無線から入った声は、焦っているのか早口だ。



「今すぐダブルトレインに来てくださいまし」

「え、あ、はい」



返事をしている途中で無線は慌ただしく切れ、プープーと何とも間抜けな音を出していた。
書類から離れて、ダブルトレインに向かう。
何故、ノボリ様がダブルトレインにいるのかという考えが浮かんだが、そんな事を考える暇はないと私の足はせかせかと早くなっていった。



「おや、来ましたか」

「はい、来ました。で、どうしたんですか」



そう問うと、ノボリ様は溜め息を吐いて下を指差す。
視線をそこに移せば体育座りでふさぎ込んだ白い物体。



「あの、これは…」

「クダリにございます」



それは分かるのだけれど…必然的に小さくなった声。
いつものクダリ様は、仕事となると嬉々としてやるのだ。
それはもう、やり過ぎではないかと思われる程に楽しそうに。
しかしふさぎ込んだそれはあの元気なクダリ様の面影もない。



「クダリ様、どうしたのですか」

「ん〜……」



肩を揺らすと、無気力そうな顔が目に入る。
本当にどうしてしまったものか。



「ノボリ様、クダリ様はどうしちゃったんですか」

「よく、分からないのでございます」



伏し目がちに言った彼からまたクダリ様に目を落とす。



「クダリ様、おなか減ったのですか。お菓子、食べます?」

「なまえの口移しなら食べる〜」



固まる私とノボリ様。
何故、この様な事を平気で言えるのだろうか。
だしかけたお菓子をポケットにしまう。



「…大丈夫、彼は元気です」

「…そのようでございますね」



立ち去ろうと、足を動かした瞬間



「待ってよなまえ!」



グイ、と腕を引かれて私は盛大な尻餅をついた。
前を歩いていたノボリ様も立ち止まりこちらを見たまま固まっている。



「い、たい、ですよ!」

「ボクから離れないでよ〜!」



ギュッと抱き締められる身体。
力が強すぎて内臓が出てしまいそう。



「うっ…、ノボリ様、た、助け、て…」

「あぁ、すみません。クダリ、」

「ヤダ〜、なまえ離したらいなくなっちゃう!」



前からはノボリ様が引っ張り、後ろからはクダリ様が引っ張る。
私の身体は悲鳴をあげていた。



「い、痛い!痛い!痛いですよクダリ様!」

「そうですよ、クダリ。彼女も痛がっております。離してくださいまし」

「ノボリが離しなよ!」



あぁ言えばこう言う。
これでは私の身体が分裂するのも時間の問題だ。
ギチギチいう身体。
下腹部辺りにあるクダリ様の手が離れることはない。



「だ…誰か助けて!」


そんな声は車内で虚しく響いただけだった。



我が儘上司
(これは、困ります)