前田の言葉通り、プリ機の周辺は空いていた。ズラリと立ち並んだそれらを吟味しているらしい佐助の後について歩く。佐助からすれば何かしら選ぶポイントがあるんだろうが、対する私は全くと言っていいほど違いがわからない。み、みんな同じように見える…。


「弘ちゃん、普段プリとか撮んの?」
「んー…かすがとたまに。でも何となく入ってぱーっと撮って適当に落書きしてだいたい半分に切り分けて、おしまい」
「……女の子のプリクラ事情とは思えない」


がっくりと肩を落とした佐助に思わず苦笑した。何せかすがは目の醒めるような美人のくせに案外ずぼらなのだ、あんまりまごまごしていると面倒くさがって帰りたがるのである。


「どれがいいとか、ある?」
「や、どれでも…っていうか、よくわかんないし」
「じゃ俺が選んでも平気?」
「ん、お願い」


はいよ、と軽く返事をして、今度は張り切ったように佐助がプリ機の間を縫って歩き始めた。な、なんか急にイキイキしだしたような気がする……普段から撮ってるのかな。ていうかこれ、普通は立場が逆なんじゃ……

ややあって佐助が選んだのは、他のプリ機からは少し離れた一画にぽつぽつと並んだうちの一つ。先に入るように促されて足を踏み入れようとするが、その前に佐助が手で押さえている目隠しに視線が止まった。
キラキラと頭の痛くなりそうな装飾。中でも一際輝いたプリントアウトがされている、その文字。


「…カップル、専用……」
「間違ってはないっしょ?」
「……そうだけど、」


そりゃ、そうだけど。なんかこう、違うって言いたくなるというか、間違っちゃいないけど、何か…!
内心でパニックに陥りだした私の背中を、くつくつと喉で笑いながら佐助が押す。他とそんな変わんないって〜と茶化したような口ぶりに、何とも返せず押し黙った。…カップル専用のプリ機なんて、入る機会なんか絶対に訪れないと思ってた。


「って、ちょっと何で全額入れようとしてんの、半分出すから」
「このくらい払わせてくれよ」
「…流石に二百円くらい持ってるわよ」
「そういうんじゃないんだけど…」


さっきだって頑として譲らない佐助に、お昼代を払ってもらってしまった。だったらもっと安いのにしておけばよかった…と後悔したのは言うまでもない。グラタンなんてパスタより遥かに高かったのに…。
強引に押し合いへし合いしながら先に硬貨の投入口へ二百円を入れてしまうと、すかさず横で佐助がブーイング。ふんだ、やったもん勝ちです。

耳にこびりつくような甲高い声に指示されるがまま、やっぱりここにもこだわりは特にないので全て佐助任せ。ピッピッと軽快に選んでいく佐助にちょっとだけ複雑な気持ちになりながら、軽く頭を振って嫌な想像を追いやった。
―――だって、今までも佐助が他の彼女とこうしてたのかな、なんて。考えるだけ無駄なのに。


「…弘ちゃん」
「なに」
「……あ、やっぱ何でもない」
「はァ?」


心なしか突き放すような返事でも佐助は気にしたようでもなく、寧ろ「後でのお楽しみね」と楽しそうに笑った。何のこっちゃ…と思う前に、はっと現実に引き戻されたような気がして瞬きを繰り返す。…今、私は何を考えていた?


「ね、もうちょいこっち」
「え…いや、」
「大丈夫だって、今更だろー?」
「っちょ、と…!」


私の杞憂など全く気付いていないような佐助に、ぐいと強引に腰を引き寄せられたところで一枚。素っ頓狂な顔にケラケラ笑う佐助に何となく苛立ち、反撃を試みた私は二枚目のカウントダウンの合間に彼の胸倉を掴んで引き寄せた。案の定、狼狽えて表情の引き攣る佐助。ざまあみろ。
以降、普段の何割か増しでじゃれてくる佐助をほんの少しだけ訝しんだが、プリクラのこういう閉鎖的な空間だからなのかもしれない、ということで一先ず落ち着いた。…だって楽しそうだし、可愛いし。

そうして撮っているうちに、逐一ああしろこうしろと指示していた声が、遂に最後の一枚だよ!と知らせる。声をかける時の癖なのか、佐助がついと私の袖を引いた。


「弘ちゃん、」
「なに、……っ!」


振り返る、間もなかった。くいっと軽く顎だけを掴まれて、そのまま吸い寄せられるように被さってくる佐助に目を見開くことで精一杯。愛しげに後頭部を抱えてくる掌に、背筋がぞっとわなないた。っやられた、「お楽しみ」ってこれのことか…!
しかし惚れた弱みか、吸いついてくる唇を拒める筈もない。とろみを持ち始めた意識の端でカウントダウンの甲高い声を聞き流して、名残惜しげに離れた唇の赤を認めた瞬間カッと耳が熱を持った。咄嗟に自分の唇を手の甲で押さえ、熱が通りすぎるのを待つ。


「ちゅープリ撮りたくてさ、でも提案したところで弘ちゃん嫌がると思って」
「あ、ったり、前で…!」
「言っとくけど、俺がこんなことするの弘ちゃんだけだからね」
「…っ」


まあ何考えてたかは大体想像つくけど、なんて余裕ぶった声。嬉しいのか悲しいのか切ないのか、自分でもわからなかった。ただ、子どもでも慰めるみたいに優しく抱きすくめる腕を拒めるわけがない。大人しく身を預けた私に、佐助が満足げに笑う。
落書きできる時間はあと何秒、なんて本当にどうでもよかった。まだ並んでいる人はいないから、あともう少しだけ。


「…も、さいあく」
「でも"誰も見てないでしょ。…多分"」


精一杯の憎まれ口に、にんまり笑った佐助から言った覚えのある言葉を返される。今度こそ小さく、やられた、と呟いた。




紙一重な寄道

(結局、いつだって彼の方が一枚上手)


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111229




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