狼と獅子
獅子と狼の出会い。
まったくもって甘いものではないです。
更に本編とちょっと話ずれてます。本編を崩したくない方はバックプリーズ。
「お前が、アルカディアの王か?」
「ああ、名をレオンティウスと申す。貴殿は、アメティストスと見受けるが」
対峙する二人の獣、狼と獅子。今この場には二人の姿しかない。
狼はあからさまに瞳で牙を向き、獅子は優雅にその様子を見据えていた。
「いかにも。私はこの奴隷部隊の総大将、アメティストス。…お前の首を狩りに来た」
低く唸るようにそう言うと、黒く鈍く光る短剣をレオンティウスに突き付けた。つまりは宣戦布告、ということだろう。
紫眼をギラギラと憎悪に光らせ、今にも飛びかからん勢いのアメティストス。レオンティウスは少し苦笑をした。
「私は貴殿と話し合いを試みたいのだが…その余裕すら無いようだな」
「当たり前だ!アルカディアの王に話すことなど何もない!行くぞ!!」
「お相手しよう、来い!アメティストス!!」
その瞬間、アメティストスが叫びながらレオンティウスに飛びかかる。キィンと、金属同士がぶつかる音が響いた。
こんな攻撃で倒せる相手とも思っていない、アメティストスは体制を整え、素早く相手の懐に入る。
レオンティウスは槍の使い手、リーチは長いが降りが大きい。体勢を低くしレオンティウスの懐に入れば、双剣のアメティストスは優勢になる筈。
だと、思ったのだが。
「っ甘い!」
「っく………」
槍を翻し、これでもか懐に侵入する前にアメティストスを槍の柄の部分で押し退ける。
アメティストスは唸り、距離を置いた。
「アメティストス、何故このような真似をする?我々は同胞だろう、何故争わねばならぬ」
「同胞?何を言うか!」
アメティストスが吐き捨てる。
「今もその同胞が奴隷として地べたを這いつくばり、涙を流しているのだぞ?」
「………!」
「ろくな食料も与えられず、殴られ蹴られ、時には辱しめられ、虫のように……いや、虫以下の扱いを受けているのだ!それで我々が貴様らを同胞と呼べると思っているのか!?」
そう言いながら地面を蹴り、再びアメティストスが切りかかる。一振り、レオンティウスの腕を掠めるが、次の一振りは間一髪、受け止めることが出来た。
金属がぶつかり合い、そしてギリギリと音を立てる。
「知らなかったか?王族のお坊ちゃんよ!貴様らの自由と引き換えに、我々の自由は奪われ続けていたのだ!!」
「く………っ」
レオンティウスには、黒い刃よりもアメティストスの憎悪の目が痛かった。
人はここまでも憎しみを宿すことが出来る事実に、己の不甲斐なさを知り、苦痛の表情を浮かべる。
「痛いか?我々はもっと痛かったのだぞ!?愛する者を奪われ、何もかも失った!!味わえ、もっと苦痛を!!泣いて許しを請うほどに……!」
一度離れ、体を翻すと体を屈め足を狙うアメティストス。それに気付き、何とか避けることが出来た。
しかし足を狙うという行動で、本気でアメティストスがレオンティウスの命を狙っているということを改めて実感し、そしてレオンティウスの思考は一気に冷静になる。彼の中での獅子が目覚め、牙を向いた。
しかしそれに気付いていないアメティストスは、眼を細める。
「何故守りばかりを固める?本気で来い、殺り甲斐が無い」
「……アメティストス、何をそこまで急いでいる…」
「何…?」
「貴殿は、何かに急かされ死を急いでいるようにしか見えぬ。…話をしよう」
「…何を戯れ言をほざいている。頭に蛆でも沸いたか?」
「私は本気だ、アメティストス」
「っ笑わせるなぁあ!!」
怒りが頂点に達し、アメティストスが斬り掛かる。しかしレオンティウスはこのときを待っていたのだ。
真っ正面から向かってくるアメティストスとギリギリまで対峙し、剣を振り上げ首を取ろうとした瞬間、身を横に引いた。多少頬を剣が掠めるが、気になどしてられない。
突然の出来事に頭に血が上ったアメティストスが対応できず、体がガクリと揺れる。
今だ、と槍を後ろに下げ、レオンティウスはアメティストスの鳩尾に一発、拳を与える。
「っ、がはっ…!!」
鎧越しだというのになんたる威力か。アメティストスの体は吹き飛んだ。
地面を二、三度跳ね、滑るアメティストスの体。その体を追うようにレオンティウスは走り、ようやく止まり呻き声をあげるその体を股がり馬乗りになった。アメティストスが動きを見せる前に、レオンティウスは狼の首元に槍を突き付け動きを封じる。
アメティストスは、息を飲んだ。
「………っ」
「アメティストス、お前の敗けだ」
「………っまだ、まだだ……!」
「認めろ、どう足掻いても、貴殿の敗北は決まった」
「っうるさい!私は、負けてはならぬのだ!!部下のため、皆の為に……!」
「黙れ、黙らぬと、今すぐその首を飛ばすぞ」
