初接触から既に数週間。気付くと視界の端っこでそわそわしている猿飛佐助に、そろそろ精神的な疲れが出始めていた。たまには一人にしてくれ…!と思わずぶん殴りたくなるほど、とにかく付き纏われている。お前はストーカーか何か。


「あの、弘ちゃん…今日弁当作ってきたんだけど、良かったら食べてよ」
「……え?…ああ、いいよ、持ってきたのあるし」
「っそ、…そっか」


途端、しゅんと垂れる耳と尻尾の幻覚。ぺたりと情けなくへたれたままのそれは起き上がることなく、そのまま猿飛佐助はよろよろと自分の教室へ戻っていく。あちこちの机にぶつかって被害を拡大させながら立ち去る背中には、妙な哀愁が漂っていた。
……ああ、もう。あーーーもう!


「……ねえ」
「…え?」
「アンタ自分の弁当は?」
「えー、と…これ、食べるかな」


これ、のときにさっき私へ差し出した弁当を少し持ち上げる。…はぁん、なるほど。ってことは、もし本当に私がこれを受け取っていたとしたら、きっと自分は購買で適当にパンか何かをを見繕ってくるつもりだったわけだ。
溜め息を一つ落とし、机の横に掛けておいた自分の弁当一式を手に取る。そのまま、ぽかんと佇んでいる猿飛佐助へずいと突き出した。


「…ん」
「へ」
「ん!」
「っえ、だって」
「良いから!弁当二つなんて食べ切れるわけないでしょ、だから今日だけ代わりにこれあげるって言ってんの」


量少ないかもしれないけどその辺は勘弁して、と付け足せば彼は数度瞬きを繰り返し、ふと口元を手の甲でぎゅっと押さえた。何かを耐えるような表情と、徐々に赤くなる耳。震えた瞼が一度は伏せられて、そして再び開く。


「っありが、と…!」


花の咲くような、無邪気な笑顔。たかだか弁当一つのために、よくぞこれだけ表情をコロコロと変えられるものだ。目を細めて、渡された弁当を受け取り自分のそれを差し出す。ちらりと盗み見た飴色は、確実に熱を帯びていた。


「あっそうだ、今日体育あるよね!俺様、弘ちゃんに認められるように頑張るよ!」
「あー、うん、まあ、頑張って……」


喜色満面になった猿飛佐助が、今度は飛び跳ねでもしそうな勢いで自分の教室に戻っていく。それを目で追いかけて、はあ、ともう一つ溜め息。手元に残った弁当を一瞥して頬杖を衝いた。はあ。また溜め息。


「かすがーぁ…」
「何だ急に」
「……なんかもう、わかんない」


…結局のところ、私は一体どうしたいんだろう。
ここ最近、猿飛佐助のことばかり考え過ぎたせいか寝不足に陥っていた。それでも答えは出て来なくて、代わりに出てくるのはどっちつかずの思いばかり。好きか嫌いか、そんな単純な二択でこんなに頭を悩ませる日が来るだなんて思いもしなかった。
何しろあんな告白をしてきてからずっと、猿飛佐助はあの調子なのだ。本人の言う通り、私がちゃんと答えを出すまでああして「待っている」つもりなんだろう。そして当然、私が彼を拒絶したとしたら彼は私へ近付かなくなるし、今のような関係も終わる。こうしてうだうだと悩む必要だってなくなるのだ。


「はあ……」
「…辛気臭い溜め息を吐くな、こっちまで湿っぽくなる」


それでも、なかなか答えが出せない。




◇ ◇ ◇





キュ、と体育館の床が甲高く鳴いた。くるりくるりとディフェンスを上手く抜き去り、圧倒的な実力とセンスで他の追随を許さない。そして完全にノーマークの状態で、鮮やかなシュート。綺麗な曲線を描いてボールはゴールへと吸い込まれていった。糸でもついてるみたいに正確なボール捌き。知識は乏しいけれど、跳んでからシュートを打つまでのあの一拍まで美しいのは私でもわかる。チームメイトや応援の歓声に苦笑を浮かべる様も……ああ、なんか憎たらしい。


「……佐助は中学時代、バスケ部だったからな。他よりは上手いと思うぞ」
「!ッな…べ、別に、あいつを見てたわけじゃ…!」
「ボールを目で追いかけていたら必然と視界に入ってくるだろう」


…でも、それは本当だと思う。猿飛佐助自身が自分からボールを奪いに行くことは少ないが、回されたボールは確実にゴールへと持っていく。そして的確なシュート。そのあまりに鮮やかな独壇場は、もはや経験者でなければ太刀打ちできないだろう。…あんなに上手いのに、何で高校では部活に入らなかったんだろう。勿体ない。

隣のクラスとの合同体育は、クラスではなく男女に分かれて競技を行っている。女子はバレーボールで、男子はバスケットボール。私とかすがはと言えば既に一つ試合を終えていて、今は他のチームがコートを使用していた。
私たちがいるスペースから少し離れたところで固まっている女の子たちも、男子のバスケを見物している。猿飛佐助がシュートを決めるたび、キャアと上がる小さな歓声。試合中の当人に話し掛けて、それに彼がへらっと笑って答えると彼女たちもくすくす可愛らしく笑った。


「……はあ、なるほど」
「? 何がだ」
「ありゃモテるわけだわ」
「…何をいきなり、年寄りじみたことを言い出すんだ」


三角にして抱えた膝の上で頬杖を衝きながらしみじみ呟く。ぎょっとしたらしいかすがから鋭いツッコミが入った。…そりゃあんなの見たら年寄り臭くもなります。


「嫌みなくらい完璧だよね。イケメンでスポーツ出来て人当たりも良くて……きっと彼氏にしたら誰にだって自慢したくなるんだろうな、周りだってきっと羨ましがる」
「……ふぅん、成る程な」
「?…何が」
「嫉妬だろ、嫉妬」


ニヤついたかすがが放った一言に、ふと思考が停止した。
しっと、って……嫉妬?


「……ッな、に、バカなこと言って…!!」
「まあそう照れるな」
「ちっがう!アンタがわけわかんないこと言うから…っ」

「―――弘ちゃん!!!」


未だにニヤニヤしているかすがに居た堪れなくなり食ってかかっていると、もう何度となく聞いた声に名前を呼ばれた。それもこれ以上にないくらい、大声で。
更に笑みを深くしたかすがに嫌な予感がしつつ、まるでお化けでも見るかのように恐る恐る振り返る。いつの間に試合が終わったのか、体育館を半分に仕切ったネットの向こう側で、爽やかに汗を拭いながら猿飛佐助が笑った。


「俺が得点入れたとこ、見てた!?」
「、は……」


キラキラと、期待に満ちた瞳。さっきまでの当たり障りない笑顔とは違い、例えばそれはもう完全に心を許してしまった相手に向けるような、自然な表情。
周りにいた男子がヒューヒューと甲高い声で煽って、それを猿飛佐助が照れ臭そうに蹴散らす。うず…と心臓がむず痒くなって、あ、とかう、とか言葉にならない声が落ちた。わなわなと唇が震えるのがわかる。な、何この羞恥プレイ…!


「…っし、知らない!!」
「え!?」


う、嘘だろ…!と膝から崩れた猿飛佐助から、そんなもん知るか!とばかりにぷいと顔を逸らす。遂には肩を震わせて笑い出したかすがの背中を軽く叩いて、思わず自分の頬に手を宛てた。妙に火照っていて、まるで熱でもあるみたいだ。




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