十月最後の日曜、迎えに来てくれる佐助を待ちながらバッグの内ポケットに隠した飴玉をころりと指で転がす。今日という日をどう過ごすか、今までに何度かやり取りしているけれど、終ぞ彼はハロウィンのことを一言も口にしなかった。忘れていたとしたらどんな顔をするかな。思わず小さくほくそ笑む。

ややもすれば、軽快に鳴り響いたインターホン。時計を見遣ればぴったり時間通りだ。うん、流石。まあ佐助がデートに遅れてくることなんて、滅多にないんだけどね。
逸る気持ちを抑えつつ玄関を開けると、すらりとしたシルエットが落ち葉を背景に立っている。こちらを認めると彼は、少し紅潮させた頬をへらりと緩ませた。その表情がそこらのアイドルよりもずっと可愛くて、そこらの俳優なんかよりずっと綺麗なことをきっと本人は知らない。


「おはよー」
「おはよ。相変わらず時間通りね」
「大事な大事な、かわいー彼女を待たせるわけにはいかないからねえ」


さらっとそんな台詞を吐くと佐助は、ドアを押さえていない方の私の手へ指を伸ばす。そっと触れて、ゆっくり絡まった。強張った指からじわりと伝わる冷気が、私の掌の温度と交わっていく。
幾らギリギリ十月であるとは言え、そろそろ素手では寒々しいだろう。せっかくだし今日これから一緒に選んであげようかな、手袋。ようやく歩き出したところで、今日の予定を反芻した。


「…佐助の指、冷たい」
「あー…ごめんね、嫌?」
「んん、平気」


もっと熱が伝わればいいと、繋いだ指へ俄かに力を篭める。それに気付いた佐助は一度きょんと瞬きすると、えへへ、と子供みたいに無邪気な笑い声を零した。

ふと、綺麗な橙に色付いた彼の頭に同じ色の落ち葉がひらりと舞い落ちた。あ、と思ってそれを取ろうと手を伸ばして、ばちりと視線がかち合う。思わず挙動不審になった。…うーん、こういうのってタイミングが難しい。
けれど普段よりも気持ちが弾んでいるのも事実。私の手が葉っぱに届きやすいように少し身を屈めた彼に、つい口元が綻んでしまわないよう細心の注意を払いながら口を開いた。もしかしたら覚えてるかな?まあそれでもいいか。


「…佐助、」
「んー?なあに?」
「トリック オア トリート」
「…っへ……あ、」


落ち葉を指で挟みながら名前を呼べば、微睡んだような穏やかな返事が返ってくる。しかし続いた私の言葉に、佐助はぽかりと大口を開けた。みるみるうちに顔を青ざめさせると、繋いでいない方の手でばたばたと懐やズボンや上着のポケットを探り始める。…なんだ、やっぱり忘れてたみたい。
結局何も見つからなかったらしく、佐助はしょんぼりと眉尻を下げると悔しそうに下唇を噛んだ。…なんか、そんな顔をされると仕掛けたこちらが悪いような気がしてくるぞ。


「っわ、忘れてた…!」
「そうだろうとは思ってた」
「言ってくれればよかったのに!」


ばかだなあ、それじゃつまらないじゃない。どうしようどうしようと落ち着かない佐助に思わず口の端が吊り上がる。目敏くそれを見つけた佐助が、ちょっと何笑ってんの!と即座に毛を逆立てた。
本当に忘れてたみたいだし、後で何か奢ってもらおう。しかしそう持ち掛けても佐助は、まだどこか納得のいかなそうに首を横に振る。何となくその様が意外に感じられて、思わず目を瞬いた。

記念日でも何でもない、たかだか行事の存在一つ忘れていただけでここまで気にするなんて。妙なところで律儀な奴だけど、まあそんなところも好きだったりする。…どうせ調子に乗るだろうから、本人には絶対に言ってやらないけど。


「でも何も持ってないんでしょ?」
「う、ぅ……」
「持ってないならあとで悪戯するけど?」


次第に汗ばんでくる掌。動揺してるなあ…。意地悪くその手を離すまいと力を篭めれば、尚更佐助は居心地悪そうに視線をうろうろと泳がせた。
悪戯するなら……そうだな、やっぱり擽り倒すのが一番楽しそう。佐助って意外に脇腹弱いしね。

考え耽っていると、不意に佐助は立ち止まり俯き気味だった顔をぱっと上げた。そうしてこちらの表情を窺うようにじっと眺める。遅れて足を止めた私の腕をぐいと引いた動作が思いの外強引で、足を縺れさせそうになった私はそのまま佐助の腕の中へ飛び込むこととなった。


「っちょ…佐す、――」


抗議の言葉は、最後まで紡げなかった。
眼前に迫る佐助の顔だとか、長い睫毛だとか、頬に添えられた冷たい熱を感じる指先とか、唇を縁取るように押し付けられた柔らかくてあたたかい感触、とか。

深く押さえ付けられているわけでもないのに、こちらから身を引くことができない。まるで呪縛でもかけられたみたいに、指一本動かすことができなかった。
呆気にとられている間に佐助は離れていく。名残惜しそうな様子で俄かに吸い付いて、わざと音をたてて離れた自分のそれを佐助はちろりと舌で舐めた。


「ごめん、これで勘弁して?」
「っば…」


その舌の赤がやけに目につく。後からじわじわと攻めてくる羞恥心。思わず手の平で口元を覆うが、当然ながら佐助の感触は消えない。っていうか悪戯するのは私なのに、どうしてこっちが悪戯された風になってるの…!?ふ、腑に落ちない…!


「じゃあこっちも」
「え」
「…トリック オア トリート?」


……耳元で囁くなんて、ずるい。
でもそんな、狡くて下心が透けて見えるような佐助も嫌いじゃなかったりする。どうせ調子に乗るだろうから、本人には絶対に言ってやらないけど。

あーあ。せっかく飴玉用意してたのに、要らなくなっちゃったな。




紙一重な悪戯

(確信犯か否かは、知らなくていい)


―――――
1012??
修正120115
前サイトでリクエストしていただいたもの……を少しだけ改変しています。
タイトルは提供していただきました。




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