキ使ってるに違いない。この調子だときっと、久々の休みなんじゃないだろうか。


「まあ、いいよ。おいで」
『へへーやったー』
「大袈裟ねえ、相変わらず」
『えー…だってさあ、もう半年は会ってないんだぜ?』


俺様すげー寂しかったのに、弘は寂しくなかったの?…なんて。白々しく尋ねてくる佐助に、思わず苦笑を漏らした。なんだ、こういうところはあんまり変わってないみたい。


「……さあ、どうだろう」
『えっ』
「案外、平気だったりしてね」
『え…えっ、ちょ、…』


どんどんと萎れていく佐助の声に笑いを堪えながら、冗談だよ、と返す。しばらく不満げに黙り込んでいた佐助はやっぱり、いいもんそんなところだって好きだもん、と拗ねたように小さく呟いた。


『何時なら都合いい?』
「いつでもいいよ、佐助の来たい時間で」
『じゃあ昼頃に行く。一緒に飯作ろ』
「…ふ、はいはい」


一緒にお昼食べに行こう、じゃなくて一緒に作るのか。思わずちょっとだけ吹き出した。もしかして今時の男の人って皆こうだったりするの?そう考えて、いやそんなワケないか、とすぐさま頭を振った。
例えば真田なんかは絶対にそういうタイプじゃないな、無邪気なことを言って何やかんや作らせる側っぽい。政宗はどちらかと言えば外食タイプだろうか。長曾我部辺りは自ら振る舞いそう。毛利は知らん。


『……ふふ』
「? なあに、急に」
『んん? いや…へへ、久々だなあって』
「…まあ、電話もあまり出来ないからね」


急にくすくすと笑い出した佐助は、心底幸せそうな腑抜けた声でへにゃへにゃしたまま喋る。電話の向こうの表情が、まるですぐ傍にいるかのように容易く目に浮かんだ。
きっと、その声と同じように緩んでいるんだろうな、なんて。そんな下らないことを想像しただけでも私は、十分に彼が恋しくなってしまった。……やっぱり、実物じゃないと駄目だなあ。そのままベッドに寝転んでそっと息をつく。


『……みっともないくらい、今すげードキドキしてるんだ。やっと弘の声、聞けたから…』


不意に一言一言を噛み締めるような声がして、ただでさえ騒々しかった胸の内が一気にざわついた。ふわふわした心地良い声に、耳に宛てていた携帯を今一度握りしめる。


「……私も、佐助の声が聞けて、すごく嬉しい」
『………、…』


顔が見えないのを良いことに、素直に今の感情を吐露する。電話の向こうでは息を飲んだようだった。次いで弱々しく溜め息が聞こえる。…ばかだなあ、隠しても動揺がバレバレ。
ほんの微かな呻き声を受話器が捉えて、彼の声を散々待ち焦がれている私の鼓膜を震わす。それは、たったそれだけのこと。けれど寂しさと幸福感、鬩ぎ合う二つのどちらが勝つかと言えば、答えは単純だ。


『…あー、も、今すぐ会いたい』
「……うん、明後日、楽しみにしてる」
『ん……』


続けて流れてくる、電子に象られた「愛してる」が、ひどくもどかしかった。




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