「佐助」


クラスこそ違うが、普段から登下校も含めて休み時間も昼休みも常に一緒である(というか、ほぼ俺が付き纏っている)自分達。にも飽き足らず、休みの日すら彼女の家に押しかけてまで一緒にいようとする俺は、相当彼女に依存しているらしい。
それでも気味悪がったり距離を置こうとしない彼女の隣は、俺が唯一安息出来る場所だ。

そんな幸せを噛み締めながら、一度部屋を出た彼女を勝手にベッドへ寝転が(構ってもらえるからわざとやってる)って待っていると、戻って来た彼女がドアを開け様に俺の名前を呼んだ。それだけで嬉しいと思うなんて、まるで俺は犬のよう。ああでも、彼女の犬なら本望かもしれない。


「んー?」
「これ。あげる」


ぽん、と放り投げられて慌ててキャッチしたのは、小綺麗に包装された小さめの箱。何だコレ。未だドアのところにいる彼女に視線を向けると、何故か向こうもきょとんとしていた。


「……何、コレ」
「え、本気? 本気でわかんないの?」


目を丸くした彼女の言葉を理解しかねて小首を傾げる。今日は俺の誕生日でもないし、かと言って何かの記念日という訳でも……


「……あ、」
「思い出した?」


今日バレンタインだよ、と。そう告げた彼女の表情は、びっくりするくらい真顔だった。









「まさか佐助がバレンタインを忘れてたとはねー…」
「ご、ごめん」


まあ別に良いんだけど、と肩を竦めた彼女は俺が寝転がってるベッドに背を預けて座り、ぱらりと雑誌を開いた(か、構ってくれなかった……)。
俺だって、忘れていた自分が情けない。このところずっと彼女にお熱で「毎日が記念日」みたいな気分だったから、バレンタインなんて行事はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。


「どうしよう。俺様何も用意してない」
「は? 何言ってんの」


手元の雑誌から視線を外してこちらへ向ける。アンタまで何か用意してたら私の格好がつかないじゃん、と俺の言葉を軽快に笑い飛ばした彼女はまた顔の位置を戻した。


「世の中にはホワイトデーってもんがあるでしょ」
「そうだけど……」


何か、平等じゃない。
理屈に欠けるけど、そんなことよりももっと大切な“気持ち”の面の問題。彼女と平等でいたいからこそ生まれる“気持ち”。


「……んなこと言ったら、世間一般のカップルなんか皆平等じゃないじゃん」


遂に彼女は雑誌を置いて俺にしっかり向き直った。何だか雑誌相手に勝ったようで、子供みたいに優越感を覚える。


「俺様はどっちかが一方的に与えるような関係よりも、与え合う関係がいーの」
「“与え合う”…ねえ…」


彼女に触れたくて手を伸ばすと、同じように手が伸びてきて指同士が絡まる。嬉しくなって、ふふ、と小さく笑い声が零れた。こんな些細なことすら愛おしく感じるなんて、彼女といる時くらいだ。


「……じゃあ、さ」
「うん?」
「そんなに言うなら、何か頂戴」


悪戯っぽく微笑まれて、思わず思考が止まる。“何か”って言われても、今俺は何も持ち合わせていない。彼女に会えるという幸福感からバレンタインなんてものをすっからかんに忘れていた俺は、何も持たずこの身一つで今日彼女の家へ来ていたのだ。


「えー…何が良い?」
「何でも。佐助がくれるものなら、何でも良い」


希望を尋ねても、一番困る返答が返ってきた。けど、何をあげるにしても一度彼女の家を出なければならない。折角まったりしてるのに、それも何か嫌だなあと思ってしまう。でも彼女には何か贈りたい。嗚呼矛盾。
そのままぐるぐると考え込んでいると、くい、と絡まったままの手が小さく引っ張られた。宙に泳がせていた視線を彼女に合わせると、物欲しそうな上目遣いとぶつかる。途端、体の中の血液が逆流したような感覚に襲われた。


何、それ。誘ってんの。


「……ね、ホントに何でも良いの?」
「んー? うん」
「…じゃあとびっきり甘いの、あげようか」


滲んだ下心に、ごくり、と生唾を飲み込む。一度はぽかんとしたものの、すぐに俺の言っている意図を読み取ったのか彼女はくすりと笑った。つられて一緒に笑みを零す。ああもう、ホント俺幸せだ。

上半身を持ち上げて、ゆっくりと近寄る。繋がっていない方の手を彼女の項に添えた。一瞬だけ、彼女の長い睫毛がふるりと揺れる。


「…佐助」
「なーに、今更待ったはなしよ」
「違う。――ありがと、ね」
「、は…」


鼻と鼻が擦れ合うくらいの間隔。とろけるような優しい表情で、何故か突然感謝の言葉を投げかけられる。全く身に覚えがない。怪訝に思って、今まさに押し付けようとしていた唇から言葉を紡いだ。


「どしたの、いきなり」
「んー…何となく」
「……何それ」
「ううん、ホント何となくね、」


こうして佐助と一緒にいられることって、凄く幸せなんだなって改めて思ったから。

その言葉一つ一つを形作る唇に、釘付けになった。同時に込み上げてくる嬉しさと愛しさ。
嗚呼、何て俺は幸せなんだろう。
何て俺は恵まれているんだろう。

何て、俺は、


(――この人に、愛されてるんだろう)


絶対に手放したくないと思った。“重い”と言われても構わないから、ずっと一緒にいさせて欲しい。ずっと隣で、息をしていたい。生きていたい。


「……俺も、すっげえ幸せ、」


そっと彼女の名前を呟いてから、緩く弧を描いたその唇の端に口付けを落とす。ふわり、彼女の心地良い香りが鼻を掠めた。




傍にいられる幸せ

(チョコレートの前に、)

(まずは君からいただきます)



―――――
100214
再掲120623
前々サイトの拍手ログなので名前変換はありませんでした。




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