もうこれ以上は要るもんか!とグレープアイスを佐助に押し付け、ようやく課題の続きに取り掛かる。
それから順当に日も傾いてきて、空も赤く色付いてきた頃。徐に佐助が課題の冊子から顔を上げた。


「…なんか、どっかでドンドコドンドコいってる」
「え?」


ドンドコ? って何? と不思議に思っていると、確かに聞こえてきたのは太鼓や笛の軽快な音。ざわざわと微かな雑踏に紛れて、野太く逞しい男達の掛け声も聞こえてくる。きゃらきゃらと、何処かで小さな子どもが楽しげに笑った。
いつもよりずっと騒がしい空に既視感があって、さて何だったかとぼんやり記憶を巡らせる。ふと、この間家のポストに投函されていたプリントの存在を思い出した。


「…ああ、今日お祭だ」
「……へえー」


ぽかんと瞬きの後、何かを思案しながらのような返事。その思いの外、興味を抱いたらしい反応に少し目を見張った。人混みは好きじゃないからどうでもいいやーとか、受験生だから関係ないよねーとか、てっきり投げやりに返ってくるものだと思っていたけれど。
視線を上げると、こちらを窺うような佐助の視線とぶつかる。


「「……行く?」」


微妙な間のあと、二人して同時に唇を開いた。




◇ ◇ ◇





真田との通話を切った佐助は、りんご飴二つ買ってくるなら構わないって、と両の眉を下げて苦笑を浮かべた。


「じゃあ大丈夫そう?」
「ん。そっちは?」
「家も平気みたい。なんか、成実も行ってるらしくて」
「……向こうで鉢合わせしたりして」


初対面以来、どうやら成実に苦手意識を持っているらしい佐助。俄かに表情を歪めた佐助に苦笑を零しながら、大丈夫でしょ、と肩を竦めた。


「だってあいつ、未だに会うたび俺のこと親の仇でも見るような顔で睨んでくる…すげえ居心地悪い…」
「まあ、昔から私にべったりだったから…」
「それにしたってあれはべったり過ぎるだろ! 何で毎度毎度ちゅーするタイミングで部屋に入ってくんの? 何なの? 見張りでもしてんの? 大体ノックくらいしろよ意味わかんないもうやだ弘ちゃん好き」
「…全然脈絡がないけど、ありがとう」


きっと未だに、私が佐助に取られてしまったような気でもしているんだろう。若しくは初対面がアレだから、実は普通に話すタイミングを見失ってるだけだったりして。
姉として一応、あいつも不器用なだけかもしれないから大目に見てやってよ、とフォローを入れるが、依然として佐助の表情は引き攣ったまま。…こりゃあ、慣れるにも時間が掛かりそうだ。何となくおかしくてこっそり笑った。


「弘ちゃん、手ぇ繋ご」
「はいはい」


普段は「弘」って呼ぶくせに、最近は甘えたいときに「弘ちゃん」と呼び分けるようになった佐助。厄介だな…と思いつつそっちの呼び方も嫌いではなくて、ついつい私も応えてしまう。勿論、政宗やかすがや真田からは「あまり甘やかすと後で面倒だぞ」と忠告されてはいるけれど。

でもこうやって無邪気に甘えてくれたり、それに応えるとすごく嬉しそうに破顔したり、そんな素直なところが好きで付き合ったんだから蔑ろにはしたくなかった。
肩と肩がぶつかり合うくらいの近さまで寄り添ってくる佐助。それでも私がそれで転ぶことのないように、さりげなくエスコートしてくれる器用さは流石と言ったところか。


「ねえ、弘は浴衣ないの?」
「んー持ってない。昔はあったけど…」


けれどそれも五年ほど前の話だ。そんなものもうとっくにサイズが合わないし、今は既に近所の子へとお下がりとしてあげてしまっている。あの浴衣が着れなくなってしまってからは、お祭も私服で十分だった。


「……あの、弘さえ良かったら、さ」
「うん?」
「俺、作ってもいいかな」
「…は、…え?」


唐突の申し出に思わず足を止める。ワンテンポ遅れて立ち止まった佐助が、緊張したような面持ちでこちらを振り返った。もう少し先まで行けば祭の陽気さに浮かれる人混みの中へ足を踏み入れられるのに、私たちが立ち尽くすこの場所はまるで境界線の外みたいに、しんと静まり返っている。


「今年は、もう無理かもしれないけど。受験生だしね」
「……うん」
「でも来年、再来年、これから先もずっと二人で、…そりゃ将来的には三人とか…浴衣着て、こうして祭に行けたらなって」


繋いだ掌がきゅっと強く握られる。彼の薄い唇から紡がれたのは甘い夢の話だ。それは私だって、言葉には出さなくても心の底の方では願っていること。そうなったら良いな、くらいの子どもみたいな絵空事。

でも今はそう思っていても、本当の未来は? 私たちはちゃんと、未来でも隣同士で立っている? 笑ってる? それとも泣いてる?
不意に怖くなって、こつりと彼の肩口に頭を寄せた。冗談なら、こんな期待させるようなこと言わないで欲しい。けれどじっと黙り込んでいる佐助も、それは同じなのかもしれない。


「…浴衣、私一人じゃ着れないよ」
「そのくらい俺が手伝うからいいよ」


弘はそんな心配しなくていいの、と呟く佐助は、まるで普段通りに小さく笑ってみせた。髪の毛を丁寧に梳いた指先が柵か何かのようで、その温度に私は心地よい息苦しさを覚える。
―――どうやら彼は、ただひたすら無垢に、こんな私との甘い未来を信じているらしかった。


「……じゃあ、佐助次第かなあ」
「!」


緩んだ涙腺を悟られないよう、なるべく明るい声音で言ってのける。一瞬言葉を失ったらしい佐助はうっと息を飲み、まるで呆れたように小さく笑った。
どちらからともなく離れた私たちは、もう一度手を繋ぎ直して歩き出す。さっきよりも心なしか間隔を詰めると、生ぬるい風が髪を攫った。


「弘は豚玉派? 焼きそば派?」
「んーどっちも好きだけど……佐助は?」
「俺様もわりと両方食べるなぁ」
「じゃあ向こうで決めよ、お腹空いてきちゃった」
「そだね」


時折降ってくる穏やかな声と視線に、聞き零すことなく応えながら人々の喧騒の中へと紛れて行く。
季節は、確かに夏だった。




紙一重な真夏

(ところで着物の着付けなんてどこで覚えたの)
(ん? そりゃあだって、一度脱がせたらまた着せなきゃマズイっしょ?)
(………んん?)



―――――
120228
佐助ちゃん平手打ちフラグ。




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