あれから混乱した頭のまま帰途についたは良いが、どうにも落ち着かない。


「……はぁ」


肩を落とした刹那、ブレザーのポケットが震えた。中に入っていた携帯電話を開けば、「メールを受信しました」と簡易メッセージ。佐助だったらどうしよう…と緊張が走るものの、実際に表示された名前は長曾我部のものだった。
平生を装っていたつもりだけど、それでもそわそわして見えたのかもしれない。気遣うようなその内容に些かの気恥ずかしさを感じた。無意識のうちに噛まれたところを指でなぞりながら、何ともないという旨を返信すればすぐに「ならいいけどよ」と泣いた絵文字が添えられた一文が戻ってくる。マメな奴だなあと苦笑を零して、素直に礼を告げた。

…正直なところ、私も動揺している。どうしてあんな行動に至ったのか、全くわからないほど鈍感なつもりはない。が、如何せん後味が悪かった。
メールしてみようか、とか。電話してみようか、とか。何かしらコンタクトを取ろうかとは考えてはみたものの、どれもしっくり来ないでいる。


「(……耳、熱い)」


まだ佐助の歯の感覚が残っていた。唇の薄さも、舌の熱さも、零れた吐息の切なさだって、全部覚えて……う、うわあああバカ!バカバカバカ!思い出すな私!忘れろ!
ヒイヒイと火照った頬に手を当てながら、慌ただしく自宅の玄関をくぐる。リビングで寛いでいるであろうお母さんにただいまとも言えず、手洗いうがいだけ済ませて二階へ逃げた。

ばたばたと足音をたてながら階段をあがっているうちに、ふとまた携帯が振動しているのに気が付く。一回一回のバイブが長いから、恐らく電話か。何気なく手に取り、サイドディスプレイの発信者を覗いた。


「………え、」


しかしそれはさっきメールをくれた長曾我部ではなく、ましてや悩みの種である佐助でもない。瞬き一つする間だけ躊躇するが、意を決して通話ボタンを押した。


「も、もしもし」
『遅い』
「…せっかちも大概にしなよ」


毛利、と相手を名指しすればいつもの如く彼はフンと鼻先で笑う。居留守使えばよかった…と数秒前の自分を殴りつけたい衝動に駆られながら、どうにか気を取り直した。


「で、何?まだ何かあった?」
『…………』
「……毛利?」


ところが急にしんと静まり返った受話器の向こう側。だ、黙りこくるほど深刻な用件なのか…?と変な汗を額に感じつつもしっかりと電話を持ち直す。


『……ッチ…』
「え、何で舌打ち」
『馬鹿か貴様は。察さぬか』


は?何が?と素っ頓狂な声で尋ね返す私にもう一つ舌打ちを寄こした毛利は、まるで言葉を選ぶようにもごもごと言葉を濁した。…珍しいこともあるものだ、あの毛利がはっきり物事を言わないだなんて。部屋に通じるドアを開けながら首をひねった。


『…その、猿飛の…件だが』
「佐助?…ああ、ごめん変なところ見せて」
『っ違……貴様にしろ長曾我部にしろ、何故最後まで人の話を聞かぬのだ……!!』
「え、違うの」


そもそもアンタがはっきり言ってくれないからだろう、とも言えず再び毛利が切り出すのを待つが、やっぱり彼は沈黙している。ええい、一体どうすればいいんだ。


「……あのさ、」
『……何ぞ』
「察せって言ったり人の話聞けって言ったり黙ったり、なんか毛利らしくなくてどうすればいいのかわからないんだけど」
『…………』
「気を遣ってくれてるならホント、大丈夫だから」
『……否、』


何もかもが無駄を嫌がる毛利らしくない。特に言いたいことがなかったなら電話なんかかけてこなきゃよかったのに、お金かかるんだから。
ところがベッドに寝転がりながら投げかけた私の言葉は、相手の妙にはっきりした声によって否定されたのである。ようやく芯を得たそれにはっとして、私は口を噤んだ。


『伊達』
「何」
『すまぬ』
「……はい?」


突然の謝罪。しかしその声音に何故か、電話の向こう側で深々と頭を下げている毛利の姿が見えてくるような気がして、逆に冷や汗が浮かんだ。


『貴様の都合をこちらの物差しで解釈していた、それは我の落ち度だ。非は認める』
「え…いや、あの」
『あれだけ話題性のある男だ、奴と貴様の関係くらいは知っていた。奴がどれだけ貴様に入れ込んでいるかも、貴様がどれだけ奴を懸想しているかも、全て把握した上で我も貴様を生徒会に引き抜いたつもりでいた』
「…はあ」


さっきまでの曖昧さが嘘のように饒舌になった毛利に、今度はこちらの方が色々と覚束ない。…何だなんだ、何なんだ本当に。


『実際に、貴様の働き振りは我が考えていた以上ぞ、伊達。我が生徒会の一員として申し分ない』
「はぁ…どうも」
『……だか、致し方あるまい。これしきの事態で私生活に支障が出ているようでは役員として不相応だ。手放すのは口惜しいが、これもまた一つの手ぞ』
「は?」


神妙な声のわりに、言っていることがとんちんかんだ。
だって、それじゃあまるで…


「ちょ、ちょっと待ってよ…!それ遠回しに生徒会辞めろって言ってる!?」
『何ぞ問題があるか』
「大アリよ!途中で投げ出せっての!?」


言われてばかりでは堪らない。思わずガツンと噛み付くように反論すれば毛利は、普段よりかは幾らかしどろもどろに「そ、そこまで言うのならば使ってやらぬこともない」とか何とか、ぽそぽそと呟いた。どっちだよ。


「……でも、ちょっと意外だな」
『何がだ』
「だって今の毛利、とても"犬にも容赦しない"とか言われてる人には思えない」
『…何ぞそれは』
「は?いや、そういう噂が…」
『愚かな……噂などに踊らされるでないわ。言うておくが我は動物愛好家ぞ』
「ぶっ…う、そだあ」
『貴様、今笑ったな』


動物愛好家…?あの毛利が?突然のカミングアウトに一瞬、毛利が仏頂面のままもふもふの大型犬と戯れる姿を想像して思わず吹き出した。に、似合わねえ…!



……それにしても、と思う。生徒会のせいじゃないとは言い切れないが、それでもわざわざ電話なんかかけてきて、挙げ句「すまぬ」などと言いだすとは。もっとドライでプライドが高くて、典型的な唯我独尊タイプと思っていたのに何だか裏切られた気分だ。無論、いい意味ではあるが。
見えてきた毛利の人柄に、成る程な…とほくそ笑んだ。ちょっと口下手だけど、突き放すように見せ掛けてさりげなく後ろ手を差し出してくれる。他人に興味が薄いような素振りを見せながらも決して配慮は欠かさない。ギリギリの寸前で絶対に声をかけてくれる人。信頼を持って一緒に仕事をできる、同い年なのにまるで上司のような。


「毛利」
『何ぞ』
「アンタ、いい生徒会長になるよ」
『……フン』


……ああそうだ、長曾我部にはあとでもう一度メールしておこう。何となく、横暴でも毛利が慕われる理由を垣間見た気がした。




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