「ねー…弘…」
「なに」
「飽きたぁ…」
「……まだ三十分も経ってませんけど」


かったるそうに座り込み、散らばった雪を弄び始めた佐助。……そりゃまあ、気持ちはわからないでもない。わからないでもないが、私は最初に断っている。それでも「やる」と言って利かなかったのは佐助の方だ。


「そもそも俺様は弘とイチャイチャしに来てんの。なのに電車は遅れるし弘は雪掻きしてるし歩き難いし寒いし」
「…しょうがないでしょ、今日来るって言ったのはアンタなんだから」
「そうだけどさーホント空気読めよ雪。普段降らないからってこういうときに降らなくたっていいだろ何でよりによって今日なの意味わかんない」
「雪相手になに怒ってんの」
「まるで俺達の仲を裂こうとしているかのようなこのタイミング!誰かの陰謀に違いない!ハンッ誰だか知らないけど弘は俺様の嫁だかんな!」
「佐助、頭に雪ついてる」
「え、あ、ありがと……」


訳のわからないことを喚き始めた佐助はさておき、ぱっぱと手で雪を掃ってやってから再び雪掻きに戻る。流石に二人掛かりで掻いたお蔭か、私一人でやっていたときよりは格段に雪は掻けていた。
…とは言え佐助が遊び始めてしまっては意味がない。どのみち部屋もずっと暖めたままだし、やっぱり先に入っててもらおうかな。


「いいよ佐助、先に家入ってて」
「えー…弘は?」
「私はもう少しやってくから」
「…………」
「初めてじゃないし、部屋の場所わかるでしょ」


半分くらいふて腐れながら、分厚く降り積もった雪の中へ雪掻き棒をざくっとぶっ刺す。ごりごりとそれを押し出して端の方へと固めた。とりあえず家の周辺は片付いたけど、あとは道路かな……。


「ねえ、弘」
「なに」
「……………」
「…?佐す、っぶ!?」


人のことを呼んでおきながら黙りこくった佐助。怪訝に思って振り返ろうとすると、何かが衝突したような衝撃が腰回りを襲った。一瞬視界がぶれる。そのまま呆気なく、積み上がった雪の上へ倒れた。ボスンと間抜けな音をたてた雪はまだやわらかい。


「っ冷た…、アンタねえ…!」
「へへっ隙あり!」


起き上がろうと後ろに肘をつくが、溶けかかった雪に沈み込んでちっとも力が入らない。もたついているうちに、私が雪に倒れ込む原因を作った張本人が再びのしかかってくる。…これはピンチ。


「…ちょっと、佐助。どいて」
「やだ。ねえ構って」
「…雪掻いたらだってば」
「やだやだやだやだ!!構え!!」
「ちょ…っと、うるさ、あああもうどいてってばだから…!」


突如、年端もいかない子どものように駄々をこね始めた佐助に度肝を抜かれながらも、ぐいとその肩を押す。しかしガッチリと私をホールドしている体は、なまじ鍛えられているせいかびくともしない。背後は雪。妙な焦燥感が肌を伝った。


「何なの急に……大体アンタがどうしても手伝うっつったんでしょうが」
「……だって、」


だって今日、まだちゅーしてない。
ぽつんと寂しそうに呟かれたその一言に、今まで沸々と煮え立っていた苛立ちが一瞬にして掻き消える。


「………は?」
「ッだから!まだちゅーしてな、」
「ば、ばか!二回も言わなくていい!」


思わず瞬きを繰り返したが、どうやら彼はその反応が気に入らなかったらしい。しかし逆ギレした佐助の口を両手で塞ぎながらも、頭の中はフル稼働で状況を把握しようと忙しなく思考を巡らせていた。……つ、つまり佐助は、今日はまだ一度もキスをしていないことにご立腹ということでしょうか…。
呆気に取られること数秒間、不意に押さえたままの口から伸びてきた舌に掌をれろりと舐められ、ぎゃっと情けない悲鳴を漏らしてつい手を離す。そのまま隙あり、とばかりにまずは瞼に落ちてきた唇に肩が跳ねた。


「ちょ、と…佐助、」
「………」
「っや…ん、ぅ」


問答無用。まさにその言葉がよく似合う。雪のせいで上手く抵抗できないのを良いことに私は、すんなりと唇を奪われてしまった。

歯と歯がぶつかるんじゃないかというくらい拙いそれは、頭の芯を溶かしてしまうには十分なほど熱い。じり、とお腹の底が震えた気がした。文字通り食らいつくような舌使いがどこで得たものかは知る由もないが、もはやそれは本能のようなものにも感じる。ちゅ、と口の端から零れる音の生々しさにゾクリと背筋が粟立った。
佐助は器用な手つきで私のマフラーを暴くと、そのままひたひたと肌を滑る。外気は勿論のこと、いつの間にか手袋を外していた彼の掌も凍るように冷たい。


「……かーわい、顔真っ赤」
「っ…ん」
「いつもより呼吸荒いみたいだけど、やっぱ外だと興奮する?」


つつつ…と嘲笑うかのように首筋をなぞった不埒な舌に、カッと顔へ熱が集中する気がした。すぐさま否定できない私へ再び佐助が楽しそうに笑う。甘やかされるようにもう一度重なった唇は嫌に艶っぽい。

さっきまで子どもみたいに散々喚いて駄々をこねていたのは佐助の方だというのに、実際に手なずけられているのは私の方。これじゃあまるで私の方がキスをねだったみたいだ。……悔しい。悔しい、悔しい悔しい悔しい…!
屈辱感に歯噛みした私の目尻を涙が伝う。何と勘違いしたか、佐助がその雫を静かに舐め取ってそのままキスを落とした。

時折、わざと下腹部に押し付けられる熱。余裕の表情を浮かべておきながらも私よりずっと荒い呼吸。…ぷちん、と毛細血管の切れた音が耳元で聞こえた。


「……しに、」
「うん?」
「…調子に、乗ってんじゃないわよコラァ!!」


そうして唸った私の右膝が、寸分もブレることなく見事に彼の急所を捉えた。

ギャイン!とかギャウン!とか、はたまたアッチョンブリケー!だったかもしれないが、そんなことは私にとって然したる問題ではない。とにかく佐助はその衝撃で本能が捻り出したような叫び声を上げると、プルプル震えながら私の上から身を引いた。そのままがくりと崩れ落ちる。


「い、いま…!容赦…!無っ…!」
「……容赦したらアンタわかんないでしょ」


ゼイゼイと肩で息をしながら起き上がり、もう雪にまみれて色の変わったマフラーを外した。最悪だ、佐助に洗わせよう。
足元でうずくまったままの佐助に若干の罪悪感に駆られたが、ここで心を砕けばまた調子づくのが佐助だ。少しばかり冷たく当たったところできっとバチは当たらないだろう。

しかし、そう思った私が甘かった。


「はァん……っもう…弘ったら、照れ方が過激なんだからぁ…ッ」
「…………」


突如ぽっと頬を染めて、一見は可愛らしくはにかんだ佐助。ピシリと動きを止めた私の髪の毛を指先に巻き付けては弄び、チラチラとこちらに熱っぽい視線を寄越す。…何こいつ、全然懲りてない。
案の定、彼の方がある意味で一枚上手だった。




紙一重な変態

(ああそうだった、こいつはそういう奴だった)


―――――
120125
紙一重佐助にうっかりマフラーなんか洗わせたら確実にオカズにされる件。




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