ぼろぼろと涙が落ちるのも気にせず、一気に昇降口まで駆け降りる。自分のクラスの下駄箱までようやく辿り着いて、そのまま膝から崩れた。泣きながら走ってきたせいか、ゼイゼイと呼吸も苦しい。それでも落ち着こうとするとあの光景がフラッシュバックしてきて、慌てて頭を振る。
猿飛佐助が後ろから追い掛けてくることはないだろうと思っていたけれど、早くここから立ち去ってしまいたい。…なのに今日は、体が言うことを利かないことばかりだ。


「っ信じ、らんな……」


あの行為もそうだけど、どうしてここまで自分がショックを受けているのかも信じられなかった。もっと彼のことを軽蔑していてもおかしくはなさそうなのに、それよりも今は酷く悲しい。どうして、何で。ありふれた疑問ばかりが頭を飛び交う。


「……ひ、弘殿?」


ふと、泣き崩れていた私へ声が掛かる。びっくりしてずっと俯いていた顔を上げれば、さっき廊下を駆け抜けて行ったはずの真田と政宗が同じようにびっくりした表情で突っ立っていた。




◇ ◇ ◇





ベンチに座り込んだ私へ、ずいと肉まんの包みが一つ突き出される。


「ほらよ」
「あ、ありがと…」
「代わりに明日プリン奢れよな」
「女子相手に斯様な……政宗殿は小さき男ですなあ」
「うるっせえなテメェのも買ってきてやったろうが!」
「ああもう…喧嘩しないでよ」


ほかほかと湯気の立つそれへ既にかぶりついる真田と、寒さに鼻の頭を赤くさせながら自分の分の包み紙を剥ぐ政宗。仲が良いんだか悪いんだか相変わらずよくわからない二人だが、きっと相性はいいんだろう。互いに何やかんや言いつつ、いつも一緒だしね。

二人によって私は、少し学校から離れたところにある公園まで連れて来られた。少し姿を消した政宗が再び現れたときには、その手には三つの肉まん。どうやら彼らは本格的に腰を据えて、私の話を聞こうとしているらしい。


「で、何があったんだ?お前が泣くなんて小十郎に失恋したとき以来だろ」
「い、いつの話よそれ…!いい加減忘れてよね…!」
「政宗殿、是非その話を詳しく」
「アンタも悪ノリするな真田!いつもの破廉恥はどこ行ったのよ!」


……まあ、その話は割愛するとして(大体どうしてそんな幼稚園か小学生の頃の話なんか覚えてるんだこいつ…!)。
話がこれ以上逸れてしまわないうちに、渋々ながらもさっき自分が見てしまったことを二人に告げる。…流石に、彼がしていたことをダイレクトには言えなくて、だいぶ濁してしまったけれど。それでもニュアンス的に、二人も理解したようだった。


「は、っははは破廉恥な…!!!」
「破廉恥って…アンタ……自分はやらねーのか」
「や、やったとしても、学校でなど、やらぬ!!増してや女子の私物を使うなど…!!」
「ッちょ、ちょっと!生々しいから目の前でそういう話するの止めて!思い出す!」


私を差し置いてとんでもない会話を始めた二人に、意味がないとは知りつつも慌ててバッと両耳を塞いだ。った、確かに、そういうのは知識としてありますけど…!!事故とは言え、他人のそういう行為を見てしまったばっかりなんだから止めて…!!


「にしても猿の奴、ちィと迂闊だったな」
「確かに教室でするなど、褒められた話ではありませぬな……。しかし佐助の弘殿を想う気持ちを考えれば、斯様な行動に至った真相もわからなくは……」
「Ah?好きなら何しても良いってか?」
「…ああ、いえ。そうではなく」


不意に真面目な顔で首を振った真田に、私と政宗は二人して頭を傾げた。そんな私たちの反応に、真田は少しだけ言い淀む。それはまるで、これは自分から伝えしまっても良いのだろうか…という、何が気掛かりのある表情。
迷った挙げ句、彼は苦笑を浮かべながら口を開いた。どうやらきちんと、話してくれるらしい。


「…佐助にも佐助なりの、弘殿を慕う理由があるのです」
「理由?」


しかし真田の口から飛び出した言葉に、ますます訳がわからなくなる。政宗と顔を見合わせて、アイコンタクト。俺もさっぱりわからねえ、という顔で政宗が肩を竦めた。


「…そりゃあ、理由くらいあんだろ。けど何でそれをテメェが知ってんだ」
「佐助本人が申しておりました故」
「何でアイツはそれを私じゃなくて真田に言うわけ…」
「……佐助は恐らく、どのように自分の気持ちを扱えばよいのかわかっておらぬのでしょう。何せ弘殿は、十年来に見えた佐助の初恋の方ですから」
「…は、はつこい?」
「何言ってやがんだ真田、十年来って……いや、待て。…おい、まさか」


急に、政宗が何か明確なものを思い出したかのように焦った声を出す。え、何?何が「まさか」なの…?私一人だけが相変わらず訳がわからず、二人の間で眉根を寄せている。本人が蚊帳の外って何なの……。


「言い訳になるやもしれませぬが……聞いてやってはいただけませぬか」


如何とも形容しがたい表情で曖昧に笑う真田に怖ず怖ずと頷けば、彼は少しだけ遠い目をする。すぐ傍にある砂場で無邪気に遊び回る幼児たちへじっと視線を注ぎ、ようやく真田はゆっくりと口を開いた。




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