一つ一つの音を探ろうとしたら酔ってしまいそうな騒音の中、半ば怖じけづいた私を佐助の手が引く。…何かもう見てるだけでも十分かもしれない。視界に犇めく光景に圧倒されたのか、私の戦意は完全に喪失していた。


「弘ちゃん、やる?」
「え、いや私は…」
「独眼竜はこういうの得意だけど」
「やりましょう」
「はは……負けず嫌いだなぁ」


人を嗾けたくせに、呆れたように肩を竦める佐助。口を尖らせていると彼は大層おかしそうに破顔して、さーやろやろ、と私の肩を押した。…ちえ、こうなったら絶対勝ってやる。
チャリンと投入口に小銭を落としたのは、ずっと遠くまで続く道路の映されたモニターに簡易版のハンドルがついた、所謂レースゲーム。政宗の得意分野と言われては黙っているわけにはいかない、血が騒ぐとでも言えばニュアンスが伝わるだろうか。案の定、佐助には「わかんない」とばっさり切り捨てられたけど。

車種はそこそこ全うに選び、カウントダウンの後スタートを切る。直線なら幾らアクセルを踏み込んでも障りはないが、どうやらあまりスピードを出し過ぎると今度はカーブで曲がり切れず、そのまま壁へ激突してしまうらしい。へえ、初めてやったけどリアルだなあ…。
何となくコツを覚えながらコースを走り、遂に最後の一周に入った。画面上で映ったり消えたりする姿にヒヤヒヤしつつ、負けるもんかとカーブの可能なギリギリの速度を保つ。…つい前屈みになってしまうのは、まあご愛嬌。


「…弘ちゃん」
「なに」
「脚開きすぎ、見えてる」
「…!?」


咄嗟にバッとスカートを押さえたが、言われるほど開いてもいないし見えてもいない。っまさかこいつ…!思わず隣を睨みつけるが時既に遅し、ディスプレイの中の戦いは疾うに終わりを告げていた。


「ひっどい…!大人げない!反則!」
「騙し討ちも立派な策、ってね」
「ホント何なのアンタにしろ政宗にしろ…!」


そんなとこばっかしか見てないのか!これだから男ってやつは…!
未だにスカートの裾を握りしめながら、恨めしげに佐助を睨む。どこ吹く風で「顔赤いよ」なんてほざいた佐助に、再戦を申し込むのは当然の流れだった。

二回目は流石にどちらも慣れたのか、さっきよりもずっと厳しい接戦となる。どちらかと言えば佐助の方が優勢か。クセになりそうな緊張感にほくそ笑みつつ、何気なく佐助にちらと視線を走らせた。
…が、何か不審なものを見てしまった気がしてすぐに顔を戻す。え、いやだって……あれ?


「…佐助」
「んーなに」
「あの……社会の窓ってやつが、開いてるように見えるんですけど」
「その手には引っ掛かんないよー」
「……いや、本当に開いてる」
「…え、ちょっと」


いつから…!?と悲鳴をあげる佐助だが、そんなもの私が知る由もない。…けど彼はさっきレストランでお手洗いに寄っていたから、多分その時だろう。寧ろ何故今まで気付かなかったの…!
勝ちはしたものの、何となく微妙な空気を引きずったままその場を離れた。黙っていた方が良かったんだろうか…と一瞬だけ後悔して、流石にそれは薄情だろうとかぶりを振る。逆に私が気付いて良かったのかもしれない。…もうわからん、そう考える。

それでも何とかこの気まずい空気を払拭したくて、クレーンゲームの傍を通り掛かったときに何気なく、ねえあれ取って、とねだってみた。別に知っているキャラクターでも何でもなかったけど、ちょっとでも佐助にさっきのことを忘れて欲しかった。
しかし先程の余韻なのか、渋々といった感じで彼は小銭を入れる。気怠そうにクレーンを動かす佐助に、ちょっとミスったかなー…と内心で眉を顰めた。こんなことじゃ気も紛れないか…。
ところが偶然なのか狙ったのか、外の出口から二つ同時に転がり出てきたそれ。純粋に感動して、思わず目を輝かせた。


