(if・もし紙一重シリーズの時代設定が戦国だったら)



「姫さァァんあんたの猿飛佐助が来たよォォ今日も愛してるゥゥ!!」
「また来やがったのか欝陶しいぞテメェ!! 忍ならせめてそれらしく忍んで来やがれ!! つーか用もねえくせにいちいち姉貴のところに来んな!!」

「……またか」


夕暮れ時の米沢城。突如響き渡る騒々しい叫び声が静寂を裂いた。俺はと言えば絶賛執務の真っ最中であったが、その間抜けなやり取りが聞こえたせいか一挙に疲れが湧き上がる。深く溜め息を落とし、紙に黒々と点を付けた筆を置いた。こりゃまたやり直しだ。

ずるりと体を引きずって、縁側へと続く障子を開く。どうやら某武田の忍は例に漏れず、正面から堂々と襲撃してきたらしい。正門では忍のいつもより三割増ほど情けない声と成実の罵声が飛び交っているらしく、その様子は城内にも筒抜けであった。
十日に一度は必ずこんなことをしているのだから城の者もいい加減慣れたようで、そこらを歩く野郎共の表情も随分と涼しいもんである。まあ何にせよ、喧しいと言ったらないのだが。


「また来たの、あれ」
「……お前のせいだろうが、あれ」


外へ上半身だけ出して寝そべっていると、背後から掛けられた呆れ返ったような声。振り返りながら相手の責任を問うと、頼んでる訳じゃないもの、と成実の姉であり、あの忍がわざわざ甲斐から出向いて来る理由であるその人物が肩を竦めた。


「政宗、行儀悪い」
「Shut up. 小十郎に見付かる前には引っ込む」
「……それにしても武田は暇なのね。特別近い訳でも何でもない奥州まで忍を遣れるんだから」
「まァ、少なくとも今は平和だからな」


このところどこも休戦状態で、日ノ本中はつかの間の平穏を漂わせていた。また少し経てばあちこちで戦が始まるだろうが、今はといえば平和そのものである。


「まあ、何でもいいけど。じゃあね」
「……ああ」


それだけ告げてさっと踵を返した彼女の後ろ姿は何を考えているかわからず、それでいて凜としていた。俺もいい加減部屋に戻らないと小十郎に見付かるだろう、あいつの小言は勘弁だ。
そっと障子を閉めて節の部分に額を置く。また一つだけ、深く溜め息を零した。


見て見ぬ振りも、つらいな。









「姫さーん」


不意にがたりと外れた天井の板。ひょこりと頭を出したのは現在も尚、正門にて成実と言い合っている筈の甲斐から来た忍。恐らく向こうは、また分身に任せて来たのだろう。


「あのねえ……」
「だーい丈夫! 誰にも会わなかったから安心しろって」
「…だから、もう少し静かに、」
「あは、ごめーん」


でれでれと顔面を崩壊させた彼は音もなく畳の上に降り立った。こういったところは確かに忍らしい。が、流石に毎度まいど正門から堂々と来るのはどうかと思う。


「はああん久々に姫さんの匂い…!」
「気持ち悪い。…大体、十日も経ってないのに久々も何もないでしょうが」
「やだ姫さんたら覚えてんの!? もしかして何だかんだ俺様に会うの楽しみ!?」
「煩いったら。あと鼻息が荒い」


まあまあそう言わずに、なんて緩んだ表情を隠しもせずに彼は私の目の前までとつとつとやって来る。そうしてひょいと屈んだかと思うと、あろうことか座っていた私を軽々持ち上げ、胡座をかいた自分の膝の上へ乗せてしまった。
咄嗟に逃亡を謀るが、見越したように腰へがっちりと腕を回され未遂に終わる。じろりと睨むがどこ吹く風、彼は大層大事そうに私を抱え込んだ。


「…ちょっと、」
「ふふ、姫さんの匂いがする」
「……変態」
「何とでもー」


ぎゅうと抱きしめられて、まるで甘えた犬のように首筋へ鼻先が押し付けられる。こうなってしまえばもうこの男は離れない。またこれ以上抵抗する理由をわざわざ考えるのも面倒になり、諦めて彼の首回りに腕を回してしまった。結局のところ、私も彼には甘いのだ。


「ふふ……ね、姫さん」
「何」
「姫さんあったかいねえ」
「……あんたも、十分あったかいよ」
「えへー」


だらしの無い嬉しそうな声と共に、更に腕の力が強まった。必然的に一層狭まる互いの距離。彼の装着している鉢金がこめかみにぶつかる。とくり、とくり、二つの鼓動が重なり、静かな部屋を満たした。


「あーあ、こんなことしてたら帰りたくなくなるよなー」
「…………」
「またしばらく来れないし」
「…………」
「今の内に姫さん補給しとかなきゃなー」
「………ねえ、」


んー、なあに、とすぐに返ってくる返事。あまりに優しい声音だったから、思わず涙が滲みそうになる。必死で堪えた。

ねえ、言わなきゃいけないことがあるの。


「………」
「姫さん?」
「……っ…」
「…どうした?」

「…私ね、余所に嫁ぐの」


彼の体が硬直した気がした。


「……それは、」
「伊達と徳川が同盟を組んだでしょう。その確固たる盟約として、徳川の大将に」
「……嘘だろ、いつ…」
「三日後」
「っ、な」


体が引き離されて肩を掴まれた。急過ぎるだろ!と語勢を強める彼の視線は、今までと比べると随分真剣だ。いつもそうしてれば良いのに、勿体ない。


「……別に、急じゃない」
「っ…何?」
「ひと月前から、内々で決められていたことだもの」
「…っなん、で、」


言わなかったんだ、と。きつく肩を掴んだ手が離れて、今度はするりと髪を梳いた。慈しむようなその柔らかな動作に、心の臓の奥が捻られたように痛む。
忍なら、私の嫁ぎ先を調べることも容易いだろうに。それをしなかったのは、きっと。

――― 嗚呼、嫌だ。
気付くべきではなかったのに。


「……言ったら、」
「…………」
「佐助、来なくなるでしょう」


震えた声は隠せなかった。俯いたせいで彼の顔は見えない。空は静かに夜闇が迫っていた。

堰を切ったように溢れ出した私の涙に気付いたかそれとも別の理由か、はたまた両方か。彼は再び私を引き寄せた。彼が纏う迷彩に私の涙が滲む。


「姫、さん」
「……うん、」
「今さ、初めて俺の名前呼んだね」
「…………ん、」
「……最後、って、ことかな」


思いの外、彼はずっと穏やかな声音だった。ただ、身を引き裂かれるような苦しさに、最後の問いだけは答えることが出来なかった。


「……姫さん、」
「…っ…、ん」
「何であんたは姫さんで、俺は忍なんだろうな」
「………っ…」


そんなの、知らないよ。


「姫さんの身分がもうちょっと低くて、俺がもうちょっと偉かったら、少しは違ってたのかな」


最初で最後の口付けは、どちらから先に離れただろうか。




忍ばずに堂々

(どうか来世こそは、)


―――――
120616
以前、企画に提出させていただいたお話でした。(※現在そちらは閉鎖されています)




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