ずんずんと脇目も振らず突き進む猿飛佐助。に、引きずられるようにして合わない歩幅に足を縺れさせながら歩く私。掴まれたままの右手がそろそろ悲鳴をあげそうだ。
訳もわからず引っ張りだされてからずっと駅方面に向けて歩き続けているが、一向に奴が手を離す気配はない。いい加減不安にもなってきて、どうしようこのまま変なところに連れ込まれたら…と悪い憶測ばかり脳裏を過ぎる。始終無言なのが、余計に恐ろしかった。

やがて現れた赤信号に、淀みのない足取りがびたりと止まる。ようやく一呼吸つけた私は恐る恐る猿飛佐助を見上げるが、奴は相変わらずだんまりを決め込んだまま。変な沈黙が下りた。


「あ、あの…」
「……ごめんね。前からあの娘、ちょっとしつこかったんだ」
「はぁ……?」


やっとのことで口を開くが、返ってきたのは妙に固い声の弁明。しかし彼はこちらを振り返りはせず、頑なに赤信号を見つめているようだった。


「ちょうどいいタイミングでアンタが出てきたからさ、咄嗟に捕まえて出てきちゃった」
「はあ…」
「何か予定あった?誰かと帰る約束してたとか、寄るとこあったとか」
「いや、ないけど……」


ないことにはないけれど、如何せん初対面である。話したこともないのにあんなふうに連れ出されて、変な誤解を呼んだらどうしてくれるんだろう……。
何しろ相手があの「猿飛佐助」なわけだし、色々と面倒なことは請け合い。正直なところ迷惑だったし、何より苦手意識の根付いている相手だから今すぐにでも解放して欲しかった。


「そっか、…良かった」
「……」


そこで初めて、彼は振り返る。妙に穏やかな声でほっとしたように言う猿飛佐助。飴色の透き通った瞳がじっとこちらを向いて、しかし目が合った途端ほんの僅かたじろいだ。
ふっと視線を逸らされ、再び訪れる沈黙。信号は未だ赤のまま。交差点を行き交う車が私たちを振り返ることはない。


「……あのさ、」
「?」
「良かったらちょっと、付き合ってくれるかな」
「え」


なんで? と尋ねる前に、タイミング悪く信号機がウインクした。瞬きをする間にぐいと引っ張られる手首。確と握られてはいるけれど、そんなに強い力でもない。それでも振り払えない力強さをどこかに感じて、ぞっと背筋が震えた。




・・・




ケーキバイキングはきっと混んでいるだろうから、と連れて来られた場所は、個人経営の小さなカフェ。裏路地にこっそりと店を構えるそこは人気こそ少ないものの、まるで暖炉のとろりとした火のような暖かみを感じさせた。
顔見知りらしい従業員と二言三言交わすと、猿飛佐助は誘導するように私の背後に回ってそっと背を押す。その触れた掌に思わず肩がびくりと跳ね、余計に空気が気まずくなった。…か、帰りたい。

そわそわしたまま窓際の席に座り、運ばれてきたグラスの水をじっと見つめる。そうでもしていなければ奇行に走りかねないほど、私は動揺していた。
カラン、と氷が揺れる。こじんまりとしたテーブルに肘を衝いた猿飛佐助は目線だけぼんやりとメニュー表に注いでいるが、これといって何か頼むような素振りは見せない。店内で静かに流れるクラシックや、奥のキッチンから漏れてくる食器がぶつかり合う音なんかがやたらと耳についた。

膝の上に置いた手をぎゅっと握る。どうしてここまで連れて来られたのか、理由を尋ねるくらいは許されるだろう。そう自分の中で言い訳をして、恐る恐る口を開いた。


「あの……」
「うん?」
「私、何かしたっけ…」
「え? してないよ」


じゃあ何故、と思わず口を噤む。よっぽど怪訝そうな表情をしていたのかもしれない、猿飛佐助が苦笑を浮かべながらグラスの水滴を指で掬った。


「俺が、ちょっと話したかっただけ。いいよ、普通にしてくれて」


へらっと目を細めて、ゆっくりとグラスを口元に運ぶ猿飛佐助。そ、そうは言われてもなあ……。普通に、だなんて改めて言われると困ってしまう。少なくともこんなにしどろもどろじゃない。


