「ね、弘ちゃん、あー」
「教室ではやらない約束です」
「……はい」


雛のように可愛らしく口を開けた佐助の要求を、一瞬の迷いもなく一刀両断する。ややあって佐助はしょんぼりと大人しく自分の箸を口へ運んだ。
……そりゃ甘やかしたいのは山々だけど、ここ最近は寒くなってきたせいで屋上ではなく教室でお昼を過ごしている。流石に人前での「あーん」は勘弁してもらっていた。


「そのくせお前らは一緒の椅子に座って食べるんだな……」
「「え?」」


いつもなら学校前交番に勤務する上杉巡査とお昼を過ごしているかすがだが、今日はその巡査が講習会があるとか何とかで一緒に過ごせなかったらしい。そんな彼女を誘って、本日のお昼は私と佐助とかすがの三人で過ごしている訳だが。
今日に限って、何故か佐助は私と椅子の背もたれの間に座って弁当をつついていた。そりゃ突っ込まれても仕方ない。


「食べづらくないのかその体勢」
「佐助に言ってよ」
「だって、今片時も弘ちゃんと離れたくないんだもん…」


理由になってないぞ、理由に。相変わらず私にきゅっと体を寄せながら平然と答えた佐助に、かすがと私で大きな溜め息。何かおかしい?という訝しげな声にかすがは、もういい…と呆れながら吐き捨てた。


「だってさあ、朝の。すげえ嬉しかったんだぜ俺様」
「朝?……ああ、アレ」
「何かあったのか?」


不思議そうな顔をしたかすがに事のいきさつを簡単に話すと、結局彼女はげっそりとした、どこか疲れた表情で頭を押さえた。……かすがの気持ちも、わからないでもない。


「……まあ確かに、お前の弟が言うことも一理はあるんじゃないのか」
「へえ、どれ?」
「"ヘタレ"」


途端、ぴきりと固まった背後の佐助が、私の腹部に回した両腕を持て余す。しかしもう一度、確かめるように力一杯ホールドされたかと思うと、彼は項にぐりぐりと額を擦りつけて鼻を鳴らし始めた。いちいち女々しい奴である。


「っぐす…でも弘ちゃんは、俺様がヘタレでも気にしないって言ってくれたもんんんん…!!」
「……気にしない、とは言ってないけども」
「え……っえ!?」


ちょ、俺の感動返してよ!と耳元で喚く佐助。その喧しさに、思わず眉間に皺が寄った。……ほんとコイツ、わかってない。


「……だからヘタレ云々の前に、ヘタレ引っくるめてアンタが好きだっつってんでしょーが」
「え、う、…」


あまり大きな声で言うと教室中に聞こえて恥ずかしいので、佐助にしか聞き取れないくらいの声でぽそりと呟く。案の定、狼狽してあーだのうーだの、呻き声ばかりで二の句を継げない佐助。


「そ、それ何て殺し文句…」
「今更でしょ」
「…そりゃ、まあ……」
「?」


もごもごと口ごもる佐助の様子に、やはり私が何を言ったか聞こえなかったらしいかすがが小首を傾げる。秘密、というように私が口許に人差し指を立てると、何となく察してくれたらしく彼女は苦笑を零した。


「弘ちゃんて時々、俺よりも男らしいからやだ…」
「佐助って時々、私よりも女の子っぽいよねー」
「……なあ、思ったんだが」


正直から聞こえたぼんやりした声に二人して振り返ると、机に肘をついてこちらをしげしげと見つめるかすがの姿。何だか居心地の悪くなるようなその視線に、少々怯みながらも小首を傾げる。


「いつになったら佐助は、弘のことを呼び捨てにするんだ?」


……そういえば。
確かに私は付き合い始めた当初から「佐助」と名前で呼んでいる(その前はフルネームとか、酷い時は「奴」だった。今思えばだいぶ酷い)が、佐助は相変わらず「弘ちゃん」とちゃん付けで呼び続けていた。何となく当たり前になっていたから気にしていなかったけど、言われてみるとやっぱり気になる。


「……いつ?」
「え、いや……いつが良い?」


尋ね返しちゃうのか、そこ。肩越しに佐助を振り返ると、やや頬を赤く染めた佐助が申し訳なさげにこちらを見つめている。ふとその顔に、ちょっといじめてやろうかなーなんて、意地悪な自分がひょっこり顔を出した。


「じゃあ、今」
「え!?い、いきなり…!?」
「だって、そうでもしなきゃいつまで経ってもちゃん付けされる気がする」


図星なのか、ぐうの音も出ない佐助。思った通り、あの、その、としどろもどろ始める姿に思わずほくそ笑む。あーあ見事に焦っちゃって、可愛いなあもう。


「ねえ、早く」
「え、ぇー……」
「何で?ただ"ちゃん"って付けないだけでしょう」


それまで座っていた佐助の脚の間から立ち上がり、勝手に隣の椅子を拝借して座り直す。机に肘をつき、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながらあわあわしている佐助を見遣った。かすががこっそり「性格悪…」と呟いたのが聞こえたが、全く耳に入らないフリをする。我が親友ながら失礼である。


「ね、呼んでくれないなら……いっそ別れる?」
「っや、やだ…!」


あとちょっとでもつつけば泣き出してしまいそうな顔で「そんな理不尽な理由やだ!」と背筋を伸ばす佐助。ここまで効くとは思っていなくて流石に罪悪感を覚えるが、ここで引き下がるのも非常に格好悪い。…そりゃあ、私だって名前で呼んでほしいもの。

じりじりと対峙しつつ、待つこと早三分。もうそろそろ昼休みが終わりそうだな、と視線を時計に滑らせたとき、遂に佐助が「あ、あの…!」と声を上げる。
ゆっくりと振り返って、そして後悔した。


「……っひ、弘?」


妙にたどたどしい声。
耳まで真っ赤。
きょん、と僅かに傾げた頭。
恐らく無意識だろうが、若干俯いているせいで上目がち。

そして極めつけは、さっき泣きそうな顔になっていたときの名残か、潤んだ飴色の瞳。


―――っそ、それは反則だろ……!


「…っ……」
「え、ちょ何?何でこっち向いてくれないの?ねえってば…」
「っるさいな…!アンタはこれでも食べてろ!」
「んがっ」


心配そうに顔を覗き込もうとしてくる佐助から必死に視線を逸らし、手で口を覆った。尚もおどおどしている佐助の口へ私の箸で摘んだ肉団子をぶち込むと、ようやく彼は大人しくなる。視界の端でかすががヒイヒイになって笑っているが、今はそれに言い返す余裕もなかった。

だって、狡い。そんな顔で呼ぶなんて。






……そして、その後。


「弘!帰ろー」
「う、ん……」


放課後、佐助はケロッとした笑顔で教室のドアから顔を覗かせた。

あれから佐助は、どうやら私を呼び捨てにすることに何か吹っ切れたらしい。会うたび会うたび、ぱあっと顔を輝かせて「弘!」と呼ぶ彼は確かに可愛いが、今度はこっちの方が恥ずかしくてどうしようもない。…こんな返り討ちに遭うだなんて思いもよらなかった。
逸った自分が馬鹿だった。徐々に慣らしていくべきだったのだと、いまさら気付いたところでもはや後の祭りである。




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