冷静に、レオンティウスはそう言った。瞳が冷たく、いつもの慈愛に満ちた彼の表情とは全くの別物だった。獅子のような、獲物を狩るときのその瞳。
ゾクリと、アメティストスの背筋に冷たいものが走る。そして、自分の弱さを知った。
目の前にいるこの地の王を、アメティストスは甘く見ていた。
「………っ、父さん……母さん……………ミーシャ…っ!」
瞬間、ボロボロとアメティストスの紫眼から涙が溢れる。
レオンティウスはまさかの展開に度肝を抜かれた。
「俺、皆の、敵、取れない………ごめん……っ」
「アメティストス…?」
「……殺せ、早く、俺を………っ」
一瞬にして、アメティストスの口調も一人称も、雰囲気すらも変わった。
涙が次から次へとアメティストスの頬を伝う。
「アメティストス……お前の家族は?」
「っそれを聞いてどうする!?………………殺されたさ、俺が小さい頃に両親、数年前に唯一の家族を、双子の妹を…!」
涙に声を震わせながらそう言った。
「俺も奴隷になった!苦痛な日々は続いた!殴り蹴られ凌辱もされた!…だけど誰も助けてくれなかった!」
「アメティストス……」
「…っもう沢山だ、生きている意味がない。捕虜として扱われるぐらいなら、俺は死を選ぶ…」
―――待ってろ、ミーシャ……
そう呟きながら、アメティストスは自らの短剣を首元にあてがえた。
ズ、と刃を少し引いた瞬間、レオンティウスの手によってその剣は叩かれた。
宙を舞い、地面にカランカランと、剣の転がる音が響く。
「っ何故、死なせてくれない!?そこまでお前らは俺たちの自由を奪うのか!お前たちはそこまで偉いのか!?」
「アメティストス!違う!!落ち着け!」
「…っ嫌だ、もう、苦しい………ミーシャ、……会いたい…会いたいよ…」
瞼を閉じ、涙を流す様は先程まで対峙していたアメティストスとは全くの別人。
実年齢とは離れた、少年のままの彼がいた。
―――これは誰だ?
アメティストスではない。
レオンティウスが知っている彼ではない。
先程まで戦っていた彼とは別だ。
「お前、名は何と申す」
「っアメティストスだと言っているだろう…!」
「否、実名だ。アメティストスは回りがつけた通称だろう?」
それを聞いて、どうするというのか。
アメティストスの瞳がそう問うが、レオンティウスは答えない。
―――答えても答えなくても同じだ。
アメティストスは、急に全てが面倒になる。
「エレフ……エレフセウスだ…」
「それが貴殿の名か?」
「…ああ。」
どこかで、聞いたことのある名だな…。レオンはふとそう思うが、今は考えている場合ではない。
「だが、この名を呼んでいいのは俺が認めた人物のみだ。お前が呼ぶことは許さん」
「わかった、アメティストス。では改めて言わせていただく、私と話し合いをしよう」
「…何?」
「それを呑まねば、私は貴殿を捕虜として扱う」
狡い話だと、レオンティウスも思う。しかし、こうまでしてでも話したい、話さなければいけないと、そう思ったのだ。
アメティストスはギリと奥歯を噛んだ。
「また改めて場所を設けよう、条件は私と貴殿、二人きりということのみ」
「その条件を呑むとでも?」
「私はアメティストスを信じる。なんなら場所は貴殿が指定すると良いだろう」
これは自殺行為も同然だ。敵大将に場所指定を譲るなど。
アメティストスもそれがわかっているから、逆に戸惑いが隠せない。
しかし悩んでいても仕方ない、アメティストスは頷き、その条件を呑んだ。
「後日、俺の使者に場所を伝えに行かせる。それでいいか?」
「ああ、十分だ。では、私が貴殿の上から退き、槍を引いたら立ち上がり進め。振り返らず真っ直ぐ。振り返れば命はないぞ、いいな?」
「………わかった…」
アメティストスが頷けば、レオンティウスがその体をアメティストスの上から退ける。
そして槍をゆっくり引けば、アメティストスは立ち上がって一瞬レオンティウスを睨み、そしてその場を後にする。レオンティウスの言う通り、振り返らずゆっくりと。
「正直な奴だ…」
姿が見えなくなるまで、アメティストスは振り返ることはなかった。レオンティウスは、少し笑った。
それにしても、何故敵大将を…アメティストスを逃がしてしまったのかレオンティウスにもよくわかっていない。
しかし、彼を殺して、又は捕虜にしても、世界は救われないと思ったのだ。
話し合いは必要だ。条件を呑んでくれただけでも有り難いと思わなければ。
否、アメティストスはきっと「二人きり」という条件を無視するだろう。それに対応すべく、訓練が必要だ。
レオンティウスは、はぁ、と溜め息を吐いて、来るべき日のためにその場を後にした。
終
レオンとアメの出会い。
アメとエレフは別としてみてください。
このときのアメは微妙ですが、うちのアメはかなり攻めくさいです。お気をつけください。
ところで戦闘シーンってどうしたら上手く書けるんですかね!!!(血涙)