腹拵えを済ませたところで、再び人混みの中に足を踏み出した。

行き交う人の笑い声だとか、小さい子供のあどけない笑顔だとか。とにかく賑やかで、久々にわくわくする感覚を思い出す。きっとここにいる人たちはみんな同じ気持ちなんだろうなと思うと、それだけで気分も弾んだ。
小さい頃は政宗たちと一緒に回ったりして、でもすぐ競争になったからその度に片倉先生に怒られていた。そういえば屋台泣かせとか呼ばれたっけ、懐かしいなあ。


「――あっ弘姉ちゃん!」
「?」


屋台を冷やかしながら歩いていると、不意に近くで私を呼ぶ声がした。声の辺りを振り返ると、視界の隅でぴょんと三つ編みが揺れる。


「姉ちゃんも祭来ただか!?」
「…わ、いつきちゃん! 久しぶり!」


小さな体を活かして人波をくぐり抜けてきた三つ編みは、そのままぴょんと私に飛び付いてきた。受け止めきれずに少しよろけたが、咄嗟に佐助が後ろで支えてくれる。


「やっぱ似合うなあ……いつきちゃんに譲って良かった」
「えへへ…ありがとな姉ちゃん!」
「へえ、これが弘のお下がり?」
「そうそう、涼しめの色だからいつきちゃんにはぴったりだと思ってたけど……うん、予想以上」


彼女が纏っている薄紫の浴衣は、私が幼い頃に着ていたのを譲ったもの。まだそんなに着ていなかったから皺や汚れも少なく、捨てるには勿体ないと悩んでいたのだ。これだけ可愛く着こなしてくれるなら、浴衣にとっても私にとっても本望だ。


「…あれ、いつきちゃん。もしかして今日一人なの?」
「ううん、青い兄ちゃんに連れて来てもらっただ!」
「……青、」
「おいいつき! どこ行きやがっ……oh」
「何その腹の立つリアクション」


やっぱりアンタか…!頭を抱えたくなった私たちの前に遅れて現れたのは、言わずと知れた従兄の政宗。私と佐助、いつきちゃんへ順々に視線を投げた政宗は、いつきちゃんに手招きをする。小首を傾げながらいつきちゃんが政宗の元に駆け寄ると、此れ見よがしな素振りでこちらをビシッと指差した。


「いいかいつき、あいつらは今お楽しみ中だからな。俺達が邪魔すりゃ野暮ってもんだ」
「やぼ?」
「……ちょっと、いつきちゃんに変なこと教えないでよ」


ぎろりと政宗を睨みつけると、こちらを一瞥した政宗は肩を竦めてケラケラと笑い出す。……つくづく失礼極まりない奴だ。


「……そういえばさっき、殺気立ち上らせながら豚玉焼き捌いてる片倉先生に会ったけど」
「Ahー…だろうな。あいつ今日来ねえ予定だったし」
「へえ、そうなの?」
「何でも急遽、綱元の代わりを務める羽目になったとか何とか、な」


片倉先生は今でこそ(あの顔面凶器で)教師などやっているが、実際のところは伊達の本家に代々仕えている一族である。ちなみに私や成実なんかは本家の人間ではないが、政宗に近しい親族である為に本家の出入りは一応のところ許されているのだ。…まあ滅多に行かないけれど。
綱元さんというのは片倉先生の親戚なのだけど、片倉先生と直接的な血縁関係であるわけではなく、かと言って義理の兄弟というわけでもないらしい。まあ何と言うか正直なところ、その辺りは私もよく知らないのだ。


