普通に生活する中で、何をどうしたって好きになれない人っていうのは残念ながら存在してしまう。それは相手に個性があって、私にも個性があって、たまたまその相性が悪くて逆に目に留まってしまっただけなのだと考えることにしていた。



隣のクラスの「猿飛佐助」という男は、その辺のコンビニで屯する不良と何ら変わらない外見で、あまつさえ誰々の彼女を寝取っただとか吹っ掛けられた喧嘩は三倍返しにするだとか、色々と物騒な噂の絶えない人物である。
反面、その人当たりの良さ故か奴は一見では多くの友人に囲まれた人気者、いわばムードメーカーのようなタイプで、彼の周りはいつだって騒がしい。だが少なくとも私の目には、奴が友人と思って接しているのはごく僅かに映っていた。

良くも悪くも影響力のある人だから私でさえも何となく知っていたし、話したことは一度たりともなかったけれど、それにしてもよく笑う男だなあとは思っていた。笑うというか、当たり障りなくとりあえず笑顔を振り撒いているだけのような気もするけれど。
そりゃあ、人付き合いに笑顔は不可欠だと思う。いつも仏頂面をぶら下げて正面を睨みつけている人より、柔和な表情を浮かべている人の方がお近付きになりやすい。まあ、つまりはそういうことなんだろう。
楽しくもないのに笑顔でいられるなんて、どんなに難しいことだろう。取り繕って生活するだなんて疲れないのかな。虚しくならないのかな。

今日も真田の傍らでへらへらと笑っているそいつを一瞥して、今後も関わることのありませんようにと欠伸をして机に伏せた。次の古典も予習は万全だ。




・・・




「ねえ、このあと空いてる?」
「ん? あーごめんね、先約があんだわ」
「またァ? 佐助くんってばいつもそれ」
「いやーもうホントにごめん! バイトも忙しくってさ」


ビシリ、と思わず動きを止めた。

一日の授業を終え、出された課題だけ詰め込んだ鞄を持った私は、いつものように下駄箱で靴を換えようとした。しかし、同じように帰途につく生徒のざわめきに紛れて妙にはっきりと聞こえた会話は、確かに私のクラスの下駄箱の方から聞こえた。
ぱちん! と顔の前で両手を合わせる猿飛佐助は申し訳なさそうに苦笑を浮かべて、むくれる女の子(あまり仲良くはないがクラスメイトだ)を見つめている。当の女の子は、ばちりと合った視線にわかりやすく動揺の色を浮かべたかと思うと、慌てたようにぷいっとそっぽを向いた。……はぁん、成る程。そういうことねえ。


「っま、前に大丈夫だって言ってたから期待してたのに……いつなら空いてるの?」
「ごめんって〜また空いた日教えるからさ、他にも誘って何か食べに行こーぜ」


こてん、と小首を傾げて提案する猿飛佐助に女の子は、しょうがないなあ…と諦めたように笑う。……物分かりの良い女の子を演じてるようだけど、その熱っぽい目はごまかしようがないぞ。
そのまま二人が二言三言交わすのを横目に、何となく後ろめたい気持ちに駆られて溜め息をついた。盗み聞きをするつもりなんてなかったけれど、聞こえてしまったんだから仕方ない。

うん、そうだ。仕方ない。

開き直った私は一つ深呼吸をして、如何にも今来たばかりのような顔で自分の下駄箱へ回り込む。私は何も聞いていない見ていない、ついでにあの娘の恋心にも気付いていない…っと。


「――あ、弘ちゃん!待ってたよ!」
「…………は?」


しかしそれまで履いていた校内シューズを仕舞い、代わりに出したローファーへ足を入れたその瞬間、それは起こった。
猿飛佐助の口から迷いもなく紡がれた名前が、正しく私のものだったのである。

思わず再び動きが止まる。狐に抓まれたかのような心地すらした。さっきまで女の顔で猿飛佐助を見つめていたクラスメイトが、え? え? と困惑したように私と奴の顔を見比べている。……いや、多分私も今おなじ顔をしている。


「あれ、もしかして覚えてない? ほら、この間の日曜日に約束しただろ〜駅前のケーキバイキング行こうってやつ。メール残ってるっしょ?」
「は? ……え?」


思わず、えっメール? と記憶を探ったが騙されてはいけない。そもそも話したことがないんだから、メールのやり取りなんか天地がひっくり返ってもある筈がないのだ。ていうか何でこいつ私の名前知ってんの。

けれどもそんな私を余所に、つかつかと確かな足取りで歩み寄ってくる猿飛佐助。いよいよこれはまずいと血の気が下りた。いや……それがもし本当の話だったとしても絶対に誰かと間違えてるって。私じゃないよ、気付けよ! もはや狐に抓まれている場合などではなかった。
何なの? 純粋に家へ帰りたいだけの生徒を困らせる遊びでも流行ってんの?


「うわいっけね、もうそんなに時間ないや。ほら行こう!」
「は!? いや、ちょっと…!」
「んじゃお先に! また明日なー」
「ば…ばいばい……」


ぱしりと掴まれた腕は、まるで拒否することを許さないかのように固く握られる。とても女の私がたやすく振り払えそうなそれではない。
……う、うわあ…後ろからすごい睨まれてる。絶対睨まれてる。

すべてが咄嗟であるあまり状況を把握しきれないまま、私は猿飛佐助によってそれはもう鮮やかに連行された。




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