伶奈は、俺が笑わせる。
「………」
ちょっと期待してしまった私が、馬鹿だったのだろうか。
「…。」
………次の日からかれこれ3日、山崎は、ことあるごとに、とにかく、私に変顔をかましてくるようになった。
「……はあ」
「おもしろくない?」
盛大にため息を吐くと、やっと気付いたように、山崎は尋ねてくる。
「…まだ私がぎんたまだけで山崎を見てた頃は、山崎はそんなキモい顔しませんでした。」
「キモい顔って…」
「とりあえず私は、山崎の変顔で笑わないと思います。」
フン、と生意気な返事をして、私はお気に入りの日当たりの良い縁側へ向かった。
…向かおうとした。
「………なんでついてくるんですか」
「…言ったでしょ。伶奈は俺が笑わせる。江戸中で聞き回った愉快痛快小咄、話してあげる」
「うぜっ」
「!?」
「仕事しろよ」
言い放つと山崎は相当くらったのか、固まってしまった。
気にしないで、お気に入りの場所へ向かうことにする。
*
「あー…やっぱりこの場所は気持ち良い…」
縁側で1人くつろいでいると、私に近づく人影が。
「土方十四郎…」
「ヨォ」
相変わらず瞳孔ガン開きだが、機嫌は悪くないようだ。
軽く挨拶を返した土方十四郎は、私の隣に座った。
「お前の隊服、もうすぐ完成だってよ。」
「あ、そうですか。じゃあもうすぐ仕事も始められますね」
「…仕事なら、今ひとつこなしているところだろ。」
「…あ」
そうだ、“笑う”ことが初めての仕事だった。
「まあ、お前が笑ったからって、お前に給料が発生する訳でもねぇがな」
「…はは」
一応、声だけは笑っておいた。
表情筋が動いていないことは、だんだん分かるようになってきたのだ。
「そういや山崎が向こうで固まって立ち尽くしてたんだが、ありゃ何なんだ?」
「…あー…多分、私のせいです」
私が事情を説明すると、
土方十四郎は、少し驚いた顔をした。
「へえ…あの山崎が」
「?どういう意味ですか」
「山崎は監察だから、職業病で、基本的に感情は表情に出ない方なんだ」
「…そうですかね?」
マンガじゃかなり表情豊かだったような…アレ、どうだったかなよく覚えてないや
「とにかく、ああ見えて冷静なんだアイツは。心の芯も強いから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれない。これが、どういうことか。分かるか?」
「…いや」
その説明だと、土方十四郎は山崎のことを、実はかなり買っていたことしか伝わらない。
「アイツ、お前に“ウザイ”って言われただけで、ショック受けて立ち尽くしてんだよ。」
「…ああ、なるほど」
心の芯が強い(らしい)山崎が立ち尽くす程って。私すごくね?
「更に言うと、」
「?」
「山崎は、相当大事なことじゃないと、途中ですぐサジを投げる奴だ。」
「…」
…じゃあ、私を笑わせるって事、かなり大事に考えてくれてたってこと?
「なんだろうなあ…アイツ、お前のこと、反抗期の妹みたいな扱いをしてるな。ハハ」
「……」
「山崎らしくない。アイツは、反抗期の妹に振り回されている」
山崎が、らしくもなく…私に振り回されている?
私のせいで?
私が…普段の山崎から、異常な山崎にした?
私が…変えた
私が、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、世界を変えたんだ。
「…ふふふ」
表情筋が、動いた気がした。
土方十四郎が、呟いた。
「お、笑った」
………………・
山崎の恋心はまだ誰も気付かない。
存在価値が無いと思っていたヒロインが、山崎という他人を振り回した事実に気付き、喜んだ感じです。