「綱元さん、何かあったの?」
「あいつなァ……今日に限って風邪ひいて寝込みやがってよ。それでも準備しちまってるからって、小十郎が」
「……なるほど」


そりゃあ片倉先生も殺気立つわけである。豚玉買ってあげてよかった。


「…兄ちゃん、おら達『からのそと』だべなぁ」
「……それを言うなら『蚊帳の外』じゃないかな」


全く話についていけないいつきちゃんと佐助が、ぼんやりしながら初めての会話を試みている。ごめんね、こんなところで内輪の話して。でも可愛いもの同士の会話って和むなあ、「からのそと」だなんていつきちゃん可愛いなあ。ちょっとだけ戸惑ってる佐助も可愛いなあ。
何だかすごく癒された気持ちになって二人を眺めていると、私の正面にいた政宗が不意にいつきちゃんと私を見比べた。


「――にしても、弘」
「うん?」
「お前……本当にまな板だな」


………カッチーン。


「…敢えて訊くけど、何の話?」
「Ah? 言わなきゃわかんねェのか?」
「なんだ、アンタ主語も言えないのね」
「……Huh,」


互いにドスの効いた挑発を皮切りに、両者の間でバチリと火花が散る。ゆらりと殺気を立ち上らせた私たちに、傍観していたいつきちゃんと佐助が短く悲鳴をあげて一歩遠ざかった。


「…誰に物言ってんのかわかってんのかお前」
「こういう時ばっかり立場の話持ち出すの?それじゃ分が悪くなると先生を呼び付けるような小学生と変わんないわね」
「Okay!お前がそのつもりなら受けて立つぜ」


殺伐とし始めた空気に、いつの間にやら周囲の視線を一挙に集まっていた。じり…と政宗が足元の砂を踏みにじる。


「…Are you ready?」
「Any time will do…!」


いつきちゃんと佐助のドン引いた顔を意識の外に追いやって、いまは目の前の天敵を打ちのめすべく正面から対峙した。


「「――Let's party!!」」


最初の決戦に向けて走り出す私たちの後ろから、えぇぇー…!と呆れたような佐助の声が届かなくなるのも時間の問題だった。






「……行っちゃったね」
「行っちまったべなあ…」


弘と独眼竜の旦那、結局二人は妙な緊迫感を漂わせたまま走り去っていってしまった。あのやり取りの中で一体何が互いの地雷を踏んだのか、残念ながら部外者である俺にはさっぱりわからない。
……時折弘が独眼竜モードになるのは知っていたけれど、最早あれは血筋なんじゃないかと疑う。ていうか、きっとそう。


「……兄ちゃん」
「ん?」
「おら、どーすればいいだか…?」
「あー…」


困惑したようにこちらを見上げる女の子――いつきちゃん、だったっけ――が、その瞳に不安の色を乗せながら口を開く。事実上というか、この場での保護者はあの有様だし、面識のあるらしい片倉センセへ預けるにしたってあの眼光にもう一度射竦められたいとは思わない。
まあ、要するに迷子。そんで同じく、俺様も。


「青い兄ちゃん、わたあめ買ってくれるって約束しただに…」


ううう…と小さな唸り声と共に、その表情がみるみる内に歪みだす。思わずぎょっとして、慌てて三つ編み頭と目線を合わせた。怪訝そうにこちらを見遣る少女に内心の動揺を悟られぬよう、努めて笑顔で話し掛ける。


「あー…じゃ、じゃあさ! わたあめは俺様が買ったげる。んで、あの二人を探しに行くのはそれからにしよう」
「…で、でも」
「大丈夫! お兄さんに甘えなさいって。あ、わたあめ以外が良ければ買うよ? いま俺様お金持ちなんだよねー」


我ながらどこのの誘拐犯だ…と思うような発言だったが、だらだらと冷や汗を流す俺とは裏腹に、きょとんとしていた少女はくすりと小さく笑った。……ま、いっか。


「さっきあの辺にわたあめの屋台あったんだよね……行こっか」
「…うん!」


すっかり明るい表情で、差し出した掌に自身の手を乗せる無邪気な少女。子どもができたらこんな感じなんだろうか、なんて。もし弘に聞かれたら、顔を真っ赤にして平手を打ち込んでくるであろうそんな想像が、ふと頭を過ぎった。




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