「え、一緒にお昼食べられないの?」
「ああ、すまない」


いつものように昼休みをかすがと屋上で過ごそうと席を立つ。そんな私へ苦笑を浮かべたまま、かすがは申し訳なさそうに両手を合わせた。そっか…とつい俯いてしまうが仕方がない。何でも、今年から学校前交番に勤務している見目麗しいと評判のお巡りさんから、なんとお昼に誘われたとのことだった。何だそれ…いいのか公務員……。


「ていうかかすが、いつの間にそんなお昼に誘われるまで仲良く…」
「フッ…毎日通い詰めた甲斐があった」
「通ってたの!?それは逆に怖いよ…!」


そもそも交番に通う女子高生って……と思わず青くなるが、当のかすがは完全に自分の世界に入り込んでいる。嗚呼謙信様云々とキラキラした表情でお巡りさんに思いを馳せる彼女には、もうどんな言葉も届かないようだった。


「実を言えば今までも何度か誘われてはいたんだがな。お前のこともあったし、少し待っていただいていたんだ」
「う、うそ…言ってくれればよかったのに…!」
「いいんだ、お前と昼休みを過ごすのは嫌いじゃない」


サラッと言ってのけた彼女に思わず閉口する。かすがの「嫌いじゃない」が「かなり好き」であると学んだのは、もうだいぶ前のことだ。浮かんできた笑みを押さえながら礼を告げると、何を笑っているんだと小突かれる。何でもないよと答えつつ、何だかんだで全幅の信頼を寄せてくれている親友に喜びは隠せない。


「…まあ、相手があの男というのが少し気に入らないがな。だが昨日までと今日では二人の顔付きも随分と違うし、何よりお前自身が一番すっきりした顔をしている」
「…かすが、」
「おめでとう、弘」


腑抜けた男だが悪い奴じゃない、お前も知っているだろうがな、とかすがは大人びた表情で笑う。たっぷり三秒間考えてから、私も笑顔でそれに答えた。
かすがは小学生の頃から佐助を知っているそうだが、彼女曰く今ほど彼がイキイキしているところは見たことがないらしい。…確かに今でこそ体力も精神力も弱り切ってはいるが、それでも彼女は一発で見破ってしまった。そんな些細な変化にも気付くほど長い時間を共にしてきた彼らに、今なら「嫉妬だろう」と茶化されても素直に頷いてしまうかもしれない。


「だからお前も、これを機に昼休みは佐助と過ごしたらどうだ」
「え」


じゃあ行ってくる!とそのまま一陣の風の如く走り去って行ったかすが。ぽかん、と間抜け面で見送る他なかった。

……確かに、佐助とお昼の約束はしていない。というか何となく、お昼休みは今まで通りに過ごすつもりでいた。多分それは佐助もそう思っていたから何も言わなかったんだろうし、私だって何も言っていない。示し合わせたつもりはなかったが、そこだけは互いにノータッチ。佐助は真田や政宗辺りと、私はかすがと。別にそれで良いじゃないか、と思っていたのだけど。


「…あ、弘ちゃん!」
「!」


さてどうするべきか…と立ち尽くしていると、不意に声を掛けられる。びくりと肩が跳ねて慌てたまま振り返ると、そこには今まさに思考の真っ只中にいた人。え、何どうしたのと歩み寄ればぎゅうと手を握られた。


「お昼、一緒に食べていいかな」
「…へ」
「真田の旦那と独眼竜にさ、『一緒に昼休みを過ごすくらいのことをしたらどうだこの腑抜け』って追い出されちまって」


腑抜けはないよなあ、と苦笑を浮かべる佐助の、困ったように下がる眉尻をじっと見上げた。私の手を握っていないもう一方の手には、今朝渡した弁当の包み。彼の言葉とさっきのかすがの言葉を反芻して、ふと気が付く。


「(……もしかして、かすがにも気を遣わせちゃったのかな)」


何となく距離を測りあぐねている私たちを見兼ねたか、それともただのお節介か。政宗たちは恐らく後者のような気もするが、どちらにせよ気を遣わせてしまったことには変わりないだろう。別に平気なんだけどなあ…とは思いつつも、色んな人から背中を押されて今があるわけだし、鬱陶しく思うのは何か違う気がした。


「……弘ちゃん?あの、無理なら無理で構わないんだけど…」
「っえ、あ…ごめん大丈夫、何でもない」


私もかすがに放り出されたようなもんだし…と視線を泳がすと、佐助は目を丸くした。ふうん、とおざなりな相槌を打つ。それから何か気付いたように、あぁ…と呟いて含み笑いを零した。


「わかった、学校前交番の上杉巡査だろ」
「……何でわかんの」
「あいつが弘ちゃん放ってどっか行くなんて相当だしねえ」


まあお蔭で弘ちゃんと過ごせそうだけど、なんて肩を竦めた佐助。その素振りに何だかくすぐったくなって、つい目線を床の板目に落とす。こういう人なんだ、とは思っていても佐助のストレートな物言いにはどうしても怯むことが多い。
気を取り直してまた視線を彼に合わせれば、窺うような飴色とぶつかった。未だ遠慮の残るその色に思わず苦笑をこぼす。


「じゃあ、このまま教室でいい?」
「屋上は?寒いかな」
「寒いっていうか……たぶん今は屋上まで行くのも疲れるでしょう、佐助が」


けっきょく今朝だって、あれから二回ほど短く休憩を挟んでいる。あまりの体力の落ち幅に何よりも本人が一番絶望していたというのに、それでも屋上が良いんだろうか。困惑したまま佐助を見上げると、彼はへらっと目尻を下げて笑った。わりと垂れ目な方だから、自然とそうなるのかもしれない。


「でも、二人きりがいい」
「っ…」
「ダメ?」


私が一番好きな、無邪気であどけない笑顔。…狡いな、と思った。そんな表情で言われてしまったら、私も突っぱねることができない。ぐっと押し黙ってしまった私を、佐助の無垢な瞳が貫く。うっ…あ、あざとい…!


「……弁当、取ってきます」
「へへ、やった」


しばらく視線と視線の攻防戦が続き、最終的に折れたのはやはり私の方だった。




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