どうにか靴を脱がせ、やっとの思いでリビングまで引きずる。その間中もずっと千鳥足だった佐助は、やはり相当酔っ払っているようだった。


「佐助、水」
「………んふ」


なんで今笑ったの……。
完全に正常を保っていない佐助に鳥肌を立てつつも、スーツのままじゃ辛かろうと一先ずボタンに手を掛ける。しかし酔っ払い相手にこれは自殺行為だったらしい。


「も〜、弘ったら、大胆…!」
「……酔っ払いは大人しく寝てなさい」
「あは、俺様いつでも大歓迎〜」
「ああもういいわかったお前なんか一生スーツでいろ!!」


最終的には面倒臭くなり、気持ちの高ぶるままに奴の頬を張って床に転がした。それでもやっぱりにやにやとだらし無く笑ったままの佐助。揚げ句の果てには“弘のビンタ〜”なんてやたら幸せそうである。……何なの、馬鹿じゃないのこいつ。


「……はあ」


酔っ払いの面倒なんて看たことがないんだから、何をどうすれば良いのか全然わからない。お父さんはあまりお酒は嗜まない人だったし、成実はお酒は強い方だ。ちなみにお母さんも。
そんな訳だから、とりあえず水を与えておけば良いのだろうか……くらいの認識しかないのだ。それともこのまま寝かせておいてもいいのか。わからん。


「……佐助、立って。せめてソファ行って」
「んへぇー…」
「んへーじゃなくて、ほら、」
「抱っこ〜」
「無理、私が潰れる」


駄々をこねる佐助をどうにか立たせ、勢いのままどさりとソファに投げた。そのまま沈黙する佐助。寝たか。それとも死んだか。……いや、流石に死んではいないだろうけど。

一先ず水はソファの近くのテーブルに置き、使っていない毛布を引っ張り出して来て彼の上に掛けた。あとは……


「(バケツか何か、か……)」


出来ればあって欲しくないが、ここまで泥酔しているのだから彼がリバースする可能性だってないとは言い切れない。用意しておくに越したことはないだろう。
いつも掃除する時に使っているバケツで良いか、と風呂場へ向かう。が、何故か見つからない。……あれ、何処に置いたっけ。

少し考えて、そういえば窓掃除でベランダに持って行ってそのままだったかもしれない、と思い出す。カーテンを開けてベランダを覗くと、やっぱり放置されたままのバケツ。……ごめん、バケツ。言い訳はしない。
そうしてベランダへ出ようとした時、何かに後ろから抱き込まれた。ふわりと香るアルコールの匂い。


「ごめんね、」


さっきまでべろべろになって床に転がっていた人のものと同じようにはとても聞こえない、はっきりとした発音でその人は呟く。うなじにかかる息がくすぐったい。


「……酔ってたんじゃ、なかったの」
「ごめん。全部演技」
「………真田も?」
「多分ね。旦那は空気読んでくれたんだと思う」


俺様が酔う訳ないじゃん、とおどけるように笑った佐助。やっと納得した。道理で真田の奴、随分しっかりとした足取りだった訳だ。佐助より酒が弱い筈なのにおかしいとは思ったけれど。どうやら詰めが甘かったらしい。


「ごめん。……どうしても弘に逢いたくて」
「いいよ、わかったから」
「……弘」
「ん」
「………弘…、弘」


ぎゅうぎゅうと加減なく締め付けてくる腕に、流石に骨は悲鳴をあげる。痛い、と素振りで訴えるが、緩まる気配はない。


「寂し、かった」
「うん」
「ずっと、逢いたかった、けど……仕事、途中で投げ出して逢いに行っても、弘は笑ってくれないと思って、」
「……うん」
「だから早く終わらせて、そんで……それから、弘に逢おうって」
「………ん、」


震えている腕は、何かを我慢しているようで。するりと擦れるうなじと額。やっと終わったんだ、と何とも言えない声でか細く呟いた彼が、ひどく愛しく思えた。


「佐助」
「…うん」
「お疲れさま、よく頑張ったね」
「っ……ぅ、ん」


腕の中で向きを変えると、迷うことなく彼の背中へと腕を回す。ひたひたと絶えず肩を濡らす雫は冷たいけれど、不思議と嫌ではなかった。


「おれのこと、呆れた?」
「ちょっとね」
「……ごめん」
「いいの、嬉しい」


ぐすん、ぐすん、と鼻を鳴らす佐助は、更に甘えるように私の体を抱え込む。私からも擦り寄れば、お酒の匂いに遠く紛れて佐助自身の優しい匂いがした。


「……弘」
「うん?」


名前を呼ばれてすぐ、恐る恐る窺うように重ねられた唇。思わずこっそりと笑った。器用に絡まってくる舌を甘受しながらも、意思とは反して私の指先は彼のスーツの裾を掴む。皺になるかもしれないのに、どうしても離せない。


――― あ、やばいかも


鼻を掠めるアルコールの香り。ゆっくりと衣服の下まで伸びる佐助の手、懇願するように彼の首へと回る私の腕。
それから、溶け合って離れない唇。

ごめん、真田。今夜はちゃんと休めないかもしれない。




紙一重な一夜

(こうなることを)

(期待していたのは、誰?)



―――――
120418




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