「ど、同棲…?」


二人してソファへ腰を下ろし、カップに注いだ珈琲を啜りながら寛ぐ。不意に絡められた指が、こちらの気を引くように握られた。隣を仰ぐと、それはそれは嬉しそうに表情を綻ばせている。……男の人にこう言うのってあまり相応しくないかもしれないけど、やっぱり可愛いんだよなあ。今更ながらに照れ臭くなって、顔を隠すようにして彼の肩口へと頭を預けた。

そんな甘ったるい雰囲気の中で唐突に切り出されたのは、私の動きを止めてしまうには十分すぎるそれ。挙動不審で尋ね返した私に、そ、と短く答えて目を優しく細める佐助。どうもこれは冗談を言っている風ではない。
久々に顔を合わせて一体何を言い出すかと思えば、それは同棲の提案だった。


「……本気?」
「本気も本気、冗談でこんなこと言わないって」


思わず間抜けに、ぽかりと瞬きをする。同棲。つまり、一緒に住む。私と、佐助が。
考えたことがなかったわけじゃないが、言葉にしたところでいまいち現実味がない。困惑する私とは裏腹に、甘えたような素振りで佐助がこてんと頭を傾げた。


「ね、どう?」
「……え、と…」


佐助が言いたいことは、まあ何となくわかる。物理的な距離が出来た今、学生の頃とは違ってそう気軽に会うことは出来ない。私だって今日は、電話を貰ったその時からずっとそわそわしていたくらいだ。

でも逆に、滅多に会えないからこそ会えると話がまとまった時は、いくら大変だったってそれを支えに頑張れる部分もある。昨日だって本当は面倒だったけれど、明日は佐助と会えるから…と自分を励ましてつまらない上に為になるかもわからないゼミを受講している。こういう、彼の存在自体が私の生活の支えになることだって少なくはないのだ。
一緒に住めるというのは、確かに嬉しいけれど。それだけに負担も大きいのが事実。寂しさは私も感じている、それも事実。だけど大切にしたいのに、それを蔑ろにする羽目にでもなったら、後悔するのは私自身なのだ。


「……佐助、」
「ん?」
「あの…ごめん、嫌じゃあ、ないんだけど……」


断腸の思い、というのはこのことなのかと、のろのろと口を開きながら佐助の肩に頬を寄せる。絡めた指先に視線を釘付けて、恐らくじっと耳を傾けているであろう彼を想った。


「佐助がそう言ってくれて、すごく嬉しい。私だって、出来ることならって、それを考えなかったわけじゃないよ。……でもね、」


やっぱり、私が大学卒業するまで、それ、待っててくれないかな。
断りたくなんかないけれど、不器用な私は佐助と学校の二つを同時に大切することなんて出来ない。どちらも大切にしたいからこそ出した、精一杯の答えだった。

佐助は、暫く黙り込んだ後にホッとしたように小さく笑った。思わず顔を上げると、思っていたよりもずっと優しい飴色とかちあう。


「うん、やっぱりね。弘ならそう言うと思ってたよ」
「ごめん、あの…」
「いいんだ、一か八かだったし。……そうだなあ、俺もきっと、弘がいたら色んな意味で甘えちまうだろうな」


縋るように指を絡めた私に苦笑を零すと佐助は、まるで子どもでもあやすみたいに私の額へ軽く唇を押し付けた。するり、距離が縮まってそのまま抱きすくめられる。首筋をなぞる鼻先がくすぐったくて身じろぐと、くすくすと楽しげに笑う彼の腕に力が篭った。

佐助の背中に恐る恐る腕を回しながら、ふと思う。何となく気付いてはいたけれど、高校の頃より彼はずっと背が伸びた。体格だって良くなったし、顔付きもひどく精悍なものになった。たまに二人で街中を歩くと、私といるのにも関わらず女の子達からの視線を一身に受けている。ああいうときの居た堪れなさは尋常ではないし、何より自分に自信をなくした。
佐助が私を大事にしてくれているのはわかる。だけど、本当に私はこの場所に居座っていても良いんだろうか。卒業するまで待って、だなんて重くないだろうか。もう何度も自問自答を繰り返してきたことだし、佐助に「なに馬鹿なこと言ってんの」と渋い顔をされたこともある。それでも消せない不安が、暗雲のように胸に広がっていく。今はただ、私を抱えるぬくもりと匂いに甘えることしかできなかった。

しばらく落ちた沈黙の後、甘ったるい声に名前を呼ばれて、緩慢な動作で視線を動かす。眼前に迫る佐助の端正な顔が穏やかに笑った。


「じゃあさ、」
「……うん?」
「結婚を前提に、前向きに考えてくれてるって思っていい?」


……今、彼は何と言っただろうか。


「え…」
「あれ、違う?」
「へ、いや…違わ、な……え?」


ぽかん、と瞬きを繰り返す私にぐっと佐助が近付いて、瞼に掠めるようなキスを寄越した。尚も固まる私が状況を理解しきる前にもう一度、今度はしっとりと唇同士が触れ合う。重なるだけのそれが離れた途端、なんて顔してんの、と彼が笑った。


「や、まあね。弘が嫌だって言ったって、俺様の隣はもう弘にしか務まらないわけなんだけど。一応、確認っていうか?」
「な、に…それ…っ」


ぼろり、雫が落ちた。何で、どうしてこうも、私が密かに欲しがっている言葉ばかりくれるんだろう。

えっちょっと、何で泣くの!? と焦ったように私を宥めすかす彼には、きっと何もかもがお見通しなのだと。涙でぐちゃぐちゃになりながらしがみついて、今度は私から彼にキスを送った。




紙一重な約束

(それは、小指じゃなくて唇で結んだ、)


―――――
120316
修正120406




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