『いいよ、大丈夫。昇降口で待ってる』
「ほんとに、ごめん」
『平気だって。俺様のことは気にしないで、会議がんばっといで』
「……ありがとう」
『ん、また後でね』


渋りながら放課後にも会議が入ってしまったと電話を入れれば、どうやら彼は終わるまで待っていてくれるらしかった。私を傷付けないためか、声音だけは至極優しい佐助。きっと通話を切ってから険しい表情で携帯をじっと見つめているのかもしれない。そんなことを思うと私もやり切れなかったし、何よりこの会議も早く終わらせたかった。


「……はあ」


そろそろ愛想を尽かされてしまうんじゃないかなあ、なんて。別に本人から聞いたわけでもないのに、そう焦っている自覚はある。かと言ってそうなる前にこちらから別れを切り出すような度胸もない。けれど佐助がずっと私だけを好きだと言ってくれる保障なんか、どこにもないのだ。


「何をしている伊達。さっさと入れ」
「……あー、うん」


怪訝そうな顔でこちらを睨む毛利に、ぼんやりしながら返事をする。ようやく長曾我部も来たらしい。振り切るように携帯をブレザーのポケットに仕舞った。
本当は今すぐ帰りたい、だが私には責任がある。


「では会議を始める」


今更ながら、自分でもびっくりするくらいあいつのこと大好きなんだな、と苦笑が零れた。




◇ ◇ ◇





鬼気迫るような勢いで会議をまとめた私は、圧倒されたままの毛利や長曾我部への挨拶もそこそこに生徒会室から飛び出した。電話をしてから大体一時間ほど、まだ待っていてくれているだろうか。
慌ただしく昇降口まで階段を駆け降りて、自分のクラスの下駄箱を覗く。いつもよりずっと低いところに見慣れた橙を見つけ、ほっと胸を撫で下ろした。


「っごめ……会議終わった!」
「あれ、案外早かったね」


座り込んで携帯電話のディスプレイに視線を注いでいた佐助が顔を上げて、わかりやすくとろっと表情を綻ばせる。ひょいと立ち上がってすぐに近寄ってくるその姿はちょっとした犬のよう。ローファーを引き出しながら一つ苦笑を零すと、私の手を空けたがるその忠犬に鞄を渡した。


「へへ、寒かったけど待ってて良かった」
「教室にいればよかったのに……」
「いーの、弘ちゃん真っ先にこっち飛んで来ると思ってたし」


でも夕飯作んなきゃいけないから、あともう十分遅かったら帰ってたかもね〜、なんておどけたようぬ笑う佐助は少し鼻が赤い。ずっと昇降口にいたせいか、やっぱり寒そうだ。


「…そ、よかった。待っててくれてありがとう」
「えっへへーお安い御用さあ!」


冗談か本当かはわからないが、背筋をヒヤリと氷でも滑ったような心地だ。会議前に覚えた不安のせいで、曖昧な笑みしか返せない。ごまかすように俯き、こちらから彼の手を握った。…やっぱり冷たい。少し前に、俺様冷え性なの、と肩を竦めていたことを思い出した。
「んじゃ、帰りますか」と訪れた沈黙を裂くように佐助が口を開く。うん、と頷こうとした、まさにその時だった。


「おーい、伊達!!」


聞き覚えのある声…というか、ついさっきまで意見を戦わせていたのと同じ声が私と佐助の耳に届く。何なんだもう…!と憤りたい気持ちを抑えて振り返れば、こちらへ駆け寄ってくる長曾我部と、その後ろから悠長に歩いている毛利。目の前で足を止めた長曾我部はそれほど呼吸が荒くなっている訳でもなく、どうやら下駄箱で私の姿を見つけて走ってきたようだった。


「っと…悪ィな、邪魔するようなことして」
「本当に悪く思ってるなら明日から会議の回数減らして」
「……毛利に掛け合ってくれ」


用件は?と尋ねると彼は、徐に手にしていた紙のうちの二、三枚をこちらへ寄越す。何だ何だと受け取り佐助と二人で覗き込めば、ここ最近私を忙しくしている元凶である「新役員選考」の題字。この一週間で一番よく目にしている言葉でもある。


「さっき渡すの忘れてた。んで悪ィけど、家で全部読んできてくれねェか。で、明日の朝か昼辺りにもう一度会議やっから、意見持ってきてくれ」
「はァ?また?」
「頼むって!これが終わりゃ幾らか落ち着くからよ!」


この通り!と低姿勢で両手を合わせる長曾我部に、流石にそれ以上は文句も言えなくなってしまった。そこへ毛利もようやく追いついてきて、何をぐずぐず申しておるのだ我が駒なれば意見の五つや六つ容易にウンタラカンタラ…と、相変わらずよくわからない上に長ったらしいお説教。…下限で五つかよ。


「そりゃ読んでくるけど……そうじゃなくて、会議ばっかり多すぎだと思うんだけど」
「役員が決定するまでよ、我慢しろ」
「まあ役員が決まったら決まったで、定例役員会もあるしなァ……」
「……」


ふと、繋いでいた佐助の手に違和感を覚える。突如としてするりするりと、いじらしい素振りで彼の親指が私の掌を撫で始めたのだ。当然、くすぐったい。些細な動きだが目の前の会話に集中しようと思ってもなかなか落ち着かず、すぐに言葉が詰まる。


「つっても仕方ねえだろ?来週で終わることじゃねェか」
「……でもこれ、立候補者が募集人数分だけ集まらなかったら、期間延ばすんでしょう」
「フン…集めれば良いだけのこと」
「アンタそんな簡単そうに言うけど実際は全ぜ…っだ、い!?」


私がそう捲し立てたとき、途中で毛利と長曾我部が何か気付いたように「あ」という顔付きになった。疑問に思った瞬間、それまで秋口の空っ風に吹かれていた耳が湿っぽい何かに挟まれた。ぬるり、と熱の高い何かが縁を這う感触と軽い刺激。噛まれたのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
小さく悲鳴をあげて距離を取ると、存外簡単に佐助は口を開く。食まれた耳を押さえながら彼を見上げるが、その表情から感情を読み取ることが出来ない。恐怖と戸惑いがないまぜになったような、変な心地すらした。


「な、にすんの…」
「っ……ごめん、先帰る」


咄嗟に出た言葉は、彼の行動を責める言葉。ばつが悪そうに視線を逸らした佐助は手にした鞄のうち片方を押し付けると、そのまま逃げるように正門を出て行ってしまった。後に残されたのは私と鞄と、それから今回は毛利と長曾我部。


「……なんか…俺らが悪ィ、のか?」


そう思うならば是非、会議の回数を減らしてください。微かに水分の残った耳を拭いながらそっと赤面、溜め息を落とした。




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