今年もまた夏休みがやってきた。灼熱を放つ太陽がじりじりと、空の天辺から私たち生き物を嘲笑うかのように見下ろす。
しかしそんな中、わざわざ街中へと繰り出すほど愚かではないし、第一そんな余裕もない。

何故なら私達は、絶賛受験生だからである。


「……暑い」
「えー? 家よりいいよ」
「あー…」


課題をするのに私の部屋に来ると言って利かなかった佐助は、この猛烈に暑い中わざわざ我が家へやってきた。玄関を開けた時の佐助のあの表情は、無事目的地に到着したからだとか私に会えたからだとかそんな理由でなく、ようやく涼めるという安堵で緩んでいたに違いない。


「…何て言うか、冬は有り難いんだろうけど。夏は特に暑苦しそうね、そっち」
「季節関係なく殴り合うからねえ、あの人らは」
「は? 殴り合う?」


うん、と相変わらず何でもないことのように頷いた佐助に、武田家というものがまたわからなくなる。冬もよくわからないけれど、夏も案の定よくわからない。要するにただ暑苦しいだけじゃなくて、雰囲気どころか視覚的にも暑苦しいということか。


「……佐助が家に来たがった理由がわかった気がする」
「でしょ?」
「うん…」


冬と違って、夏はわりと平気らしい佐助。事実、今もそれほど汗を流していない彼だけど、そんな佐助が近寄り難く感じるほどの暑苦しさを想像して、余計に汗が滲んだ。…しまった、考えなきゃよかった。


「ああ……暑い…」
「もー…暑いって言うから暑く感じるんだろー? こういうときは逆に『寒い』って言ってた方が体感温度もほんの少し下がるらしいよ」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「怖い!! 俺様の体感温度下げてどうすんの!!」
「叫ばないでよ暑苦しい」
「えっ…すみません…」


あれこれ何て理不尽……と項垂れた佐助を一瞥して、参考書の上に放り出してあった団扇でばたばたと風を起こす。部屋の隅に設置された扇風機は、もはや生温い空気を掻き回しているだけの存在に過ぎなかった。


「あー無理、暑い。アイス取ってくる」
「はーい行ってらっしゃーい」
「佐助は? いる?」
「ん? 俺様はいいやー」


だから弘のちょっと分けて?と可愛らしく小首を傾げた佐助。「分けて」ということは、別に要らないわけではないらしい。


「遠慮しなくても、今日お母さんが買ってきてたからたくさんあるよ?」
「だって、弘と分けっこしたい。駄目?」
「私の分が減るじゃない」
「え、あ…そう…」


我ながら傍若無人な言い草だったが、佐助曰く「昔を思い出すから嫌じゃない」らしい。…前から薄々感じてはいたけれど、やっぱり彼は少しマゾの傾向があるような気がする。
それでも落胆したように言葉を濁した佐助は迷った挙げ句、じゃあ俺も貰おうかな、なんて小さく呟いた。はっきり言って最初からそのつもりだった私はそのまま腰を上げる。動くとどうしても暑いけれど、まあアイスのためだから仕方がない。


「味は何でもいい?」
「いいよー。…あ、出来ればソーダ」
「はいはーい」


ソーダなら確かお母さんが買い足してきた中にあったような…と、朦朧とした記憶を探りながら返事をする。成実が食べ尽くしていないことを祈りながら部屋を出ると、窓のない廊下のドカンとした熱気に充てられてしまった。

灼熱の廊下を往復し、片手にアイスを二つ携えながら部屋のドアノブを回す。入ってすぐ視界に入ったのは、ぼうっと窓の外を眺めながらシャツの襟をパタパタと動かす佐助。
その横顔に今更ながらも、どこをどう見ても絵になる奴だなあと感嘆の溜め息を漏らす。まあ何しろ普段が残念すぎるのだ。かと言って、いきなりクールな表情をされても私が困るけれど。結局どっちもどっちのようだ。


「あ、お帰りー」
「…ただいま。今日買ってきたばっかなのにさ、もう殆ど成実が食べちゃってたみたい。ソーダ一つしか残ってなかった」
「え、弘のは?」
「私はグレープ」


成実の手から逃れ唯一生き残っていたソーダアイスを佐助に手渡すと、わーいありがとーと間の抜けたような声が返ってくる。……平気そうな顔してるけど、やっぱり暑いんだろうな。クーラーさえあれば良いんだけど。

ぱり、とグレープアイスの個包装を破って早速一口かじった。…はあ、うま。喉を滑っていく感覚に幸福感を覚えながら、グレープの酸っぱさを噛み締める。特別でも何でもない市販のアイスだけど、暑い中をずっと我慢していたせいか余計に美味しく感じた。
ふと、テーブルに投げ出した手を緩く握られる。ちまちまと女々しくアイスをかじる佐助と目が合うと、彼は淡くはにかんだ。


「ね、一口ちょうだい」
「ん」
「わーい。あ、俺様のもあげるー」
「……ありがと」


何だこの可愛い生物……と内心で遠い目になりながら、差し出されたソーダアイスに顔を寄せる。ちょうだい、と言ったわりに随分と遠慮して小さくかじった佐助にあやかって、私もほんの少しだけ歯で削った。
ところがかじり方が悪かったのか、思ったよりも多くの部分が一緒に崩れる。意地汚いかもしれないがついそれを勿体ないと思ってしまい、慌てて舌で追い掛けた。

途端、すぐ傍から「ぶしゅっ」と何かが弾けたような音。何事かと視線を向けると、こちらから全力で顔を背けてぶるぶる震える佐助の姿があった。


「……何、どうかした?」
「な、何でもないです……」
「?」


遂にテーブルに突っ伏した佐助は、何やらもどかしそうに唸っている。何だコイツ……大丈夫なのか。しかしふと思い直したかのように顔を上げると、ぽかんと固まる私の方へ再びアイスを差し出た。


「……もっと食べてもいいよ」
「……そう?」


何か期待したような視線に耐えられず、また一口かじる。結局そのまま、どうぞどうぞと促されるままアイスをかじり、ソーダアイスを丸々一本食べる羽目になってしまった。
……妙に佐助の息が荒い気がしたのは、部屋の暑さのせいだと信じたい。




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