ぶるり、と。不意に感じた己の体の震えによって、ゆらゆらと彷徨っていた意識が戻ってきた。重い瞼を無理矢理こじ開けると、霞んだ視界に写る部屋は思ったよりまだ薄暗い。太陽は殆ど顔を出していないようだった。
しばらくぼんやりした後に、ようやく枕元の携帯を開いてみる。しかし想像していたよりも夜中の時間ではないことに気付き、あれ?と瞬きを繰り返した。ちなみに今日は高校受験があって登校禁止日というのもあり、時間を持て余した佐助が家にやって来るとのこと。…まあ、寝坊しなったからよかったのかも。

重く気だるい体を布団の中でぐっと伸ばした。まだ目は覚めていないが、何もしないよりはましだろう。ついでに首と腰をバキバキと鳴らしながら、そっと詰めていた息を吐いた。そしてふと気付く。


家の中で吐息が白いって、何。


起きた時もそうだ。不意に感じた体の震えで目が覚めたんだから。そういえば、ずっと布団を被っていない頬がひどく寒い。そこからぞくぞくと冷えが浸蝕してくるようだ。もう三月だというのにこの寒さ、最近の地球はどうかしてる。
嫌がる体を叱咤して、やっとの思いでベッドから起き上がる。暖かい毛布の剥がれた体が、またぶるりと震えた。何なんだ今日は一体。

そうして習慣のように、部屋のカーテンをざっと開いた。広がったのは、結露の向こうの銀世界。…どうりで寒いわけだ。


「……は……なんで、雪…」


…おかしいな、ここは三月にもなって雪の降るような地域じゃなんだけど。






がたがたと震えながらリビングに下りると、既に起きていたらしい成実がトーストをかじっていた。はよ…と如何にも眠そうな声。しかしその姿は何故か制服に包まれている。…あれ、今日って登校禁止日じゃなかったっけ。
訝しんで食い入るように見つめる私に、視線に気付いたらしい成実が苦笑を零した。ぱたぱたと掌からパン屑を払って、傍らのマグカップに口を付ける。


「俺の学校私立だからさ、今日も学校あるんだわ」
「……ああ、」


ああ、そうだ。自分が公立高校だからつい忘れがちだったけど、成実は別の私立高校に通っていたんだった。お疲れさん、と形だけ労ると彼は不服そうに口を尖らせる。私立は私立でお休みあるんだから良いじゃない、とつい苦笑が漏れた。


「……あっんじゃさ、俺の代わりに雪掻きやっといて」
「え」
「今日アイツ来るんだろ?どうせだったら一緒にやれば良いんじゃねーの」


湯気の立つカップに口を付けながら意地の悪そうな、私よりもどちらかと言えば政宗に似た顔でニヤリと不敵に笑った成実。アイツ喜んで手伝うんじゃね?とからかうような声音に、ひくりと思わず頬が引き攣った。こいつ……何で知ってんだ。


「ま、そういうことで頼んだぜ姉貴」
「っあ、ちょ…成実!」


ひらりと手を振りながら、歯を磨きに洗面所へ立った成実。…どうやら私の反論は聞き入れてもらえないらしい。ていうか食器片付けろ。何だか幸せの逃げてしまいそうな、湿っぽい溜め息が床に落ちた。

雪掻きだなんて面倒臭い。…とは言え掻かなければ困るのは私だ。佐助が来たときに雪で玄関が埋もれていました、じゃあちょっと洒落にならない。
とりあえず佐助が来るまでに終わらせよう。そう思った私は渋々重い腰を上げ、上着を求めて再び部屋へと戻った。




◇ ◇ ◇





「あれ何、雪掻いてんの」
「、ああ……佐助」


弘ん家の辺りもえらく降ったねーなんて暢気な声で、私が掻いた雪の山をしげしげと眺める佐助。この雪だからもっと遅くに来ると思っていたけど、律儀に午前のうちから来たようだ。

根っからの寒がりらしく、首には長いマフラーをぐるぐると巻き付けていて、その上もこもこと何枚も着込んでいそうな上着。手袋もなかなかに分厚そうだし、挙げ句の果てにはやたらと可愛らしいピンクの耳当てという重装備。……見ているこっちが暑苦しい。


「…佐助ん家、雪掻きはいいの」
「あー、うん。どうせ旦那と大将が溶かしちゃうから」
「は?溶かす?」


うん、と何でもないように頷いた佐助に、ますます武田家というものがわからなくなる。聞くたび聞くたび、本当に毎度のことながら奇天烈な生活ぶりだ。だって殴り合いが日課って色々とどうなの。どうしてご近所さんは何も言わないの。


「……へ、へえ」
「それより雪掻きは?もう終わりそう?」
「え?…あー、っと…」


そう問われて、改めて今まで掻いていた雪に視線を遣った。しっとりと重くてなかなか動かない嫌な雪のせいで、雪掻きを始めて一時間経った今もあまり成果はない。ちなみに成実はとっくの昔に颯爽と登校してしまっている。…あの薄情者め。


「ごめん、もうちょっと掛かる…」
「ん、じゃあ俺様も手伝うわ」
「うんありが……はっ!?」


ん?と小首を傾げた佐助に慌てて首を横に振った。いやいやいや…!他人の家まで来て雪掻きって、どんだけお人好しなのこいつ…!
良いから部屋に行ってて、と玄関の方へ腕を引く。しかし当の佐助は動きやすいように耳当てを外して更にはばさばさと上着を二枚ほど脱ぎ(まだもう二枚着ているらしい)、至って楽しそうにからりと笑った。


「ほら、二人でやった方が早いし」
「で、でも…!」
「いーっていーって、手伝わせてよ」


雪掻き棒どこ?と既にやる気の佐助に、もはや私は為す術もない。…どうやらここは潔く、物置からもう一本雪掻き棒を持って来た方が良さそうだった。




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