「何か頼む? 今日ちょっと寒いし、あったかいのもあるけど」
「…え? えー、と……」
「俺個人としてはここのキャラメルマキアートがオススメかな」
「……じゃ、それで」


なんてぎこちない会話だ…! と内心で頭を抱えた。いくら何でも酷すぎる。
そんなおろおろするばかりの私を見兼ねたらしい猿飛佐助が、従業員にキャラメルマキアートを二つオーダーした。キッチンへ消えていく従業員の背中を見送って、また沈黙に耳を傾ける。そもそも何でこんな羽目に……ああもう、数十分前の自分を今すぐ殴りに行きたい。


「……弘ちゃんてさ、」
「っは、はい?」
「中学の頃とか、部活入ってた?」
「いや…何もやってなかった、です」
「そっか。俺も今はやってない」


…結局そんな感じでぽつぽつと、ぎこちないながらも会話を続けた。というか何かしら猿飛佐助が話を切り出してくれるのである。
気を遣っているのではなく、まるで今まで尋ねたかったことを一つ一つ解消していくかのような、そんな自然な問い。不思議と答えていくことに抵抗は少なくて、私も自然な言葉で返せていた。

頼んだキャラメルマキアートがようやく運ばれてきて、テーブルの上でゆっくりと湯気をたてる。両手で包んだカップに口を付けて、上のクリームの層とカフェラッテとの温度差で火傷しないよう慎重に傾けた。キャラメルの甘さと、同時に苦み。ほうっと息をつく。


「美味しい?」
「ん……けっこう好きかも」
「……そっか、なら良かった」


そう言って、自分の分のカップを口元へ運ぶ猿飛佐助。ところが温度を確かめなかったのか、少し傾けたカップを慌てて離す。ずっと澄ましてたわりにその様子がおかしくて、ちょっと笑った。

そんな折にふと、目の覚めるように色鮮やかな相手の髪の色に視線が流れる。染めたにしては毛の艶もいいし、地肌にも張りがあって健康的だ。


「…ね、その髪の毛って地毛なの」
「うん? んー、まあ…」


つい口にした疑問に、もごもごと言い淀みながら彼は視線を伏せる。言いにくいことだったのかな、とそれ以上は口を噤もうとしたが、苦く笑った猿飛佐助は自分の毛先をちょんと摘んだ。


「昔はこれが原因でいじめられたりして、大変だったけどね」
「……染めようとか思わなかったの?」
「うん、まあ」


歯切れは悪いが、特別言いにくそうな雰囲気ではない。どこか穏やかな表情で頷いた猿飛佐助はやや伏せていた瞼をそっと持ち上げた。
髪と同じ夕日色の睫毛が微かに震えたのが見えて、ハッとした。


「……ああ、でも、染めなくて良かったかもね」
「え?」
「綺麗だと思うよ。染めたら勿体ない」


確かに色は派手なのかもしれない。けれど純粋に、そう思えた。

しかし私が呟いた途端、時計仕掛けの人形がことりと動きを止めてしまうみたいに、猿飛佐助はカチャンと耳障りな音をたててカップをソーサーへ置いた。ぽかん、と見開かれた目が私を映している。
……うわ、いま私とんでもなく恥ずかしいこと言ったかもしれない。


「……ごめん、忘れて」
「…え? っあいや、そんな!」


嬉しい、ありがとう、と照れ臭そうに笑った彼の声と表情が何故だか本当に嬉しそうで、案の定うろうろと視線を泳がす羽目になってしまった。




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