「“入れ代わった”、だァ?」


伊達が素っ頓狂な声をあげた。それもその筈、目の前で正座しているこのバカップルいわく、「中身が入れ代わった」らしい。原因も不明だそうだ。


「何でまた……」
「そんなんこっちが知りたい……」
「一番つらいのは弘とイチャイチャできないことだよねえ」
「ねえあのさそれ私の体だからあんまり変なこと言わないでくれないかな」


弘――もとい佐助が「だって俺様弘とイチャイチャするために生きてんだもーん」と体をくねらすと、佐助の姿の弘が虚ろな表情で「いっそぶん殴りてえ…」と普段の佐助ならば絶対に口走らないような台詞を吐いた。荒れてるな…弘の奴…。


「……ということは要するに、さっき俺に目潰しをかましてきたのは猿、と」
「ほう、ならば俺に四の字固めをくらわせてきたのも佐助か」
「………私の、む、胸を掴んだのも貴様か」
「ねえちょっと待って、何で皆してこっちににじり寄って来るわけ!?」


ゆらりと佐助の方に一歩踏み出せば、今佐助じゃないから!私だから…!!と青ざめた顔で奴が両手を振った。……ああ、そうか。今は弘なのか。ええい、全く以ってややこしい。


「ならばこちらか、」
「待ってええそれ私の体だからフルボッコとかまじヤメテエエエ!!」


真田が弘の胸倉を掴むが佐助が慌てて身を乗り出す。……何だか混乱してきた。要するに今、弘が佐助で佐助が弘なのだ。本人達からすれば、まさに“俺があいつであいつが俺で”といった状況だろうか。


「そもそも原因は何なんだ」
「だから知らないったら…!」


弘(外見は佐助)が泣きそうに澱んだ視線を床に流す。確かにこの様子からして、戻れたらとっくに戻っている筈だろう。


「そういえば昨晩、佐助は弘殿の自宅に泊まっていたな。それとは何か関係性はないのか?」
「へえ……よく成実が許したな」
「成実はもう諦めてるようなもんだし」

「………そういえば…」


しばらく黙り込んでいた佐助(外見は弘)がぽそりと呟いた。全員の視線が佐助に集まる。


「……昨日の夜、弘が寝た後にどうしてもちゅーしたくなって、寝てる弘にちゅーしちゃったかもしれない」


間。


「っはァア!? 何それ初耳なんですけど!?」
「だっ…だって弘に言ったら怒るだろ!」
「当たり前だわ!! 何アンタ人の寝込み襲ってんの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「襲ってない!! ちゅーだけ!!」
「私の顔で“ちゅー”とか言うな鳥肌が立つ!!」

「……じゃあ、もう一度kissしたらどうだ」


伊達がぽつりと吐いた一言に、二人の動きがギシリと止まった。片やぽっと頬を染め、片やギギギと効果音のつきそうなほど恐る恐る伊達を振り返る。


「本当にそうなら、もう一度やってみりゃわかることだろうが」
「あ、あのさ政宗、自分の言ってることわかってんの…?」
「Of course. だから早く戻ってさっさと猿を殴らせな」
「お前……それが目的か…!」


弘が頬を引き攣らせながら伊達を睨み付ける。しかし伊達が“さっさとやれ”と頭を佐助の方に回したことで、より一層その表情が引き攣った。


「そうだよな……いくら見た目が俺様でも中身は弘なんだもんな、ちゅーしても結局はお互いの体なんだし……ッよし!」
「なに気合い入れてんだおいやめろ」
「弘! いつでもいいよ!」
「人の話を聞けェ!!」


しかし既に暴走を開始した佐助は止まらない。
一気に距離を詰め、自分が弘の体なのを良いことに佐助の姿である弘の首に腕を回し、耳元で何やら囁く。誘われている張本人はこちらへ助けを求める視線を送ってくるが、一斉に顔を逸らした。何でも良い、やるなら早くしてくれ。


「ねえ、ちゅーしよ?」
「ッだから私の体で…、っあああもうわかったよ後で覚えとけ!!」


叫び声が聞こえて、部外者三人は同時に溜め息をつく。ちらりと視線だけ向けると、端から見れば照れた佐助が弘にキスをしているような、特別何でもない光景だった。









「……という夢を見た」
「夢オチかよ!!」


鋭くツッコミが炸裂した。

昼休み、私と佐助が揃ったところで「そういえば……」と何やら思い出したらしいかすが。実に不気味だった、と真顔で私に告げる彼女だが、不気味も何もお前が見た夢だろうという話である。


「…じゃあ、私は謙信様のところに行ってくる」
「はいはい行ってらっしゃい」


投げやりでしっしと手を振ると、かすがは肩を竦めて教室を出て行った。……本当にとんでもない爆弾を落として行きやがったなあいつ。


「入れ代わり、とか……なんてベタな」
「つーか人の夢の中でもちゅーしてんのね、俺ら」
「……なんかそれやだな」


えー何でーと楽しそうに纏わり付いてくる佐助とは裏腹に、私は恥ずかしさでいっぱいだ。そりゃ確かに、つい周りが見えなくなっちゃうこともあるけれど。ありますけれど。
……ああ、もう、本当に。なんて夢を見てくれたんだ、かすが。


「……弘、」
「なに」
「ホントに入れ代わるか、やってみる?」
「はあ?」


何をまた阿呆なことを……と彼を見上げようとして、固まる。いつの間にかぐっと寄せられていた顔にいつもの無邪気さはなく、甘ったるい男の表情。ぎょっと体を強張らせた私に、佐助がへらりと笑った。


「ね、だから、ちゅーさしてよ」


笑うように囁いた声に本気を垣間見て、吹き掛けられた吐息に熱を感じたのは、どうやら気のせいではないらしい。



紙一重な夢現

(まあ、要するに、)

(ちゅーする理由が欲しいだけ、っていうか?)



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120522
前の前のサイトでリクエストしていただいたネタ。




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