ニ週間も経てば流石に佐助が隣にいるのも慣れてきて、始めはぎこちなかった何気ない会話も今ではとんとん拍子に進む。佐助の体力も随分と回復し、もう日常生活に支障をきたすレベルではない。…き、キスもまあ、つつがなく済ませました。
しかし、問題は別のところで発生していた。


「伊達、昨日言い渡した書類はどうした」
「え、あぁ……出来たけど」
「寄越せ」
「……朝っぱらから態度でかいなアンタ」


実は、佐助と付き合うことになってすぐにあった生徒会長選挙によって会長に就任した毛利元就が、女子副会長になんと私を指名したのである。もちろん毛利とは今まで何の関わりもなかったし、話したことなんかもまるでない。一体どういう風の吹き回しなのか。本人に尋ねたところでまともに取り合ってくれず、結局私は生徒会役員として奔走することになったのだ。
この学校の生徒会は少し特殊というか、生徒会長がほぼ絶対の権力を握っていると言っても過言ではない。選挙で選ばれた会長がまず男子女子の副会長を各一名ずつ任命し、それから他役員を全校で募る。前生徒会長である竹中先輩も、顧問である豊臣先生と共に他の役員達を纏め上げ、そして運営してきた。伝統的な決め方であるせいか異論を唱える者も殆どおらず、多少癖のある人物が会長になっても皆どうにか上手く立ち回っているのだ。

とにかく、そのせいで本来なら佐助と過ごせる筈の時間もことごとく生徒会活動に奪われてしまい、ここ数日は何となくモヤモヤとした気持ちが晴れないでいた。…何より毛利の態度がでかい。本人は大したことないのに態度だけならエベレスト級だ。


「……弘ちゃん」
「…ごめん、これだけ」


登校して教室に入る寸前、どうやら待ち伏せしていたらしい毛利に捕まった私は、頼まれて(というか押し付けられて)いた書類を鞄から抜き出す。引ったくるようにして受け取った書類を読む端正な横顔を一瞥して、どうにもやりきれない溜め息を一つ落とした。
隣に佇む佐助が不満そうに私を呼ぶが、こればっかりはどうしようもない。何せ天下の毛利様だ、歯向かうものは犬でも容赦しないという真しやか噂まで存在するような男である。面倒事は避けたいし、ここで臍を曲げられて余計な時間を費やすのも勘弁だ。


「……いいだろう。今日の昼休み、これに基づいた会議を行う。例の時間に必ず生徒会室まで来い」
「っ…わ、かった」
「え」
「……何ぞ問題があるか?」


こうして昼休みが潰れていくのも、そう珍しいことではなくなった。承諾する返事をしつつも「またかよ」と思わず歪む表情。佐助もうんざりといった様子だ。


「……ねえ、けど」
「ならば良かろう。…決して抜かるな伊達、時間厳守で来い」
「…………」


ぎろ、と凄みを利かせた目でこちらを睨みつけた毛利に二人して小さく呻き声をあげる。そんな私たちを一瞥すると、彼は颯爽と隣の教室へ姿を消した。相変わらずのその緊張感はなかなか慣れることができない。
脱力したまま毛利の背中を見送ったところで、くいと袖が引かれた。はっとして自分の横を仰ぎ見れば、不服そうな目つきで私を睨み唇を尖らせる佐助の姿。


「…また、昼ダメなの」
「……ごめん」


"また"。佐助の言葉が胸に刺さる。もうこれで何度目だろうか。その度に私は言い訳がましくならないように言葉を選んで、素直に謝るしかないのだ。責めるとも諦めるともつかない、中途半端な表情をぶらさげる佐助に。


「今、新役員の立候補者を募ってるでしょう。あれが終われば、多分落ち着くから」
「……多分、なんだ」
「っ佐助、」
「わかってるよ。……わかってる。弘ちゃんが忙しいってのも、俺が我が儘を言って融通が効くような話じゃないのも」


物分かりのいい彼氏を演じてくれる佐助に、また言葉が見つからなくなる。もう一度「ごめん」と告げれば、「弘ちゃんのせいじゃない」と彼は笑った。本当は「そんなもの放り出してしまえ」とでも言いたげな、そんな声音で。


「だから、帰りは一緒に帰ろう」
「……ん」


せめてそれだけでも、と。まだ付き合いたての、いちばん一緒にいたい時期なのにこんな表情をさせることになってしまった自分を、一番情けなく思った。




◇ ◇ ◇





「来週に差し迫った役員選考だが――…」


弁当を突きながら書類を広げ、毛利の言葉に耳を傾ける。この場にいるのは私と毛利と、それからもう一人の副会長。


「つっても毛利よぅ、今んとこ定員の半分程度しか集まってねえんだろ?選考も何も全員を容認でもしねーと、足りゃしねえじゃねえか」
「……人の話は最後まで聞けと、幼少の砌に習わなんだか長曾我部よ。ああそれとも、貴様の脳は聞いた端から全て抜け落ちるか」
「んだとテメェ毛利!!誰があちこちに声掛けして候補者増やしてると思ってやがんだ!!」
「…ちょっと、喧嘩してたら進まないでしょう」


長曾我部元親その人は、会長である毛利とは以前から何かと縁があるそうだ。前世からの因縁でもあるんじゃねえのか、と笑い飛ばす長曾我部の横で、ただの腐れ縁ぞ、と無表情に吐き捨てた毛利も記憶に新しい。
毛利も普段は高圧的な態度をとっているが、不思議と長曾我部が相手だと子どもの喧嘩でも見ているような気持ちになる。毛利単品だと佐助絡みのことでどうしてもいけ好かなく思ってしまうが、この二人のやり取りは何故だか嫌いではなかった。……ただ、こうなるといつまで経っても話が進まないわけでして。


「でも確かに長曾我部が言う通り、今のペースじゃ来週までには揃わないと思う。私も何人かに声を掛けてはいるけど、それも限度があるし……」
「……仕方あるまい。明日までには我も手を打とう」
「だな」
「では役員決定後の方針だが――」


毛利が次の議題に入ろうと切り出した途端、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴る。結局また今日も全ての議題を消化することが出来なかった。また明日の昼休みもここか…と肩を落とす。ああもう、佐助に何て言おう。


「……一刻の猶予はない。今日の放課後、再びここへ集まれ」
「しゃーねえなあ」
「…え、」


落胆していたところで耳に留まった毛利の言葉に、ばっと顔を上げた。適当に書類を引っ掴みがたがたと椅子を引く長曾我部と、書類を机で揃えながら立ち上がる毛利がこちらを向く。


「んだァ、伊達。何かあんのか」
「あ、の……それって、今日じゃなきゃ駄目…なの」
「……何を言うか、当然であろう」


まだ課題は山積みぞ、と顰めっ面を作る毛利に、こちらの表情も固くなった。せめて帰りは一緒に、と言った佐助の顔が脳裏を過ぎる。ぎゅっと下唇を噛んだ。
……また私は、約束を破らなきゃいけないのか。


「……そ、か」
「…………」


微かに俯いて、引き攣った声のままで返事をした私に二人が顔を見合わせていたのを、私は知らない。




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