目の前から走って来る少女は、わたくしを追い抜き後ろのギアステーションへといく階段を上っていった。
彼女はわたくしの思い人で、いつもなら立ち止まり他愛も無い会話をする。
なのに今日は止まるどころか通り過ぎていった。
少し疑問に思ったが、今は仕事が優先。
ホームを走ってはいけないのだ。
"ピーーー!"
鳴り響いたホイッスルの音に、少女は制止して驚いたような顔でこちらを見る。



「なまえ様!ホームは走らないでいただきたい!」

「、!ゴメンなさい!でも!」



言いかけた言葉を飲み込み、なまえ様はバツの悪そうな顔をして、目を泳がせた。
少し近付く。
するとなまえ様も比例するように少し後退る。



「何故、後退るのですか」

「は、反射的に、?」



また、一歩近付けば、後退り、一歩、後退り、一歩、……距離は縮まらずに平行線をたどる。



「なまえ様、逃げないでいただきたい」

「それは無理なお願いですね…」


ジリジリと距離を縮めていく。
すると彼女は顔を赤らめて、来ないでください!と言った。
それはもう、殆ど悲鳴だったが。



「お、思い出しちゃうじゃないですか!」

「…思い出す、とは?」



当然のように問えばなまえは顔を更に赤くして走りさってしまった。
後味の、悪い。
わたくしの足は無意識に走り出した。
足は、わたくしの方が長い。
すぐに追いつき、腕を掴まえた。



「っ!離してください!」

「離せません!何があったか、話してくださいまし!」



思わずでかくなった声。
なまえは、真っ赤な顔でわたくしを見つめる。
今にも零れそうな大きな瞳は、少し赤い。
意を決したのか、赤い瞳はわたくしを見据えた。



「クダリさん、に、……」



ポツポツと一言ずつ喋る。
歯切れの悪い言葉。



「キス、を、……」



キス、という単語に胸に激しい圧力がかかり苦しくなった。
喉の奥の方が締まり、心臓がドキンドキンと大きな音を立てていて、彼女に聞こえてしまいそう。
この感情を、わたくしは知っている。
嫉妬、悋気、その物だった。



「ノボリ、さん?」



彼女の声は少々恐れを含んでいる。
思うに、わたくしの顔が無意識のうちに恐ろしいものになっていたのだろう。
顔は感情の鏡のようだ。



「左様で、ございますか。…なんて事でしょう、」



いきなりの衝動。
わたくしはそれに忠実に従い、抱き取った身体は、細く折れてしまいそうで。



「ノボリさ、ん…」



そのまま言葉を遮るように口付ければ、彼女の口からは苦しそうなくぐもった声がもれた。
少しして離れる唇、襲う自己嫌悪。



「すみません……!わたくし…!」



離した身体は震えていて、わたくしは大変な事を侵したのだと罪の意識やら何やらが押し寄せて来た。
あぁ、わたくしは何をやっているんだ。
彼女の身体を放し、話し出す。



「誠に申し訳ございませんでした…こんな、謝罪でお許しがいただけるとは思っておりません。が、わたくしはこの行動に嘘や偽り、衝動等と言うものでは片付けたくはございません。わたくし、貴女様を慕っております。それだけは、真実、誠なのでございます」



このような状況で愛の告白など、自身が滑稽で仕方なかった。
背中を向けて、わたくしは逃げるように立ち去ろうと、足を動かす。
しかし、それは彼女の腕によって叶わない物となった。



「ま、待ってください!」

「―ッ!」


掴まれた腕に巻き付く彼女の身体。
今のわたくしには頭がおかしくなるのには十分すぎる要素であり。



「申し訳ございません、離していただきたいのですが、」

「私、ノボリさんが好きです!」



突然叫んだなまえの声は正確に、はっきりとわたくしの耳に入った。
それと同時に、自身の耳を疑う。
とうとう耳までおかしくなってしまったのだろうか。



「な、何言ってるのですか!情けなどいりません!」

「情け何かじゃありません!」

「震えていたではありませんか!」

「アレは嬉しくて…!」



なまえの言葉に口を噤む。
これは夢なのだろうか。
だとしたら一生覚めなくていい。



「誠に、ございますか」

「はい、」



二度目の抱擁は、二人の気持ちが通じた証。
わたくし、とても幸せでございます。



嘘みたい
(でも、現実)

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グダグダ感がどうしようもない…だと?
読んでくださり、ありがとうございました!


20101218



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