泣きたい日



夜も更けた頃。突然読みたくなった本が有る。
だがしまった、オルフに貸したままだった。

普段は「近寄らないでください気持ち悪いです」とか言う癖に、こういうときだけは変に素直で。
だから、彼の望む俺の本を貸してしまった。それがお気に入りで、暫く読み返して無いことを思い出したのは後の事だった。
それもこれも、素直に受け取ったときの笑顔が可愛いとか。思ってしまったせいだけど。
………いいやそれはいい。今は関係の無い話だ。
ああ、読みたい。一度気になると止まらない。こういう融通利かない所も有る自分が嫌いだ。
だが仕方無い、気になるものは気になるし、一度返してもらってまたすぐに貸そう。それならば、彼もそこまで文句は言わないだろう。
そう思って彼…オルフの元へ俺は足を進めた。

彼の個室へ辿り着き、ノックもせぬまま扉を開ける。不躾だっただろうが、オルフだけでは無く皆にもいつもこうするので気にしないのだが。
このいつもの習慣が、幸か不幸か、いまだに解らぬまま。



扉の向こうで、オルフは、静かに涙を流していた。
しかし俺が扉を開けたことにより、驚いた表情を携えこちらを勢い良く向く。
瞳同士が合い、固まる時間。固まる二人。

「お、オルフ…」

「………っ」

長い沈黙に耐えられず勢い余って声を掛けてしまったが、彼は驚いた表情を一瞬にしてしかめ、俺を睨み付ける。
ああ、やはりいけない場面を見てしまったか…今度からノックはちゃんとしよう、なんてうわ言のように遠くで考えていたら。
彼はおもむろに立ち上がり俺に近付いてくる。防衛本能、殴られると思った。彼の性格上それが俺の想像した道筋。だからと言ってずけずけと入り込んでしまった手前、やめろ等言うことも出来ず。目を強く瞑り、その時を待つしかなかった。




「………?」

いつまでもやってこない衝撃。其れとは裏腹に、胸元にぽすりとした柔らかい感覚を伝える。
何事かと思い、恐る恐る瞼をあげると、そこには、オルフの後頭部が。つまりは、オルフが、俺の胸辺りに顔を埋めているわけで。わけで……

「………っ!」

カッ、と頬に熱が宿る。今の俺の顔は朱に染まっているだろう、それぐらい自分でも判る。たまらず声が出そうになるのを押さえた自分を褒め称えたい。
何がどうなってるのか、何がどうなるのかよくわからないが、どうやら彼は俺にしがみついてるようだ。

「お、オルフ…?」

「………っぅ…」

噛み締めた嗚咽を聞いて漸く理解した。彼は今、心から泣いているのだと。
そう、心から。悪態をつくことも隠すことも出来ず、ただ、何かがとても悲しくて。
一人が耐えられなくて、誰かにすがりたいのだと。

「オルフェウス……」

オルフは、たまにだがこうやって夜中に一人で泣く。それを知ってても何も出来なかったけれど。
彼の性格上、涙なんて見られたくないものだろうし、知っていても気がついても放っておくのだが。
今日は見てしまった。“知って”しまった。

俺達は元々奴隷だ。何があったか、言わずとも知れる。性格は難あれど、見目麗しいオルフの場合なら尚更。
容姿のいい輩は、狙われる。それはオルフの場合でも例外ではなかったのだろう。彼以外でも犠牲になった奴を俺も沢山見ている。
それとは違うのかもしれないけれど、彼は何か心の傷を負っている。それは確かだった。
ならば、今出来ることは一つだろう。そっと、無言で抱き締めた。
何があったかなんて判らないけれど、聞くのも無粋だ。知りたいとも思わない。
ただ彼が誰かに安定を求めているのであれば、俺はこうして彼が落ち着くまで受け止めるより他無いだろう。

背中を撫でると、その小さな体が震えた。













「………あれです、貴方に借りた本。あれ読んで泣いただけです、から」

「え、そうなの?」

「あ、当たり前じゃないですか!他に何の理由があるんですか!首絞めますよ竪琴の弦で!」

「ちょ、絞めるって言うか首飛んじゃうから」



(だってあの本、泣けるシーンなんて一つもない筈なんだけどな)














オルフの真意はMoiraのみぞ知る

私もシリウス欲しい


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