「さっむ…!」
「俺様も…あとマフラーもう三枚巻いて上着も二枚くらい着てついでに腹巻き付けて手袋二重にはめて靴下三重に履きたいくらい寒い…」
「それは……暑そう」


えー、そう?なんてマフラーに顔の半分まで埋まりながら、佐助はきょんと頭を傾げた。暑いっていうか…動きにくいよ、絶対。

長引いた定例役員会が終わり、暗い寒空の下の帰り道。容赦なくびょうと吹き付ける風の冷たさが頬に痛い。
寒いんだったら手袋をすればいいのに(というか私だって手袋したいのに)、弘と手繋ぎたい!の一点張りな佐助は、制服の上に羽織ったコートのポケットに自分の左手ごと私の右手を入れていた。お蔭で寒くはないけれど、少しだけ歩きにくいかもしれない。

ぼんやりと空を見上げると、遠くの方で白々と微かに星が瞬いている。虚ろな空は底抜けに深く暗く、そして嫌になるほど澄んでいた。


「…雪降りそう」
「そりゃこんだけ寒きゃねえ」
「でも空澄んでるし、まだ降らないかも」
「じゃあ明日辺り霜が降りるかな」


霜柱の上歩くのって楽しいよね、冬は毎年あれやるの、と目を細めた佐助。そうだねと相槌を打つことも叶わず、ついぱちぱち瞬きを繰り返す。
そして数秒後、盛大に吹き出したのはもちろん私。


「っえ、ちょ…何で笑うの!?」
「だ、だって…!佐助子供っぽい…!」


ざくざくと、土の中から姿を表した霜柱の上へ子どもみたいにキラキラした表情で足跡をつけていく佐助を想像して更に噎せた。な、何その可愛い光景…!是非ともお目にかかりたい。


「ちえー…何だよいいじゃんか別にィ」
「誰も悪いなんて言ってないよ」
「…なんか慰められてる辺り俺様カッコ悪い」


どーせどーせガキですよーだ、といじけたように道端の小石を蹴っ飛ばす佐助。…そういうところが可愛いんだよなあ、なんで自覚ないんだろう。
くすくす笑みを零して、歩きにくくない程度に距離を詰めた。ぴとりと寄り添った肩と肩。目が合うと佐助はきょとんと瞬きをして、すぐに私の好きな無邪気な表情で笑った。


「帰ったらちゃんとあったまんだよ」
「ん。…佐助こそちゃんと手袋してね」
「…わかってるけどさあ」


まだ手放したくないんだよなあ、なんて。繋いだ指先をポケットから引きずり出して、冷えた唇を落とす佐助。次第に見えてきた自宅の玄関の明かりに、横切る感情は見ないふりをした。


「じゃ、また月曜日ね」
「…ん」


寒いから今日は早めに帰るよ、と佐助は目を細める。土日を挟んで、月曜まで会えないことにちょっとだけ名残惜しさを感じながらも頷いた。するりと離された右手、ずっと触れ合っていたところに冷気が忍び込んできて、急に寒気が降りてくる。
ひらりとその手を振り、私が家の中に入るまで待とうとして佇む佐助の姿。ついさっき、見ないふりをしたつもりの寂しさがやっぱり湧いてきて、凍えた脚を叱咤しながらも思わず駆け寄った。


「っと…あれえ、どったの?」
「……っ」
「珍しいね、嬉しいけど」


首にかじりつくようにしがみつけば、苦笑を零しながらも佐助は緩く抱き返してくれる。ぽん、ぽん、と優しく背中を摩る掌が余計に切なくなって、ぎゅうと目を瞑った。コート越しの温もりがもどかしい。
――柄にもなく、離れたくないだなんて思ってしまった。


「……さすけ…」
「ん?」
「…今日、泊まって欲しいって言ったら、無理?」
「…え」


あの、えーと、だなんて動揺したようにマフラーの下で言葉を濁す佐助。…やっぱり無理だよね、そんないきなり。
家で待っている真田や武田さんのために夕飯を作らなくちゃいけない佐助に、突然こんなことを言ったら迷惑なのはわかってるのに。どうして言ってしまったんだろう。

しかし、ごめんやっぱり何でもない、と言って慌てて首に回した腕を外そうとした刹那のこと。逃すもんかとばかりに、抱き返された腕に力が篭った。戸惑って顔を覗き込もうとしても、互いの首を覆うマフラーが動きに制限を掛けて顔がよく見えない。


「あの…無理とかじゃなくて、さ」
「…え、あ」
「……本当に、泊まっていいの?」


弟くん怒るんじゃないの、とか。そんなことを気にしている佐助。目に映る彼の耳が赤いのは、寒さのせいか否か。それでももごもごとマフラー越しに聞こえる声は、少しだけ恥ずかしげな声音である。うん、と頷いてまた胸の詰まる思いがした。


「えーと…着替えとか、どうしよう」
「…成実の未使用でよければ貸すけど」
「寝る場所、とか…」
「来客用の布団敷くから、私の部屋でいいよ」
「えっちょっと…やだ、弘ったら積極的…!」
「は?何急に狼狽えてんのきもい」
「えっと一応アレはあるんだけど…」
「……っな、…ば、何言いだすのよばか!わ、私は別に、そんなつもりで言ったんじゃなくて…!!」
「はは…わかってるって」


声を荒げた私に対して、冗談だよーとおどけた口調の佐助はようやくその顔を上げる。それはそれは優しい飴色。至近距離でぶつかって、ぎょっと固まった私にお構いなく佐助はこつりと額同士を合わせた。


「んじゃーお世話になります」
「……ごめん、無理言って」
「いーのいーの。旦那と大将も、俺が今日役員会あるっつったら出前取るとか言ってたし」


それに俺様、彼女の家に泊りって初めてなんだよねーなんて。嬉しそうに笑った佐助に思わず目を奪われて、つい口を噤んでしまう。
…どうしてこう、人の気持ちを簡単に鷲掴みにしていくんだろう。たちまち頬にのぼった熱にごまかしが効く筈もなく、すぐ頭上で佐助がくすくすと笑った気配がした。



―――もし、ある筈もないが万が一。
佐助が今夜、気まぐれで私に迫ってきたとしたら。

そのままずるずると流されて、気が付いたら頷いていそうな自分が、ひどく恐ろしいものに思えた。




紙一重な夜道

(星明かりだけが知る、ほんの僅かな下心)


―――――
120120
前サイトの日記かリアタイに上げた(ような気がする)小話を修正、掲載。




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