佐助は未だ年端もいかぬような幼き頃、なかなか周りに溶け込むことが出来ずにいじめられておったそうです。…ああ、「そうです」というのは、某は佐助と同じ幼稚園に通っておりませんでしたから、これは最近になって本人から伝え聞いた話なのですが。
いじめの理由は、専ら「髪の毛の色」。お前は異端なのだと何度も何度も言われて、よく仲間外れにされたようです。しかし佐助も当時は気の弱い男でしたから、やり返すこともできず大人しく暴言を受け止めていたそうです。いじめに直接関わっていなかった者たちも殆ど見て見ぬ振りばかりで、最初は佐助を庇っていた者もキリがないためかどんどんと関わらなくなっていったとか。…はは、某がいたら助けてやれたのにと、これを聞いたときに言ってやりました。

そしてその時も佐助は、例に漏れず幼稚園の庭の木の影でいじめっ子共からつつかれていたそうで、相変わらず我慢を突き通していたようです。ずうっと俯いて、腹を蹴られても髪の毛を鷲掴みにされても踏まれても、何か反応すれば面白がられると思った佐助はじっと堪えていた。……ああ、やはり二方もそう思われますか。某も、始めこれを聞いたときは流石に「馬鹿者!」とつい怒鳴り飛ばしてしまいました。「どうしても喧嘩は弱かったから」と佐助は笑っておりましたが、納得がいかなんだのです。

……話を戻しましょう。小さい子どもの暴力など程度が知れますが、やはり体格の差はありましょう。流石に苦しくなってきて、ようやくそこで佐助は初めて「やり返してやろう」と思ったそうです。
ところがその途端、ぷつりと攻撃が止んだ。恐る恐る顔を上げると、今まで自分を取り囲んでいた者共が散り散りに転がっていて、佐助は何が起こったかわからずぽかんと座り込んでいたそうです。そしてふと自分に、影がかかる。


「そこ、わたしのところ。どいて」


うずくまったリーダー格の少年を蹴飛ばし、そのままずかずかと佐助の方に歩いてきたのはたった一人の女子でした。訳がわからず瞬きを繰り返していると、逆上したいじめっ子共がその女子の腕を掴む。


「そいつとしゃべんないほうがいいぜ!きもちわるいのがうつるぞ!」
「は?きもちわるい?なにが?」
「だ、だって、そいつのあたま、みんなとちがうぞ!みんなとちがうやつはなかまじゃないにきまってる!」
「なかま?ばっかみたい。テレビのみすぎじゃないの」


その女子は、同じくらいの年頃のわりに随分と口も達者で、妙に大人びて見えたと佐助は言います。しかし噂で、その女子も相当癖のある子どもだというのも知っていた。助けてもらった反面、佐助は「今度はこの子にいじめられるのではないか」とびくびくしておったそうです。
ところがその女子は、佐助を一瞥しただけでまたいじめっ子に向き直る。不快そうに掴まれた腕を振り払い、佐助といじめっ子を見比べるようにしてぽつりと言ったそうです。


「…だって、こんなにきれいなのに」
「…………え、」
「ああ、そっか。じぶんにはないものだから、ほんとはうらやましいんでしょ。そんなことしてても、これはアンタのものにはならないのに」
「な、なんだよバカ!おまえもこうされたいのか!」
「じゃあやってみなよ。ひとりじゃなにもできない、よわむしのくせに」


……佐助は、それまで自分がいじめられる原因でしかなかった髪の毛を、そこで初めて誰かから褒められたのだそうです。そして掴み掛かるいじめっ子共をバタバタと倒していくその女子があまりに勇ましく、感動したとも申しておりました。幼いながらも「千切っては投げ、千切っては投げ」という言葉が浮かんだそうです。


「にどとちかよるな、よわむし」
「っバーーーカ!!せんせーにいってやるうう!!」
「…むだだとおもうけど」


わらわらと散っていくいじめっ子共を鼻で笑い、その女子はようやく佐助に向き直った。そして今度は、未だぽかんとしている佐助に不快そうな顔で口を開いたそうです。


「じゃま、どいて」
「え、あ…」
「どいてってば。そこわたしのところ」
「ご…ごめんなさい…!」


慌てて佐助がよろよろと立ち上がりその場を明け渡すと、礼も言わずにその女子はそこへ腰を下ろしたそうです。「今思えば酷い子だよなあ」などと佐助は笑っておりましたが、佐助が彼女に興味を持つには十分のようでした。


「…っあ、あの…っありが、とう!」
「……」


震える声で佐助は礼を言ったようですが、彼女は「何故?」という表情で佐助を見るだけだった。どうやら本当に、自分の特等席を取り返すためだけに手を出しただけだったらしい、と佐助も苦笑を零しておりました。


「あ、あのっ…」
「なに」
「あの、っえと…おな、おなまえ、おしえて」
「…なんで」


ここで佐助は、生まれて初めて勇気を振り絞って名前を尋ねたのだそうです。しかし本当に迷惑そうな顔で自分を睨みつけてくる女子に怖じけづいてしまい、結局そのときは名前を教えてもらえなかった。…政宗殿、そう言わないでやってくだされ。まあ、某もそれは少し思いましたが。
しかし諦めてその場を立ち去ろうとしたとき、今度は逆に女子の方から佐助に声が掛けられました。おっかなびっくりで振り返れば、彼女の真っ直ぐな視線が自分を貫いている。佐助はこれ以上ないほどに緊張を覚えたそうです。


「…なんでやりかえさなかったの」
「え……っだ、だって…おれ、けんかよわいし…」
「ふうん」


じゃあきみも、よわむしなんだ。
つんとそっぽを向かれて放たれたその一言が、何よりも佐助を奮い立たせました。

翌日から佐助は、いちいち自分にちょっかいを掛けてくるいじめっ子に反撃するようになりました。これも初めてのことで、いじめっ子共も大層驚いていたようです。それから少しも経たないうちに、佐助へのいじめはなくなりました。
そういえば、毎日その女子に話し掛けていたそうですが、結果としていじめから助けてもらった最初の機会以降は滅多に相手にされず、寧ろ泣かされることの方がずっと多かったようですな。それでもめげることなく、佐助はその女子の元に通ったそうです。



幾許かあって、卒園して小学校に上がった佐助は彼女と同じ学校でないことを嘆きました。もうその頃になれば、自分がその女子に抱いている気持ちが興味だけではないのだと気付いておったと言います。けれど彼女に会う術がない。「あんなに泣かされたのに、会えないんだと思ったら寂しくて仕方がなかった」と申しておりました。
それでも佐助は、卒園前にようやく教えてもらった彼女の名前をずっと忘れることはなかった。いつ会ってもいいように、どんなに先生方から厳しい言葉を向けられようとも一切髪の毛は染めず、どんなに別の女子から想いを告げられようとも頷きはしなかった。佐助は、頑なに一途であり続けたのです。

そして高校に入り、ようやく佐助はその女子と再び出会えた。一度は諦めかけたようですが、自分の記憶の中の彼女と寸分違わぬその様子に、やはり佐助は心を突き動かされたのです。
……弘殿。恐らく弘殿も、そろそろ思い出されているのではないでしょうか。




紙一重な記憶

(その女子が誰なのか、もうお分かりでござろう?)


―――――
111209
幸村の語り口調で訳がわからなくなりました。語尾に「〜ようです」とか「〜そうです」とか付きすぎ。




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