「っわ…すごい!二つ!」
「…え、あー」
「でも折角だから片方は佐助が持っててよ。…佐助って、お揃いとかあんまり興味ない方?」
「いや……あ、ありがと」


小さくて丸くてもふっとして、よくわからない生き物を模したそれ。渡された二つのうち一方を佐助に返すと、彼は戸惑いがちにそいつを見つめる。ちょっと愛嬌のある顔かもしれない、もふもふして埋もれてるけど。ふわふわの手触りを楽しんでいると、頭上で佐助が溜め息をついたのが耳に届いた。顔を上げると、変な表情のまま佇む佐助の姿。


「……あー、なんか、俺さ」
「うん?」


今、改めて弘ちゃんを彼女にして良かったと思った、と。唐突に呟いた佐助は、まるで今にも泣きそうな顔で笑った。
…何言ってるんだか。たったあれだけのことで嫌いになるはずかないのに、相変わらず可愛いなあ。込み上げる甘酸っぱい感情に、私も一緒になって安堵の息をついた。


「あれっお忍びくんじゃない!」
「……げっ、風来坊」


そんな私たちの空気を、暢気な声が割る。何だ何だどこのKYだと些かの気恥ずかしさを抱えつつ視線を巡らせれば、佐助とはまた少し別の意味で派手な身なりの、でも何処かで見たことがあるようなスタッフらしき人物が、こちらに大きく手を振っていた。


「…え、前田?」
「よっ!お二人さんデートかい?いいねえ恋ってやつは!」
「っさいなあ…わかってんなら絡んでくるなよいちいち」


高く結われた長髪に既視感を覚え、目を凝らしてみれば何のことはない。素っ頓狂な声で名指しすれば、その人は朗らかに片手を上げた。
長曾我部の推薦で先日から生徒会役員に名を連ねることとなった前田慶次という男は、ある意味で佐助以上に掴み所のない人物である。のらりくらりと相手を煙に巻き、かと思えば別のところでは恋の魅力を布教している、定例役員会の最中に忽然と姿を消し毛利の怒りを一身に受け止める彼はまさに風来坊。今回役員に立候補することを決めたのも、生徒会顧問が雑賀先生だからという不純極まりない理由だ。…業を煮やす毛利に長曾我部は「やる時ァやる奴だよあいつは」と言うけれど、果たしてどんなものか。

そんな前田が、実は私と佐助が初めてまともに会話したあのカフェを営むオーナーの甥っ子なのだと佐助から伝え聞いたのも、そう昔の話ではない。意外にも、世間というやつは狭いようだ。


「前田、ここでバイトしてるの?」
「そうそう!結構時給よくてさ」
「わかったもう二度と来ない」
「佐助……」
「えーそう冷たいこと言うなってー」


何が悲しくてアンタの懐に入るような金を使わなきゃなんないんだ、と憎々しげに言う佐助に、思わず二人して苦笑い。政宗の他に、佐助がこんな態度とる人がいるんだなあ…。


「んじゃ、そんなお二人さんに良いこと教えてやるよ!」
「? 何急に」
「まあ聞きなって!今日さ、朝からプリ機の整備してたんだけど、ついさっき終わったんだ」


今ならきっと空いてるし、せっかくだから撮ってきたらどうだい?と相変わらずおちゃらけた調子の前田が目を細めた。つい佐助と顔を見合わせて、どうする?とアイコンタクト。


「…っとやべ、俺まだ仕事残ってるから行くよ!邪魔して悪かったなー!」
「……邪魔した自覚があるなら最初から話し掛けてくんなっつの」


ふと腕時計を一瞥して、慌てたようにその場を後にした前田。地を這うかのような佐助の呟きは、恐らく彼には届いていないだろう。




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