――― パチンッ


「「え、」」


急に部屋が明るくなった。どうやら発電所はもう復旧したようで、再び電気を送り出したらしい。思いの外早かった。

しかし目の前には、それまで乗り気だったのに電気が点いたことによってすっかり興の削がれた表情をした佐助。ブウンと音をたてながら電源の入ったヒーターの風が、火照った頬に当たる。


「あ……えー、と」
「……ッ」


このバカ!!!早く離せ!!!
そんな意味を込めて繰り出した平手は、僅かもブレることなく佐助の綺麗な頬にクリーンヒットした。いってェ!と悲鳴をあげた佐助は、第二弾が飛ぶ前に慌ててその手を退ける。それはそれは忍者もびっくりの素早さで。

放心してもおかしくない状態から無理矢理に意識を立て直した私は、いつの間にか外されていた下着のホックを黙って留め直す。降りた沈黙は非常に重く、そして気まずい。


「…………ご飯、温めなおしてくる」
「え…あ、はい…」


結局そのまま、これ以上佐助の顔を見ることの出来なくなった私はテーブルの上の皿を幾つか手に持つと、逃げるようにキッチンへと駆け込んだ。









電子レンジの前でぼんやり待っていると、リビングの方からちゃかちゃかと軽快な音楽が聞こえてくる。こっそり物陰から覗いてみると、ちょうど佐助が些か難しい顔で携帯を開いたところだった。


「もしもし、旦那? ……ああうん、ごめん今家にいない。何かあった?」


彼が“旦那”と呼ぶ相手は一人しかいない。真田である。奇しくも同い年で元同居人である真田が、今の佐助の上司なんだそうだ。
それにしても真田から電話だなんて、もしかして仕事関係の電話だろうか。まさかとは思うけど、これから呼び出しとか……?


「え? あーいや、いいよそんな……うん? ………ああ、まあ」


何やら面倒くさそうに眉を顰めたかと思えば、次の瞬間ひどく照れ始めてもごもごと言葉を濁す佐助。何の話をしてるのか、皆目検討もつかない。一仕事終えた電子レンジの中を取り替えて、もう一度スイッチを押しながら耳を済ませる。


「はいはい、じゃあ有り難く……え? ああうんそうだよ。言っとくけどアンタのせいで……はあ!? ちょっと旦那、アンタ何言って、………切れた」
「……真田、何だって?」
「うん………クリスマス、少しだけなら仕事早く上がって良いって」


お前が弘殿と未だ続いていたことをすっかり忘れていた、だってさ。酷いよな。そう笑った佐助に何と返せば良いかわからず、ふうん、とおざなりに返す。まだ少し、私の目線は泳いでいた。


「……ね、怒ってる?」
「何が?」
「や……だって、さっきから口数少ないし」


ごめん。さっきはちょっと、調子に乗っちゃった。
ばつの悪そうな飴色がこちらを見上げていて、それが何だか自分が大人げのない人間に思えてくる。漂っていた視線をようやく落ち着けて、恐る恐るこちらの様子を窺っている見慣れた顔に溜め息を落とした。


「別に、怒ってるわけじゃ…」
「ほんとに?」
「……ただちょっと、どういう顔すればいいのかわかんなくて」


あんな風に迫られて、おまけに未遂で終わって。そのすぐ後に普通の顔して接するなんて、残念ながら今の私には出来そうにない。徐々に俯きつつ、世の中のカップルって凄いんだな……と今更ながらに舌を巻いた。


「……弘、ちょっと、ここ来て」
「っえ、やだ」
「ごめんって、もう何もしないから」


くすくすと苦笑を零してこちらに手招きする佐助。先程のことも含めて様々な前科に警戒していると、焦れたらしい彼が素早く手を伸ばしてきた。私の手首を掴んだ指先はついさっきまではひんやりしていたのに、もう幾らか熱を持って心地良い温度になっている。
そのまま彼の膝に座らさせられるが、当の私は半ば腰が引けていた。しかし言葉通りもう変な気を起こすつもりはないのか、佐助はただ大人しく私の髪の毛をいじっている。


「クリスマスの日、俺ん家で待っててよ」
「……夕飯作れってこと?」
「ん? んー、まあ、平たく言っちまえばそうなんだけど……」
「?」


はっきりしない口調に小首を傾げると、一度佐助は視線を泳がせる。再びぱっと目が合った時、彼は俄かに頬を染めながら幸せそうに両の目を細めて笑った。


「クリスマスだからって別に、豪華じゃなくたって良いんだ。だからお前の自慢料理でも作って俺の帰り待ってて、ってこと」


ね、良いでしょ?とばかりに可愛らしい素振り。私の二の腕辺りにこてん、と預けられた頭の主はすっかり甘えきった顔をしている。それはまるで、私が断らないと確信しているかのような、自信の満ちた幸せそうな表情。


「……はあ」
「え、なんで溜め息……って、ひあああだだだだ! あんで!?」
「ったく……ばぁか、」


狡い男になったと思ったら、急に子犬みたいなあどけない視線を寄越す。これが所謂「両刀遣い」ってやつなのか、相変わらずわけのわからない男だ。
ニキビ跡の一つもない綺麗な頬っぺたを、ここぞとばかりに勢いよく抓る。目尻に小さく涙を浮かべながら悲鳴をあげた彼にこっそり笑って、寝室の机の中に隠してある少し早めのクリスマスプレゼントに思いを馳せた。




紙一重な聖夜

(あ、お返しはクリスマスの日に期待して待ってるね)


―――――
120407
ヒロインが何を贈るのかはお好きに想像してください。(丸投げ)
そしてクリスマス当日は「お帰りなさい! ご飯にする? お風呂にする? それとも……」ってやらされるフラグ。




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