今日は午後から重要な職員会議があるとか何とかで、午前中だけ授業を受けたら生徒はもう帰っていいそうだ。そのせいか、学校中の雰囲気はどことなく浮足立っている。
斯くして帰り支度をする私の傍らで待っている佐助も、今日は何だかそわそわとして忙しない。政宗なんか気味悪がって早々に帰ってしまった。ちなみに真田は苦笑を浮かべながら部活へ急ぎ、かすがも政宗と同じ理由であからさまに眉間へ皺を刻むと、既に教室を後にしている。


「ね、弘ちゃん。今日このあと空いてたりする?」
「このあと?何もないけど…」
「ほんと?よかった」


何がよかったの?と尋ねる前に、ようやく支度が済む。今日は課題も少ない。ぱたんと閉じた鞄を掴みながら席を立つ私に、佐助の表情がぱっと明るくなった気がした。


「じゃ、行こっか」
「……帰ろう、じゃなくて?」
「違うよー」


うきうきとした声音で小さく笑った彼は、すかさず空いた方の私の手を握る。もうすっかり慣れてしまったその感触をしっかりと握り返しながら、陽光を浴びて鮮やかに映える髪を揺らす佐助を見上げた。


「放課後デート!」


…なるほど、確かにそれじゃあ「帰ろう」にはならないね。




◇ ◇ ◇





佐助と彼氏彼女の関係になってからそろそろ一ヶ月が経つが、実を言うとまだデートらしいデートはしたことがない。せいぜい学校の行き帰りとか、たまに一緒に夕飯を食べに行ったりとか。生徒会だとか佐助のバイトだとか、なかなか予定が合わないのもあって、ちょっともどかしいなあと思い始めていた頃だ。
疾うに夏なんか過ぎ去って、強すぎない陽射しの中で制服デートだねーなんて無邪気に笑う佐助を微笑ましく思いながら、私もすっかりわくわくしていた。まだまだ日は高い。


「昼済んだら何する?」
「どうしようか…あまり羽目は外せないよね」
「制服だしねえ」


校則を冒さない程度に、自由な娯楽。…娯楽なんて言ったら堅苦しいか。とにかく行ける場所は限られてくる。一度帰宅すれば丸く収まるような話だけど、正直それは面倒くさい。


「この辺って何かあったっけ」
「んー…ゲーセンとか。…あ、でも弘ちゃん、ああいうとこあんまり行かないんだっけ?」
「いいよ、行きたい」


確かに、足を踏み入れたことはあまりない。機会がなかったり、何となくあの騒々しい音に怖じけづいてしまったり。一人で入ろうだなんてそんな上級の楽しみ方もできそうにないから、以前は無意識に敬遠していた。
―――でも今は、隣に佐助がいる。


「佐助と一緒なら、どこでもいい」
「!…っ〜〜〜、」


っばか!と耳まで真っ赤にした佐助は散々照れまくったあと、繋いでいた手をごそごそと動かす。指と指の間に佐助の指が入り込んできて、所謂「恋人繋ぎ」。


「…そういうこと言っちゃう子は、市中引き回しの刑に処します」
「あはは、了解」


要するに、今日はどうやら嫌と言うほど連れ回されるようだ。まあ今まで機会がなかったから、その分の埋め合わせってことでここは一つ。

一先ず学校からそう遠くにないファミレスに入り、簡単に昼ごはんを済ませてしまうことにした。辺りには既に同じ制服がちらほら窺えて、みんな考えることは同じなんだな、と苦笑を零す。


「…あ、市だ」
「はぇ?誰?」
「ほらあそこ、あの綺麗な濡れ羽色の……って、アンタ同じクラスじゃない?」
「あー…魔王の妹さんね」
「魔王……」


魔王、とは決して音楽の授業で習う方ではなく、我らが校長のあだ名だ。自分のことを真顔で「第六天魔王なりィ」とかよくわからないことを平気で口走るちょっとした電波さんなのだけど、その妹にあたる市とは中学時代が同級で仲が良い。同じ高校に入ったものの、クラスも分かれてしまい話す機会も少なくなってしまったせいか、今日は久々にその姿を見た気がする。


「正面にいるのって…あれ浅井?」
「あーそうじゃない?…ははあ、成る程ねーカップルで風紀正副委員長か」
「ッあ!あいつ市にあーんしてもらってやがる…!ずっる!ずるい!市可愛い…!」
「…弘ちゃんがそこまで嫉妬に燃えてるとこ、初めて見た」
「私が男だったら彼女にしたいくらい好きよ、市」


ちえーつまんねーとぶつくさぼやきながら、メニュー表で顔を隠す佐助。おっとそうだった、今私の目の前にいるのは正真正銘の彼氏様だったのでした。むすっとしながら食べたいものを探す佐助についつい小さく笑いつつ、一体どうやって機嫌を取ったものかと考えあぐねた。

注文を済ませ、どこか拗ねたような素振りの佐助の相手をしていたところで慌ただしくウェイトレスが皿を運んでやってくる。佐助はパスタ、私はグラタン。手短に確認を取ると再び忙しそうに他のテーブルへ向かうウェイトレスを、何となく見送ってから手を合わせた。
器用にスプーンとフォークを使いこなしてパスタを巻き取っていく佐助を横目に、私もまだ熱々のグラタンを少し掬う。数回息を吹き掛けて口に含んだ。空腹には堪らない香味。お腹が「もう空っぽだよ!」とばかりに寂しげに鳴く。
もう一口ぶん掬って、また少し冷ます。ふと視線を上げると、フォークに巻き付けたパスタをちょうど口に放り込んだ佐助と目線がぶつかった。


「……佐助、」
「ん」
「あーん、してあげようか」
「っは!?」


珍しく私の方から持ち掛けたせいなのか、びっくりして目を丸くした佐助が派手な音をたてながらフォークを皿の上に落とす。何だ何だと向けられる視線に恐縮しながらも、スプーンをもう少し持ち上げた。


「だから…あーんしてあげ、」
「っだぁ!!いい!!皆まで言わなくて!!」


再び賑わいを取り戻したファミレスの中で、わなわなと唇を震わせる彼はやっぱり耳まで赤い。ちょっと前の佐助ならこのくらい意にも介さなかったろうに、ねえ…。
妙に初々しいリアクションを寄越す佐助の前で、どうするの?する?しない?と尋ねんばかりにスプーンをちらつかせる。しばし逡巡の後、怖ず怖ずと顔を近寄せてきた佐助の口の中へスプーンを放り込んだ。掬い上げてからもう随分と経っているだろうそれは、もうそこまで熱くないはずだ。


「……こ、こういうところでやるの、やなんじゃないの」
「誰も見てないでしょ。…多分」


咀嚼しながらもごもごと反論してくる佐助に、あっさりと言ってのける。それ以上はもう何も言わず、まだ頬の紅潮が収まらないらしい彼は、グラスに残っていた水をぐっと一気に呷った。




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