伶奈は、俺が笑わせる。


「………」

ちょっと期待してしまった私が、馬鹿だったのだろうか。

「…。」

………次の日からかれこれ3日、山崎は、ことあるごとに、とにかく、私に変顔をかましてくるようになった。

「……はあ」

「おもしろくない?」

盛大にため息を吐くと、やっと気付いたように、山崎は尋ねてくる。

「…まだ私がぎんたまだけで山崎を見てた頃は、山崎はそんなキモい顔しませんでした。」

「キモい顔って…」

「とりあえず私は、山崎の変顔で笑わないと思います。」

フン、と生意気な返事をして、私はお気に入りの日当たりの良い縁側へ向かった。

…向かおうとした。

「………なんでついてくるんですか」

「…言ったでしょ。伶奈は俺が笑わせる。江戸中で聞き回った愉快痛快小咄、話してあげる」

「うぜっ」

「!?」

「仕事しろよ」

言い放つと山崎は相当くらったのか、固まってしまった。

気にしないで、お気に入りの場所へ向かうことにする。





「あー…やっぱりこの場所は気持ち良い…」

縁側で1人くつろいでいると、私に近づく人影が。


「土方十四郎…」

「ヨォ」

相変わらず瞳孔ガン開きだが、機嫌は悪くないようだ。

軽く挨拶を返した土方十四郎は、私の隣に座った。

「お前の隊服、もうすぐ完成だってよ。」

「あ、そうですか。じゃあもうすぐ仕事も始められますね」

「…仕事なら、今ひとつこなしているところだろ。」

「…あ」

そうだ、“笑う”ことが初めての仕事だった。

「まあ、お前が笑ったからって、お前に給料が発生する訳でもねぇがな」

「…はは」

一応、声だけは笑っておいた。
表情筋が動いていないことは、だんだん分かるようになってきたのだ。


「そういや山崎が向こうで固まって立ち尽くしてたんだが、ありゃ何なんだ?」

「…あー…多分、私のせいです」

私が事情を説明すると、
土方十四郎は、少し驚いた顔をした。

「へえ…あの山崎が」

「?どういう意味ですか」

「山崎は監察だから、職業病で、基本的に感情は表情に出ない方なんだ」

「…そうですかね?」

マンガじゃかなり表情豊かだったような…アレ、どうだったかなよく覚えてないや

「とにかく、ああ見えて冷静なんだアイツは。心の芯も強いから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれない。これが、どういうことか。分かるか?」

「…いや」

その説明だと、土方十四郎は山崎のことを、実はかなり買っていたことしか伝わらない。

「アイツ、お前に“ウザイ”って言われただけで、ショック受けて立ち尽くしてんだよ。」

「…ああ、なるほど」

心の芯が強い(らしい)山崎が立ち尽くす程って。私すごくね?

「更に言うと、」

「?」

「山崎は、相当大事なことじゃないと、途中ですぐサジを投げる奴だ。」

「…」

…じゃあ、私を笑わせるって事、かなり大事に考えてくれてたってこと?

「なんだろうなあ…アイツ、お前のこと、反抗期の妹みたいな扱いをしてるな。ハハ」

「……」

「山崎らしくない。アイツは、反抗期の妹に振り回されている」

山崎が、らしくもなく…私に振り回されている?

私のせいで?

私が…普段の山崎から、異常な山崎にした?

私が…変えた

私が、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、世界を変えたんだ。


「…ふふふ」



表情筋が、動いた気がした。

土方十四郎が、呟いた。


「お、笑った」








………………・
山崎の恋心はまだ誰も気付かない。

存在価値が無いと思っていたヒロインが、山崎という他人を振り回した事実に気付き、喜んだ感じです。


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